困り果てた魔王陛下
魂の抜けた少年の身体を魔王はまじまじと見つめていました。
横向きに倒れていた身体を仰向けにさせ、浸食されている紋様を丹念に調べていきます。
赤黒い紋様は少年の身体が倒れていた辺りの木の根すらも浸食していました。
「これは……破壊衝動の呪いだな」
「うわー。そのまんま。わかりやすーい」
深刻な表情で診断を下す魔王に対して、魔女は身もふたもない事を言いました。さすがに黒鍵騎士が眉を顰めます。
「そうだ。分かりやすい故に厄介だ。このまま呪いを放置すれば次世代の魔王は破壊衝動の塊になる。猿芝居の戦争ごっこでは済まなくなるだろうな。間違いなく人間世界を滅ぼし尽くすまで止まらんだろう。おまけに必要以上に魔力を吸収するようにも細工されているから歴代最強の魔王が誕生する。誕生してしまえば誰にも止められん。勇者であってもな。神々が介入する前に壊滅的なダメージを被るだろう。人間側も、魔族側も」
「大変なんだねぇ」
魔女の口調はあくまでものんびりです。
所詮は他人事と考えているのかもしれません。
実際、他人事ではあるのですが。
「……魔女殿。この少年はあなたを頼ったのですよ。いくらなんでもその反応は冷たすぎませんか?」
黒鍵騎士が魔女に批難の眼差しと言葉を浴びせます。
しかし魔女の方はけろりとしたもので、
「だってね~。『魔女』ってのは呪いをかけるのが専門で、解くのは管轄外っていうのが一般論だと思うんだけど?」
などと言い放ちます。確かにその通りなので黒鍵騎士も言葉に詰まりました。
「う……」
『で、でも、呪いをかけるのが専門なら解く方法も分かるっていうのが道理だと思うのですが……』
生霊がおずおずと魔女に問いかけます。
解呪を期待しているようです。
「無茶言わないでよ。ただでさえ魔女としては新米もいいところなのに、自分がかけたわけでもない全く未知の呪いなんて解けるわけがないじゃない」
『そんな……』
「……まいったな。この呪いを解くには相当にレベルの高い神祇術士が必要になるぞ」
魔王が忌々しげに唸りました。
「神祇術師?」
聞き慣れない単語に魔女が首を傾げます。
「神祇術師とは法術を使う者達の総称だ。神々に仕え、祈り奉ることでその力の一端を借り受けることが出来る。彼らはこういった呪いの解呪に極めて有効な魔力を有しているのだ」
「神属魔法が使えるって事?」
「いや。神々の力を借り受けたとしても、その力が人の身体を通した時点で人の使う魔法になる。そうでなければ世界法則を侵してしまうからな。聖なる力を扱うことが出来る、というだけだ」
「なるほどね~。で、その神祇術師の人材に心当たりってあるの?」
魔女が問いかけると魔王は苦り切った表情になって唸りました。
「神祇術師は人間の領域だ。魔族には存在しない」
「………………」
次世代の魔王を守るために力を貸してくれ、などとどのツラを下げて人間に言えるのでしょう。
事情を話せば嬉々として大樹を潰しにかかるかもしれません。
人間側の力を借りることは出来ません。
しかし次世代の魔王の魂も守らなければなりません。
手段に行き詰まった魔王と黒鍵騎士は困り果てたように肩を落とすのでした。




