14-3
右から繰り出されるクロウを避け、左から襲い来るクロウを受け止めたかと思うと、今度は背にある二本の腕が自身を狙ってくる。
だが、四本の腕から仕掛けられる攻撃は全て、かろうじてでも剣筋が見えていた。服を裂き、頬から血を流しつつも、決定的なダメージは受けていない。
「見ない間に、強くなったね」
「こっちも、色々と、あったんでね!」
吼え、ユーはサーを押し返した。微笑みを消さないままでいるサーを睨みつけながらも、口の端を上げて歪んだ笑みを浮かべる。
「簡単には負けてやらねぇよ」
「でもウィユ、きみは今、怯えているだろう?」
「お前なんかに、怖がるもんか!」
「だけど今、翼を精一杯開いているよ」
指摘され、ユーは初めて背の翼を大きく開いていることに気が付いた。それを畳もうと思っても固まってしまったかのように、動かすことが出来ない。
「竜人の、龍の動物としての本能さ。怯えている時、自身より強いと認識したものが前にいる時。自身を大きく見せようと、翼を開く」
柔らかく、諭すように言われたそれに、ユーは顔を引きつらせた。短い呼吸を繰り返しながらも、無理矢理に口角を吊り上げる。
「でも……お前の下僕、ポスダーの方がよっぽど強かったぜ」
サーはわずかに首をかしげ、どこか不満そうに眉を寄せた。顎に手を置きながらため息を漏らしている。
「そう言われるのは、不本意だなぁ。じゃあ少し、本気を見せてあげようか?」
呟くも、サーの姿はまだ目の前にあった。隙だらけのその恰好をわざわざ無視する理由もなく、ユーは構えたクロウを突き出す。
「おや、どこを見ているんだい?」
目前にあったサーの姿は霞に消え、背後から声が届いた。
地面を蹴った直後の出来事であり、どうすることも出来ず、ユーはがら空きの背で四つの腕から突き出されたクロウを受け止めていた。
「ごめんね、少し速く動きすぎたかな?」
申し訳なさそうに言いながらも突き刺したクロウを一度抜くと、そのまま再度突き刺した。その痛みにユーは叫び声をあげ、それでも上半身をねじると、三度目に振り下ろされようとするそれらを受け流す。バランスを崩しながらも地面に手を突き、どうにかサーと距離を取ることが出来た。
このままでは勝てない
痛みに耐え、震えながらも、ユーは必死に呼吸を整えようとしていた。
なにがあっても、こいつにだけは負けられない。
――自分が最も得意とする得物を、マトゥエを出すか――
膝をつき、サーの動きを見ながら、ユーは自問した。だがその答えはすぐに出る。クロウはマトゥエに比べ、小回りが利き、攻防の切り替えが即座に出来るものだ。たとえ得意な得物といえ、分が悪いのは明らかだった。
――ならこのまま、地上で戦えるか?――
それはたった今、サーの素早さを実感したばかりだ。今の自分の実力では悔しいけれど、彼の姿を捕らえることが出来ない。
――じゃあ、空中ならどうだろう――
サーの翼は、左右が違った。空中戦に持ち込めばあるいは、五分にはなれるだろうか。
それが、数秒もしない間に頭の中を走った答えだった。翼を広げ、宙に向かおうと
「どこに行くんだい? ウィユ」
再び、背を衝撃が走った。ユーは地面に叩き付けられ、肺の空気を吐き出しながらも、顔をわずかに背後へ向ける。
サーのクロウは新たな鮮血に染まっており、しかし、ユーにはどこを切られたのかが判らなかった。立ち上がろうとし、そこにある違和感に気づく。
背が、普段よりも、軽い?
歯がカチカチとかみ合う音が響く中。サーは微笑みながら、何かをコツンと、ユーの前に蹴り出した。
「っああああああああ!」
今、目の前にあるのは、たった今まで自分の背についていた右翼だった。認識したと同時に耐えがたい激痛に襲われ、喉が裂けんばかりに悲鳴を上げて背を丸くする。自身の翼に手を伸ばすことも、クロウを持ち続けることも。地面を蹴り、体を支え、立ち上がることも出来なかった。
「ウィユ……ごめんね、痛いよね。だけど大丈夫だよ、きみが父さんと来てくれないから、ちょっと動けないようにするだけだから」
浮かべるのは、昔と全く変わらない、優しい笑み。
サーはユーの顔を両手で包み込み、目を覗き込みながら言った。今の彼に、涙を流し怯えた表情を浮かべる子供の心は、わからない。




