一時限目:社会分野(4)
用語解説
「反射」:領域発動第一形態「球体」応用技。物理攻撃を跳ね返すことが出来る。ただし、自分よりも強力な領域発動能力者による領域発動には効かない。
意次さんが出て行った後、俺は再び畳の上に寝転がった。
もしも意次さんが言うところの「赤羽様」が、俺の知ってるクラスメイト、赤羽護人だったら。
さっき聞いた話を頭の中で反芻する。
この場合、試験的にはどうするのが「良い」んだろうか。
赤羽と協力して、二人で戦乱を収めて平和な世の中にするのが良いのか。
はたまた、俺と赤羽が戦った方が良いのか。
そもそも、この試験は点数の優劣が出るものじゃないし、試験の採点方法も得点も分からないのだ。どうすれば良いのか、なんて分かるはずもない。
結局は自分が良いと思った方法を実践していくしかないのだろう。
・・・逆に、赤羽は何を思っているのだろうか。
意次さんの話に出てきた「赤羽様」が俺の知ってる赤羽だった場合、向こうは皇家お墨付きの中将で、こっちは一介の倒れていた人Aだ、既に俺の情報ぐらい手に入れているだろう。
それで何も仕掛けてこないってことは・・・
問題なし、と見ても良いのだろうか?
ごろごろと転がって考えるが、そもそも情報が少ない。アイデアも何も全くでない。この世界の中でもむこうとこっちじゃ天と地ほどの地位の差だ、現実世界では同じクラスではあるもののあまり喋ったこともない。
ただ分かっているのが・・・
1.数学が異常に得意(学年トップ3に常に入っている)
2.領域発動第一形態「球体」の範囲が広い
3.ボードゲーム部に所属している
といったことぐらいである。クラスに一人くらいは居そうな物静かでまじめな奴なのだ、赤羽は。
・・・・・・そこでついさっき会ったばかりの菖蒲のことを考えてみる。
天涯孤独・・・・・・・・・か。
思うところが無いではなかった、同じ天涯孤独の身としては。
まあ、試験の中の世界の人間に思い入れても仕方がないといえば仕方がないことなのかもしれないが。
取り敢えず夕食のお呼びがかかるまで、昼寝(夕寝?)をすることにした。「球体」を発動し、自分の体を覆う膜を張る。「反射」である。これならある程度までの襲撃は無効。
部屋の隅に置いてあった布団を敷いて、俺はしばしの仮眠をとった。
* * * * * *
深夜が居候している村から約2kmほど離れたところにある白峯城。その天守閣の一角にて。
「―――――――――――――――――して、その話は真かな?渚正造殿」
上座に座り、紅縅の鎧を身に着けた、鋭い眼光の男――――――――――――この人がさっき深夜と意次が話していた西園寺照光である――――――――――が、厳格な雰囲気を醸し出していた。
「さようでございます、西園寺様。間違いありません。つい先ほど村の外れの川で、見知らぬ出で立ちの若者を見つけました」
そう言って、西園寺に深々と頭を下げている、渚と呼ばれた男――――――――――――正確には、老人――――――――――は、深夜がこの場に居たならば自分を斥候へと仕立て上げた張本人である村のじいさんだといっただろう。
「その者の名は何と?」
西園寺の隣にいた、深い青色の和服を着た青年が声を発した。
「赤羽様、」
村のじいさん、こと渚が再び低頭する。
「見知らぬ出で立ちの若者は、藤崎深夜と名乗りました。現在は我々の村で斥候の仕事をしております」
ぺらぺらと深夜の現状を語る渚。赤羽様と呼ばれた青年――――つまりは深夜のクラスメイトである赤羽護人――――は少し眉を顰める。
「・・・もう良いだろう。渚正造殿。下がれ。主のことは皇家に推薦しておこう」
「ありがたき幸せにございます。それでは失礼致しまする」
渚が西園寺の従者に連れられ退室していく様子を後目に、赤羽に向かって西園寺が肩を竦めた。
「こんなもんでどうかな?赤羽殿」
「・・・ありがとうございます。必要な情報はある程度手に入りました」
赤羽が頭を下げる。
「礼には及ばんよ。我が軍の犠牲を最小限にとどめてくれたからな」
西園寺が従者を呼び、酒と食事を持ってこさせる。
「・・・あれぐらい別にどうってことないですよ」
「ご謙遜を。我が軍最高の軍師と呼ばれた朝倉を将棋においては完膚なきまでに打ちのめし、戦においては先の舎利ヶ原で幕府側の勇将智将を破ったではないか」
本当にお主は戦の経験が無いのか?と、怪訝そうに赤羽を見る西園寺。
「ええ・・・皆無ですよ」
将棋は何度も指したことはありますが。・・・そう言って、出された茶を啜る赤羽。
『まあ、「戦」ではない「戦」は何度も戦ってきたが』
と心の中で独りごちる赤羽。
「ところで、次は何処をお攻めになるつもりで?」
赤羽が、酒を呷っている西園寺に声をかける。
「・・・まあ何処を攻めるにしても必ずお主は連れていくがな、聞いて驚くなよ?・・・・・・次の標的は渚が村長をやっている舟黒村だ」
良かったな。知り合いに会えるぞ。
そう呑気そうに言って、赤羽の肩を叩く西園寺。
「・・・次も万全の策を練りますよ」
深夜に会える云々に対して外に全く感情を見せずに、西園寺の決定に従う赤羽。
「頼りにしてるぜ、異世界からの使者」
話し終わる頃には、西園寺は酒瓶を一本空けていた。
* * * * * *
白峯城から舟黒村へと帰る途中の馬車の中で。
渚は独り呟いていた。
「今回のことでわしの地位を上げ、皇家じきじきに土地の所有者に任命してもらえれば・・・」
・・・悪く思うなよ、藤崎殿。わしは、村を守らねばならんのだ。