魔王陛下は神様嫌い
「それは一大事ではないかっ!」
事情を聞いた魔王の第一声がそれでした。
『ソーマの大樹がライブで大ピンチだよ~』という台詞を通信魔法で魔女に教えて貰った黒鍵騎士と 魔王はすぐさま転移魔法で目の前に現れました。
月見橋の下で魔女と黒鍵騎士と魔王と生霊が四人でたむろしています。
いかにも怪しい三人組(生霊の姿は普通の人には見えません)をじろじろと眺める無遠慮な通行人もいました。
作務衣姿でう●こ座りをしている中年が、まさか魔王陛下などとは誰も思わないのでしょう。
「一大事だけどどう考えても魔王の管轄でしょ。だけど魔王城には結界があって知らせることも出来ないから私に助けを求めたみたいだよ」
「むぅ。それはすまなかったな」
「もう少し開かれた門戸にした方がいいと思うよ」
「そうしたいのは山々なのだが、これは代々の魔王が受け継いできた伝統のようなものでな。魔王城には黒鍵騎士の許可があって初めて足を踏み入れることが出来るのだ。結界と黒鍵は切っても切り離せぬ関係でな」
「つまり、結界を無くすと黒鍵騎士の役割が意味をなくしてしまうってわけ?」
「その通りだ」
「面倒だね」
「面倒だ。しかし伝統を蔑ろにするわけにもいかん」
「そりゃそうだけどさー」
魔女と魔王は魔王城の結界の必要性について議論を交わしますが、魔女にとってはやはり他人事なので長続きはしませんでした。
「とにかくその呪いだけは何とかしなくてはならぬ。下手をすると次世代の魔王の魂まで汚染されてしまう」
魔王は深刻な表情で言いました。
「汚染されるとどうなるの?」
「分からん。呪いの種類によって違ってくるだろうが。少なくともロクなことにはならんだろうな。理性を欠いた破壊衝動の塊が生まれてくるとか、まあそんなところだろう。力だけは化け物じみたレベルで」
「それって不味いんじゃ……」
「大いに不味い。茶番抜きで人間との全面戦争になりかねん。しかもそれが片付いたら魔族側にも牙を剥く」
「……もしかして前例があったの?」
魔女が問いかけます。
魔王は眉をしかめたまま頷きました。
「余が経験したわけではないがな。古い文献にそういう記録が残っている。生まれてくる魔王の魂を自分たちの都合の良いように調整しようとした愚かな種族が、大樹を通して様々な魔法や呪いを織り込んだらしい。結果、生まれてきたのは手の付けられない怪物だったというわけだ」
「それで、どうなったの?」
魔女はごくりと唾を呑み込んで問いかけます。
「どうにもならん。人間側も魔族側も多大なダメージを蒙ることになった。さすがに神々が黙っていなかったらしい。世界法則を利用して封じることに成功した」
「世界法則?」
聞き慣れない言葉に魔女が首を傾げます。
「太古の昔に創造神が定めた世界のルールだ。この世界で生まれた存在は例えどんな存在であろうとも逆らうことが出来ない魂の楔。どれほど強力な力を持った存在であっても、神属魔法を拒むことは出来ない。ゆえに、たとえ余であっても神々に逆らうことは不可能だ。神属魔法は生物の魂を拘束する。例外は勇者や魔女のような異邦人だけだな」
「……ちょっと待ってよ。私この前ニート海神に拉致されたけどまったく逆らえなかったよ。異邦人なのに」
魔女がエロ魔神……ではなく海神ヴェルスの事を話します。
「……それは世界法則以前の問題として、魔女と神との力の差だ。例えば余と一般神ならば潜在能力は余の方が高い。しかし世界法則があるから余の方が負ける。それに対して魔女と一般神の場合は世界法則を無視出来たとしても、潜在能力の差で押さえつけられる。そういうことだ」
ニート海神という呼び名に若干呆れ顔になった魔王ですが、それでも律儀に説明してあげるのでした。結構お人好しです。
「つまりもっと力を付ければ逆らえるってこと?」
「その通りだ。勇者ならば真っ向から叩き伏せることが出来るだろうな」
「ふーん」
「……話が逸れたな。つまり最終的には神々の介入によって解決可能だという前例はあるのだが、それは出来るだけ避けたい」
「神様嫌い?」
「ああ、嫌いだな。世界法則に依存しきってふんぞり返ってるだけの無能者の集団の癖に、態度だけは無駄にでかい。出来れば顔も見たくない」
「あー、なるほどね」
虎の威を借る狐みたいなものかもしれません。
確かにそういう手合いは魔女も気に入りません。
「とにかく現場を見にいこう。対応はそれからだ」
「私も?」
魔女は自分を指さして首を傾げます。自分の役割はここまでだろうと言いたげです。
「もちろんだ。嫌なら無理強いはしないが、次世代の魔王を誕生させるソーマの大樹だぞ。魔女にとっては好奇心がうずうずワクワクどっきどきなのではないか?」
「ハアハアめろめろじゅるりって感じだね」
「では決まりだ。戦力は多い方がいい」
この返答で魔女の参入も決定しました。
……このやり取りで決定するのもどうかと思いますが。




