一時限目:社会分野(3)
用語解説
領域発動:指定した空間内で特定の能力を使用し、力を行使すること。
「球体」:領域発動第一形態。
「探査」:「球体」の能力。物や事を計測、探査できる。探査が行える物や内容はその人物の領域発動能力による。
「処理」:「球体」の能力。単にシュミレーションを行ったり、データの分析、解析を行ったりする。処理速度は使用人物の領域発動能力による。
「うわあっ!?」
驚きつつも咄嗟に「球体」を解除する。幸い俺は入り口に背を向けていたので、領域発動には気づかれていないはず、だと思う。
「え~と、どちら様で?」
入り口に立っていた男の人は恭しくお辞儀をすると、
「深夜殿の当面の面倒を見るように、と長老に頼まれた意次です」
ああ、さっきじいさんが言っていた人か。
「一応夕食まではまだ時間がありますが、先ほどまで斥候に出ていらしたので喉が渇いているのではないかと思って茶と茶菓子を持ってきました」
「あ、ありがとうございます」
意次さんが右手に持っていた盆を受け取る。緑茶と、砂糖菓子らしきものがのっていた。
意次さんが俺が座っていた畳の隣に座る。大きく伸びをしており、手に墨が付いていることから、さっきまで書類仕事をしていたのかもしれない。意次さんは俺よりも少し年上に見えるのに、敬語を使われて少し居た堪れなくなった。
「で、赤羽…様、って誰ですか?」
さっき意次さんが言っていた「赤羽様」という単語が引っかかったので、菓子を食べながら聞いてみる。
もしかしたら、同じ世界に二人の受験生がいる、ということもあるかもしれない。
意次さんは少し遠くを見るような顔をして話し始めた。
「赤羽様、というのは「現在」皇家側の軍師です。この村の出身で、私の同級生であり、菖蒲の従兄だったのですが、今回の戦で既に戦死したと言われていました」
ん?戦死したのに生きているのっておかしくないか?
俺の疑問を読み取ったらしく、意次さんが話を続ける。
「戦死したといわれていましたが、数日前に見つかったらしいです。皇家側の総大将、西園寺照光は赤羽様を起用し、幕府側によって窮地に立たされていた戦局を覆した、ということが今のところわかっております」
数日前・・・・・・俺がこの世界に現れたのが数時間前であるので、俺よりも早い。
だが、「あかばね」と「ふじさき」では名前の順からすると向こうの方が早いので辻褄が合う。
「赤羽様が戦局を覆したことから、皇家側は赤羽様を軍師として正式に任命し、中将の位を与えております。ただ、気になる点がございまして」
意次さんの表情が暗くなる。
これはよくあるRPGのキャラクターの悩みを解決したら話が進む的展開ではないか?
つまり、この意味不明な世界から抜け出して試験を終了できる、と考えて、意次さんの話を促す。
「私の知り合いが皇家側の兵士として徴兵されておりまして、度々手紙を送ってくるのですが、赤羽様が「人が変わったよう」だと言っているのです」
「「人が変わったよう」・・・?」
意次さんが頷く。
「なんでも、以前は少しは抜けていて笑顔の絶えない明るい様子だったのに、今は笑いもせずに淡々と戦略を立てて実行しているだとか。あと、見えない範囲まで全てを予知しているらしいです」
・・・意次さんの話を聞いてみると、ますます俺の知っている赤羽のことを指しているかのように思えてきた。 赤羽は「球体」の展開範囲が広い。「絶対領域」と呼ばれるほどだ。(繰り返すがスカートと靴下の間ではない)そんな広さの中で「球体」の「探査」と「処理」を使えば戦場の様子なんざ一発で分かってしまうだろう。
「・・・赤羽様は良い人でした。先の大戦で徴兵されて父親と兄弟を亡くした菖蒲にも優しかったですし、村の仕事も進んで手伝う人でした」
意次さんが目を伏せる。
「・・・恐らく、菖蒲が危険な斥候役を買って出たのは赤羽様に会いたいからでしょう。流行り病で母親を亡くし、戦で父親と兄弟を亡くした菖蒲にとって、赤羽様は本当の兄のようでもありましたから」
・・・天涯孤独の身、か。
俺の場合は幸いにも養父と養母が居るが、菖蒲は実質村の人全員に育てられている、というものだろう。
「この話は村の誰にも話していません。しかし私は怖いのです。赤羽様が菖蒲と出会うことが。人が変わってしまったという赤羽様を見て菖蒲が衝撃を受ける可能性も考えられますから」
・・・・・・遠くの方から意次さんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「長居をしてしまいましたね。・・・お話、聞いてくださってありがとうございました」
「いえ、こちらこそ・・・お菓子とお茶をありがとうございます」
もちろん、試験の突破口となるかもしれない情報をありがとうございます、などとは言えないので心の中で感謝しておく。
「お気になさらず。日暮れにはまた夕食を持ってここに来ますので。そのころには長老が遠方に遣っている斥候も帰ってくるでしょうから戦況も詳しく分かるでしょうし」
それでは、
と言って意次さんが出て行った。