純情可憐な乙女になりたいの!
「あたしはこんなムサイ筋肉を脱ぎ捨てて、純情可憐な乙女になりたいのよ。という訳で協力してくれないかしら、紅の魔女さん」
「………………」
突如我が家に訪問したオカマの戯言を正面から受け止めた魔女は、はてどうしてくれようと頭を悩ませました。
性転換薬。
作ったことはありませんが、作り方は知っています。
作ってみたいという好奇心もあります。
しかし出来上がった魔法薬は魔女にとっても思い入れのある品物です。
どうせなら美少女と見紛うほどの美少年に使ってみたいと考えています。
しかし労力をかけた性転換薬を、こんなオカマの成り損ないに使わせるのはもったいないと切実に思うのです。
「……あのさあ、あんたを本物の女にしても、その筋肉もむさくるしさも、ついでに言うと似合わなさも変化なしだと思うんだけど」
「んまっ! 失礼なお子様ね! いくら紅の魔女でも聞き捨てならなくてよっ!」
「いや、客観的な意見だから。うちのにゃんこがあんたを一目見た時に言ったセリフを忘れたわけじゃないでしょ? お化け。正真正銘のお化けだってこと。その筋肉胸板はそのまま脂肪巨乳になるだろうけど、ムキムキの腕や足、腹筋もそのまんまだし、顔立ちが変わるわけでもない。結果としてあんたはお化けのまま身体が本物の女になるだけってこと。それでもなりたい?」
こんなものを女にしたところで世の中に公害をまき散らすようなものです。
出来れば遠慮したいところです。
「うぅ……どうしてそこまで言われなくっちゃならないのよ。あたしは好きでこんな身体に生まれたわけじゃないのに」
容赦なく精神攻撃を食らったオカマはすっかり凹んでしまいます。
「えっと……顔はともかくとして筋肉は鍛えてつくものじゃないの? 筋トレとか、スポーツとか。少なくともそのマッチョ具合は望んでなった身体としか思えないんだけど」
筋肉までしおしおになってしまいそうな落ち込み具合を目の当たりにして、さすがの魔女も言葉を選び始めます。
ちょっと言い過ぎたかな、とか反省もしてみます。
反省するタイミングが致命的にズレている気がしますが、そこはスルーしましょう。
「何言ってるのよ! 美は身体が資本なのよ! 努力もなしに保たれる美しさなんてこの世には存在しないんだからっ!」
「……言いたいことは分からなくもないけどねぇ」
ある意味では素晴らしい肉体美を誇っているだけに、魔女もちょっと怯みがちです。
「こほん。えっと、つまりオカマさんはまかり間違って男に生まれてきたけど、本当は女なのよと、そう言いたいわけ?」
身体は男で中身は女。
確かにそういう例は魔女も知っています。
地球世界でも聞き覚えのある症状です。
「そうよっ! あたしの心は間違いなく女なの! 乙女なのよっ!」
「……女かどうかはともかく乙女はどうかなぁ」
百歩譲って性同一性障害者だとしても、オカマの中身が正真正銘の女性だとしても、この厚化粧マッチョが『心は乙女』とか主張するのは人として許せない気がします。
たとえ差別だと言われようと、そこは譲れない一線です。
しかし本人が本当に苦しんでいることだけは理解できました。
女装趣味が行き過ぎて女性化したいという訳ではないようです。
となると、やはり女性にしてあげてもいいかなという気分になります。
「まあ、薬を作るのはいいけどさ。本当に女性化するだけだよ。その筋肉もムサイ顔もそのままだからね。それでもいいって言うんなら引き受ける」
「そんな! この乙女心にふさわしい可憐な姿にしてくれないと困るわ!」
「贅沢言うな」
こうして、とりあえずの女性化を果たさせるべく性転換薬を作ってあげることにしました。
完成した服薬したところで、純情可憐な乙女が出来上がることはあり得ませんが。




