12-3
その日、ユーは長の膝の上に座っていた。一向に姿を現してくれない父に軽く口を尖らせながらも、幸せそうに口の橋が上がっている。
反面、レガーの表情は曇っていた。純白の翼を微かに震わせ、不安そうに目尻を下げる彼女に長は柔らかく微笑む。
「レガー、きみはもう闇の竜人の一員だ。そんなに心配そうな顔をするんじゃない」
言われるも、表情は晴れずにうつむいたままだった。長はユーを膝から降ろし、レガーの隣に座り直すと彼女の頭に手を乗せる。
「大丈夫、心配することはないさ。すべてうまくいく」
どこで、この会話を聞いたのか。
いつ、この会話を聞いたのか。
それを思い出し、ユーは全身から音を立てて血の気が引いて行くのを感じた。緊張している体を無理やりに動かし、レガーの膝の上に座ると、顔を覗き込むように体を伸ばす。
この後、村が襲われてしまうのだ。
「お母さん、だい、じょうぶ?」
(違う! こんなことを言いたいんじゃない、逃げよう、早く! あいつらが、彼らが来る前に早く……!)
「ありがとう、ウィユ。大丈夫よ……」
どれだけ口を動かしても、伝えたい言葉は出てくれなかった。ただ淡々と進んで行く時間に、喉を掻き毟りそうになる。
(嫌だ……いやだ、イヤだイヤだイヤだ!)
どれだけ渇望しても。その時は、来てしまうのだ。
次にユーが目にした光景は、村が炎に包まれているところだった。レガーが止めるのも構わずに外へ飛び出し、反射的に眼を展開してマトゥエを取り出そうとする。
だが、いくら眼を展開しても、そこからマトゥエを取り出すことは叶わなかった。
「か、変えられないの……? ここは、ボクが見てる夢の中、なんでしょ? 夢の中なのに、変えられないの!」
クロウを構えようとしてもこのころはまだそれを持っていなかったせいか、どこにも見当たらなかった。ルシアルが村人を遅い、村を焼き尽くそうとしているのに、それを見ていることしか出来ない。
「やだ……」
ユーは村の中で、力なく座り込んでしまった。周りにいるルシアルの兵や村人がこちらに目を向けることはなく、まるで自分だけ切り取られた空間にいるようだった。
「ヤダ! お願い、もうやめて! 夢なんでしょ、止めてよ!」
頭を抱えて体を小さくしたとき。肩に、触れるように手が置かれて勢いよく振り返った。そこには母の姿があり、ユーは顔を崩す。
「母さん!」
「ウィユ、逃げなさい! お父さんは――」
鋭い口調の言葉はそれ以上続くことはなく、周りが全て闇の中に飲みこまれていった。村も、ルシアルの兵も村長も。たった今まで目の前にいた母の姿も消えてしまい、慌てて立ち上がると視線を周囲に走らせるが、そこにあるのは漆黒ばかり。
「母さん! 長様? みんな……父さん!」
息苦しさに目を開き、ユーは長く息を吐き出した。背は汗でぬれて気持ちが悪く、手袋の下で掌もじっとりと濡れていることが判る。傍にはジューメが座っており、彼の隣にはヴェントとアンスの姿もあった。二人とも、心配そうに自分を見下ろしている。
「大丈夫? すごくうなされてたよ」
「何度も起こそうとしたのですが。なかなか目を覚まさなかったので、心配しましたよ」
「うん……ありがとう、大丈夫」
母はあの時、何を言いかけたのだろう。
それを考えようとしたとき、大きな手が額に置かれて顔を上げた。ジューメが眉を寄せながら、小さくため息を漏らしている。
「熱は引いたみたいだな。具合はどうだ?」
「あ……平気だよ。ごめん、足止めしちゃって」
「今日はもう遅いから、このまま休むぞ。ユー、お前のバッグの中に、まだ食料は残ってるか?」
ユーは近くに置いていたバッグに手を伸ばすとそれをひっくり返し、中身を地面に広げた。量は少ないものの、今晩と明日の朝のならばありそうだ。
「大丈夫そうだな」
「うん。明日には、ダリエスさんのところに着けるよね」
夢のことが気になりながら。今は無理やりにそれを頭から追い払い、ユーは三人と食事を取ると再び眠りにつくのだった。




