ミッドナイトハニー
「お前、頭おかしいだろ」
「失礼だな、ならばそんな私に付き合っているお前の方は一体どうだというんだ」
千鳥足ながらも周輔の口調はいつもと変わらぬしっかりとしたものだった。それが余計に腹立たしい。前を歩く周輔の表情は見えなかったが、どうせいつものように口端を片方だけあげて、偉そうに笑っているのだろう。本人にその気は無くとも、一体どれだけの友人をその笑い方で失ってきたのだろう。
口調は平常通りであるものの、その足許はあっちへふらふら、こっちへふらふらと揺れている。危なっかしい足取りでたらたらと歩いていた彼は、何が気になったのか突然ぴたりと立ち止ると、ぐるりとこちらを振り向いた。そのぐるり、が余りにも猛烈な勢い過ぎた。ふらふらの足許がかくりと折れて、上体が大きく倒れる。周輔は元々運動神経が良くない。バランス感覚も無い。彼はそのまま大きく倒れ込むと、橋の欄干に激突し、そのまま身を折って下へと転げ落ちそうになった。慌てて身を乗り出しワイシャツの裾を掴んで支えてやると、彼はとくに焦った風も悪びれた風も無く、へらへらと笑った。
「やあ、悪いね」
「お前、明日大事な会議があるって言ってなかったか」
「そうだとも、おかげでプレッシャーに潰されそうだ、酒でも飲まなければやってられない」
「大事な会議の前日にこんな酔い方をする奴があるか」
周輔はワイシャツを掴んだままだった俺の手をやんわりと解くと、ゆっくりと身を起こし、今度は地面の上にしっかりと足を踏みしめて立った。向こうから走って来た車のヘッドライトが、彼の顔を一瞬だけ煌々と照らし、すぐに通り過ぎて行った。光に照らされながら、彼は今日一番の真剣な表情をこちらに向けていた。
「人生は何事も成さぬには余りに長いが、何事かを成すには余りに短い」
「は?」
「一寸先は闇、何が起こるか分からない世の中だ、私がこのプレッシャーを抱えたまま死んでしまうようなことがあったらどうする、それは未練だ」
「お前、ほんと頭おかしいだろ」
周輔は俺の溜息を無視し、がっしりとおれの右腕を掴んできた。そうして、酔っ払いらしからぬ強い力でぐいぐいと引っ張りながら、酔っ払いらしい足取りでよたよたと歩きだした。
「和宏、夜はまだ長いぞ、次だ」
咎めることにも疲れたおれは、ふらふらと周輔の後に従って、真夜中の橋を渡っていった。