13-2
ユーの父、サーはダリエスの目を見返し、口角をわずかに上げた。ジューメも脂汗を額に浮かべながら、手の指を痙攣させている。
「と、うさんから……魔界、の?」
唇を戦慄かせ、乾いた声でつぶやいた。サーはそんなユーに手を伸ばし、どこか困ったように目尻を下げている。
「ウィユ、そんな言葉に耳を貸すんじゃない。さぁ、おいで……」
言葉を遮るように、ダリエスは咆哮を上げた。ジューメ達は手で耳を塞ぎそれに耐え、ユーもまた、気を失わないようにと唇を噛みしめながら、必死に耳を塞いでいる。
だが。木々が揺れ、大地が震え、振動する大気の中でまともに立っているのも困難だろうその咆哮で。微笑んでいた表情を忌々しそうに引きつらせながらも、サーは何の苦も無くそこへ立っていた。
「忌々しい老龍が……」
「気づかないとでも思ったか、サー=オスキュリート。憎らしい、その力を」
「出来れば息子には、手を上げたくなかったのだが。ね」
サーが舌打ちを漏らしながらも手を軽く上げると、彼の背後の空間が歪んだ。眼とはどこか違うその歪みからは、何かがゆらり、ゆらりと出てくる。
それは、体が朽ちかけている黒髪の竜人たちだった。
「あ……あ! そんな、どうして……!」
ユーの顔からは血の気が引き、カタカタと体を震わせていた。サーの傍に立派な髭を蓄えている老人がフラリと歩み寄ると、体からズルリと何かが落ちる。
彼の脇腹には風穴が空き、『中身』が地面に垂れてしまっていた。腕はいびつに曲がりくねり、どうやって手に剣を持っているのか判らない。
「長……様……!」
ボロボロと涙を流し、ダリエスの腕の中から、ユーは必死に黒髪の竜人たちに向けて手を伸ばしていた。ヴェントも彼らの姿に喉を鳴らし、口元を手できつく抑えている。
「こいつら……ユーの村の……?」
「ウィユ、きみがいけないんだ。父さんの言うことを疑うから……」
言いながら浮かべている笑みは、どこまでも優しかった。彼が一振り、手を動かすたびに、黒髪の竜人たちが体を揺らしながら前へ進んでくる。
「だから、村の人たちの体を……魔界の人たちにあげちゃったんだよ」
音楽を操る指揮者のように動かしていた手を、サーは、まっすぐに突き出した。それと同時に村人たちは緩慢な動きで、一斉に襲い掛かってくる。ジューメとヴェントは咄嗟に、ダリエスの傍で彼らを迎え撃つように身構えた。アンスも荷物の中から機器と、自身の得物として持ってきた物を取り出す。
ユーはダリエスの手の中から体を捩るようにして脱出し、表情を変えない父の元へと飛んだ。その目にはいっぱいに涙を浮かべており、呼吸を荒げている。
「父さん! なんで、どうして! なんで魔界の奴らと……!」
「おやおや、おしゃべりをする余裕はあるのかい? ウィユ」
サーの腕が、僅かに痙攣したように見えた。息をのむと反射的にクロウへ手を伸ばし、顔の前にそれを構える。
もし、ユーの反応が一瞬でも遅ければ、そこには紅い飛沫が舞っていただろう。サーが手にしているユーと同じ型のクロウは、切っ先を鼻先まで近づけていた。
「やめてよ! 父さん!」
サーのクロウを払い、距離を取った。だがサーはすぐに距離を詰めると再び、得物を振り上げる。
かろうじて見える太刀筋に、脂汗を浮かべながら受け止め、往なし、サーから離れた。眉間に深くシワを刻みながらも。ユーは父に、自らのクロウを振り上げることは出来なかったのだ。




