エピローグ
ユーが落ち着くと、ヴェントはようやく立ち上がった。それから周囲を見渡し、村人の亡骸が消えていることに気づく。
「彼らには、私が我が力をもって、今度こそ安らぎを与えよう。……すまない、辛い思いをさせてしまった」
「あの、今更なのですが」
アンスが口を開き、ダリエスに、表の世界で起きている異変を話した。それから自身に広がる斑点を彼に見せて苦笑する。
「完全に、目的がずれてしまいましたからね」
「……危なく、このまま帰るところだったな」
ジューメも苦笑し、ダリエスを見上げた。彼は斑点を見つめたまま押し黙っている、それはまるで、何かを思い出そうとしているように。
「……! それは、魔界の力が原因で出来るものだ。今回は、魔界から力を流していたのはサー=オスキュリートだった。だから恐らく、もう数日もすれば引いていくだろう」
「ま、魔界の力が?」
「あぁ。魔界から流れる闇にあてられ、体を内から破壊していくものだ。もう心配はいらないだろうが、もし不安なのなら」
と、ダリエスは自身の腹を爪でわずかに裂いた。その意図を読み取ったのだろうか、アンスは即座に帽子の中から空き瓶を取り出すと、その血を中に溜めていく。
「我が血を飲ませるといい、どれだけ薄めても構わん。私はその昔、魔界の者と戦った、奴らに対する免疫がある」
「これがほぼ、血清になるということですね。ありがとうございます」
ユーもまた、バッグの中から空になっている水筒を取りだし、ダリエスの血で満たした。それを確認すると彼は傷を舐め、塞ぐ。
「さぁ、表の世界に戻るといい。……幼子たちよ、大変だっただろう」
「ありがとうございました、ダリエスさん」
ユーが頭を下げるとダリエスは首を振り、目を閉じた。翼を広げると、ユー達は何か温かいものに包まれていくのを感じる。
「表の世界を、頼んだ」
「はい」
裏の世界に来たとき同様、足元から包まれていくそれが全身を包んだ時。
四人の姿は、ダリエスの前から消えていた。
足が地面に触れ、顔を上げてみると、大天使の間に戻ってきていた。ラポートが目を見開いて泣き出しそうな顔で駆け寄ってくる、指が白くなるほどに杖を強く握りしめ、震えていた。
「あぁ! そ、その血は? どうしたのです! 一体向こうでなにが」
「待って、待って。大天使ラポート、落ち着いて」
ユーはラポートの両肩に手を置き、彼女に深呼吸をさせた。何度か繰り返すと落ち着いてきたため、裏世界で起きたことを簡潔に話す。
「だからボク達はこれを、全部の集落に届ける。ルシアルの人たちで、斑点が出てる人たちはいる?」
「ううん……。あ、い、いえ! 報告は受けていません」
一瞬、ラポートはあどけない少女のような表情をしたが、すぐに背を正して正面からユーを見た。彼女の答えに頷くと、ユーは三人へ振り返る。
「わかったよ。ボク達はもう行く、ありがとう」
大天使の間を後にして、四人がまず向かったのはアンスの研究所だった。アンスは水筒とビンの中に入っている血を一つの大きな瓶に入れてしまい、ガラスの棒でかき回す。べっとりと棒に絡む血を拭き取る作業を何度か繰り返し、同じ大きさの瓶を、更にいくつか取り出していった。
「さて、ユーさん。各集落の人数は判りますか」
「え? 大体でいいなら……三百か、四百くらいかな。リ・セントーレは五百くらい」
「では多く考えても、二千以上は必要になりますね。ジューメさん、集落の外に住んでいる方がどれくらいいるか、おおよそで構いません。判りますか」
「あー、どうだろうな。そんなには多くないと、思うんだが。たぶん百を超すくらいじゃないか」
首をひねり、腕を組みながらつぶやいた。アンスは頷くと取り出していた瓶に血を分けていき、それを棒でゆっくりとかき回しながら水を入れていく。血は徐々に薄くなっていき、瓶が一杯になる頃には、血の色はほとんど判らなくなっていた。それに蓋をすると一つをユーに渡す。
「ダリエスさんはどんなに薄めても大丈夫だと、一舐めで良いと仰っていました。恐らくこれ一つで、一つの集落が足りるでしょう」
「うん、早速配ろう!」
四人は手分けをして、各集落にそれを運ぶことにした。アンスが集落のお医者様に顔が利くらしく、彼直筆の手紙を添えてもらう。
そしてそれぞれは、翼を広げた。
ヴェントは自分の集落と、雷の竜人の集落へ。
アンスは炎の竜人の集落へ行った後、自身の集落へ。
ユーは、首都リ・セントーレへ。
ジューメは、集落の外に住んでいる者たちのために。
運び終えたら再び、アンスの家に戻ってくることを約束して。
――最後に帰って来たのは、ジューメだった。
「どうだった?」
「……薬を飲ませたら、すぐに斑点は引いていったよ。お前たちは?」
「父さんも母さんも、無事だったよ!」
「局長さんも大丈夫だった、他の人たちも、ほとんどの人が間に合ったよ」
「こちらもそうですね」
「これで、今回の珍事件は終わりだな」
そう言うジューメに三人は微笑み、彼が軽く上げている拳にそれぞれの拳をぶつけた。それから彼は、研究所に置いていた大剣を背負い、扉に向かう。
「ま、また縁があれば、一緒に旅をするかもな?」
「その時はもう、普通に旅をしたいけどね」
口の端を上げて皮肉交じりに言うジューメに、ヴェントは苦笑してユーも同じような表情を浮かべた。そんな二人に彼は笑い、アンスも肩をすくめる。
「でも、これからも四人で会おうよ! だってボク達は、友達でしょ?」
「……まぁ、研究所に籠りきりになるよりは、人と会った方がいいかもしれませんね」
呟くように言い、三人に背を向けて椅子に腰を降ろし、机に向かった。それっきり黙ってしまう彼に今度は三人が微笑み、ヴェントはアンスの後ろへ駆け寄ると背に抱き着いて行く。
「じゃあ、ボク達はもう行くよ。また遊びに来るね!」
「お好きにどうぞ。研究の邪魔だけはしないでくださいね」
アンスは、頬をわずかに赤くしていた。ヴェントはそんな彼をもう一度抱きしめ、離れる。
研究所の外に出ると、ジューメは二人の頭をグシャグシャに撫でまわした。
「オレももう行く、お前たちも早く帰って、両親を安心させてやれよ」
そう言って飛んで行くジューメの背を見送り、ヴェントも翼を広げた。ユーを振り返って微笑み、地面を蹴る。
「ボクも今日はこのまま帰るね、ユーも早く局長さんを安心させてあげなよ!」
彼も飛び去り、ユーはその場に一人残された。深く息を吸い込むと空を見上げ、目を細める。太陽の光が、眩しかった。
「さようなら、村のみんな。母さん……そして、父さん」
ほとんど声にならないほど静かに呟き、ユーも翼を広げた。
向かう先は、リ・セントーレ。恐らく、シチューを作りながら自分の帰りを待っているだろう局長さんの元。
これからの平和な日常を願いながら、空を翔けて行った。




