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ヴェントはそれを横から覗き込み、僅かに体を硬直させ、すぐに離れた。
「なに、あれ……。何かの暗号?」
「サンプルがこれだけでは間に合いませんね……」
ボソリと呟かれた言葉に、今度はジューメが体を硬直させた。アンスはジッと、無言でジューメを……正確にはジューメの尾を見つめる。その視線を受け、ジューメは尾を庇うように後ずさり、壁に背を預けてしまった。
「……なんだよ、なにするつもりだ、お前……?」
「鱗の成分、抗生物質を調べます。それに相当したものを作り出せれば深海に行くことが出来るでしょう」
揃って首をかしげた三人を見て、アンスは軽くため息をついた。
「解りませんか、深海へ行く上で最も問題となるのは水圧です。文献によれば水の龍は深海七千メートル近くに住んでいるようですね? そこへ行きたいのであればそれ相応の準備が必要です、いくら水の竜人といえども、息継ぎなしで潜れる水深は二十、三十メートルそこそこ……。この素晴らしい強度を誇る鱗を利用すれば、水圧に機体を潰される心配はありません、何の苦も無く龍の元まで行けるでしょう」
「……と、言うと?」
「私も、死ぬことは怖くありませんが……何もしないままに逝くのは勘弁願いたいので」
不敵に口の端を上げ、再びジューメの尾を見た。彼は長く息を吐き出しながらも尾を動かし、緊張した面持ちでアンスの前に差し出す。
「オレ達に、協力してくれ」
「こんなに素晴らしい研究材料を提供してくださるのですから、当然のことですよ」
と、鱗を三枚、遠慮なく剥いだ。今度は身構えていたので声を上げることもなく、それでも眉間にはいっぱいにシワを寄せている。
「では、私は研究に入りますので」
「ねぇ、どれくらいで出来そう……?」
再び机に向かおうとしたアンスを止めるよう、ヴェントは訊ねた。アンスはしばらく興味なさそうにヴェントを見上げていたが、目を伏せると机に向かい直す。
「構成物質を調べるのは一日もあれば、どうにかなるでしょう。それを元に材料を集め、制作するのに、どれほどかかるか……。潜水艇の制作は二日程度で終わらせて見せましょう。……出来るだけ早く、海へ向かえるようには努力しますよ」
先ほどまで冷めていた目をどこか輝かせながら、アンスは周囲にある機器へ手を伸ばし、机の上に置いてある大きな瓶の中から一粒の薬剤を口に含んだ。
「適当に休んでいてください、私の邪魔さえしなければお好きにどうぞ。……あぁ、風の竜人さん。怪我の治療が必要でしたら右側の棚に医療道具がありますので、ご自由に」
「あ、ありがとう……」
アンスは付け加えるように言うと、それからその部屋には、ペンを動かす音だけが響いていた。




