こたつにアイスは至福なのです
ソーマの森までの道のりも転移魔法で楽々でした。
移動の醍醐味を全く感じさせない展開ですが、書き手の手抜きとか言わないように。
「うー。緑くさい」
ソーマの森は鬱蒼とした森そのものであり、緑の匂いに満ち溢れていました。
ただし、楽しめるような香りではなく、攻撃的なほどに強烈な匂いでした。
魔女はむせかえりそうな緑の匂いに鼻をつまんでしまいます。
横を見ると黒鍵騎士も辛そうに眼を伏せています。
「余はここが生まれ故郷だから今更何とも思わんが、やはり慣れていない者には辛いらしいな」
魔王が呆れたように肩を竦めます。
『魔王陛下。本当にすみません。こんなところまで足を運ばせてしまって……』
生霊が申し訳なさそうに言います。
「構わん。次世代の魂が汚染されるとなれば余にとっても他人事ではないからな。精々当代魔王として働かせて貰うさ」
「こたつにみかんなぐーたら魔王が随分立派なこと言うじゃない」
魔女がからかうように言います。
「何を言う。アレは立派な節約だ。暖房をガンガンに焚いて横に美女を侍らせて玉座にふんぞり返って高い酒をあおるよりはよっぽど経済的だろうが」
「……仮にも魔王陛下が堂々と節約とか言わないように」
「………………」
魔女が呆れ混じりに返し、黒鍵騎士は苦い表情で頷きました。
やはりあの姿には色々と思うところがあったようです。
「寒いー、と言いながらこたつに入ってアイスを食べる喜びはどんな贅沢にも代え難いものなんだがなぁ……」
「理解は出来るけど魔王の喜びとしてはどうかと思うなぁ」
道中、そんな会話を続けています。
魔王陛下の会話は随分と庶民的です。
貧……もとい節約生活が板につきすぎているようです。
呆れつつも、今度は家にこたつを置いてみようかなぁ、などと密かに検討している魔女でした。
こたつにアイス。確かに魅力的です。
是非ともにゃんこと一緒に堪能したいと思いました。
「そう言えばさ、ここって森の民の本拠地っていうか住処なんでしょ? その割には誰の姿も見えないんだけど」
森に入ってから結構な時間が経過しますが、誰一人として姿を現しません。
魔女や黒鍵騎士だけならともかく、魔王陛下が姿を現したのですから誰か一人くらい現れてもいいのではないかと不思議がっています。
……たとえ作務衣姿であっても魔王陛下は魔王陛下です。
側近の黒鍵騎士ですら浴衣姿ですが、これは魔女の所為なのでノーコメントということで。
『森の民は普段から人前には姿を現しません。広大な森の中で集落を持たずに個人個人で生きています。僕たちは太陽の光と森の精気が在ればそれだけで生きていけますから集団で生活する必要が無いんです。だから誰がどこにいるのかというのはほとんど把握していないんです』
「そうなの?」
「魔族というよりも精霊に近い種族だからな。他者を必要としない、ある意味では完成された命の一つだ。余も森の民には数えるほどしか会ったことがない。誕生時に必要な教育期間に関わったぐらいだな」
「そっか。会ってみたかったんだけどな」
「彼らは滅多に姿を現さない。諦めた方が賢明だな」
「そうする。どうしてもって程じゃないし。生霊状態ならもう会ってるしね」
会話をしている内に祭壇へと辿り着きました。
「うわー。おっきい……」
空にも届かんばかりの大樹に魔女が感嘆の声を上げます。
「久し振りに見るが、確かに大きいな」
魔王も懐かしげに大樹を見上げます。
「陛下。あそこに……」
黒鍵騎士が大樹の根元を指さします。
そこに一人の少年が倒れていました。
緑の髪と土気色の肌をした華奢な少年です。
「あれってもしかして……」
『はい。あれが僕の本体です』
倒れていた少年の肌には赤黒い紋様が刻まれていました。
それは呪いの紋様でした。




