5-1
水の竜人の集落にたどり着いたのは、空に星が瞬く(またたく)時間だった。ユーはジューメを見上げ、眉を寄せる。
「どうしよう? ラマーさん、起きてるかなぁ?」
「寝てたら叩き起こせばいい話だろ」
「いやいや、さすがにそれは不味いんじゃないかな」
「長様なら、先日倒れましたよ」
背後から聞こえた、幼い、それでもはっきりとした声に、ユーは顔を上げると振り返った。
「あ、アンス!」
「……おや、あなたは配達屋さん」
そこに、壺のような形をした帽子を被る、どこか冷めた目をした少年がいた。ユーよりも年下だろう彼は視線のみを上げて三人を見つめ、数歩近づいてくる。
「たとえ長様が倒れていなかったとしても、このような夜遅くに人の家を訪ねるのは失礼だと思いますが」
「うん……そうなんだけどね、ちょっと事情が……」
「どのような事情かは存じませんが、礼儀知らずだと思いますよ」
丁寧な言葉遣いだが、節々に棘があり、ユーは顔を引きつらせながら笑った。ヴェントは隣で渋い顔をし、ジューメを見上げる。
「事情も事情、オレ達は斑点の事を調べるために長を訊ねたいんだ……あ?」
深いためいいとともに振り返ってみると、そこにアンスの姿はなかった。それに首をかしげていると背に悪寒が走り、ジューメは勢いよく身を翻す(ひるがえす)と自身の「尾」を逃がす。
「ふむ、珍しいですね。尾があり、キチンとした鱗もある」
いつの間にかアンスがジューメの尾に目をつけ、触れ、鱗を逆撫でていたようだ。ジューメは苦い表情をしたままアンスと自然に距離を取り、ユーとヴェントに並ぶ。それでもアンスはジューメの尾を、ジッと見つめていた。
「それに、敏感です」
「なんだ、てめぇ……」
警戒心を丸出しにしているジューメの言葉も耳に入れないよう、アンスは上着からノートを取り出すとペンを走らせ始めた。そんな彼の姿にユーは苦笑し、ヴェントがユーを突く。
「ねぇ、この子は?」
「えっと、ボクは手紙だけじゃなくて小包なんかも届けるんだけど……。いつも、難しい本をリ・セントーレで注文している子なんだ」
「あんなもののどこが難しいのです? ただの参考書ですよ」
ペンを走らせるアンスはジューメの尾から視線を外さないまま、サラリと言った。ヴェントはそれにいたずらっ子のような笑みを浮かべてユーの事を肘で小突く。
「だってよー」
「……ヴェントも見てみれば解るよ……」
「ところで、斑点の事を調べているとのことですね。それでなぜ、お医者様の元ではなく長様の元へ?」
話のテンポが良いのか、悪いのか。ノートを取り終えたアンスは再びジューメに近づき、彼の尾を撫でながら言った。ジューメは諦めたのか尾を動かして逃がすのを止めていたが、不快なことに変わりはないのだろう、こめかみにはわずかに青筋が立っている。
「……龍のことを、知りたいんだ」
「なるほど」
「お、驚かないの?」
アンスの反応の薄さに、ヴェントは思わず目を丸くして声を裏返した。それにアンスは顔も上げず、ただ優しく、鱗を撫でている。
「なぜ驚く必要が? 龍のことを知りたい、ということですね。では私の家へどうぞ、文献ならばあります」
淡々と言うと、アンスは一人歩いて行った。三人は顔を見合わせて肩を竦め、その背を見つめる。
「……行こうか」
「オレ、あのガキ苦手だ……」
怠そうに息を吐き出すジューメに苦笑し、ユーはアンスの家に向かって足を進めるのだった。




