魔王陛下誕生のひみちゅ
困ったお願いを実行する前に、まずは事情を聞くことにしました。
敵ならばまだしも、通りすがりの生霊さんにとどめを刺すほど魔女も非情ではありません。
生霊は魔女の横に腰掛けてからぽつぽつと事情を話してくれました。
『僕は森の民の一人です。森の民はその名の通り深い森の中で暮らし、森の木々と共に生きる種族です。森に生かしてもらい、森を生かし続ける。そういう義務を背負った種族でもあります』
「生かしてもらい、生かし続けるっていう意味がよく分からないんだけど」
『この概念は一族の者以外には理解されづらいかもしれません。僕達が住んでいる森は、ハルマ大陸の中でも特殊な役割を果たしています』
生霊は森の民の事情を一から説明してくれます。
まず森の民という種族はハルマ大陸の中心部にある深い森に棲んでいるという事。
その場所はソーマの森と呼ばれていて、森の民以外は棲むことが許されていないこと。
ソーマの森の木々はその一本一本が特殊な魔力を帯びた魔樹であり、森の中心にある大樹は森の民にとって命の源として崇められています。
「御神木みたいなもの?」
『近いかもしれません。魔族は神を崇めませんが、あの大樹は僕たちにとっての神様みたいなものですから。僕達森の民は仲間同士の交わりによってではなく、大樹の実から生まれてきますから』
「えー!?」
魔女はびっくりして生霊を見ました。
木の実から生まれる命があるとは夢にも思っていませんでした。
桃太郎が一番近いイメージかもしれません。
生霊の説明は続きます。
『森の民はソーマの大樹によって生み出され、森の恵みによって糧を得ます。代わりに僕たちは魔力や生命力を弱った木々に捧げるのです。死後は森の土へと還り、再び大樹の糧となります』
「んー。つまりソーマの森そのものが一つの世界として完結してるってこと?」
命が生まれて育ち、終焉を迎えるまで。
その全てが森の中という世界で閉じている。
そういう印象を受けました。
『その認識で合っています。僕たちは外部との接触をほとんど持ちません』
「鎖国みたいなものかぁ」
微妙に的外れな気がしますが、魔女の頭の中では江戸時代あたりの日本が思い浮かびました。
「で、特殊な役割っていうのは?」
『純血魔族の誕生です。ソーマの大樹は千年に一度の周期で森の民以外の命を生み出します。それが純血魔族。魔族の始祖はソーマの大樹が生み出したと言われています。現在ハルマ大陸で生きる多くの魔族達は、始祖から分かたれたものだと。ソーマの大樹はハルマ大陸に漂い続ける魔力を永い時間をかけて吸収し、形成し、一つの命を創り出します。そうして純血魔族を誕生させます。僕たち森の民は大樹の守護と維持、そして誕生した純血魔族を守るために存在しているんです』
「……もしかしてそこから生まれた純血魔族の多くが魔王になってたりするわけ?」
『鋭いですね。その通りです』
「なるほど」
つまり森の民の一番大切な仕事というのは次世代の魔王の誕生と守護ということです。魔王のために存在し、森を維持し、大樹を守護する一族。それが森の民なのでしょう。
あのこたつでみかんな大ボケ魔王もソーマの大樹が誕生させた純血魔族のようです。
「森の民の事情は解ったけど、君の事情が分からない。どうして殺して欲しいなんて言うわけ?」
『……それは、僕が呪いを受けてしまったからです』
「は……?」
『森の民は二十年に一度、魔力の強い者を生贄に捧げます。今回の生贄は僕でした』
「……生贄ってまた物騒な」
魔女は嫌そうな顔で唸りました。
『物騒でも何でもありませんよ。大樹が取り込んだ自然の魔力を整えるためにも、意志を持った魂を同化させる必要があるんです。その魂は一度無に還り、次世代の純血魔族に宿ります。それを誇りに思うことはあっても残念に思うことはありません。これは始まりへ至る道であって終焉ではないのですから』
「ふーん」
言いたいことは山ほどありますが部外者が言っていいことでもないような気がするので魔女は口を噤みました。
『僕は生贄として魔力と魂を大樹に捧げました。ところが、僕の命が還る寸前で呪いを受けてしまったのです。誰の仕業かは分かりません。大樹と同化しかけていた僕の身体と魂は中途半端な状態で祭壇に取り残されています。そして僕の身体を通して大樹にまで呪いが到達しているんです。このままだと大樹が毒されてしまいます。それが大樹にどういった影響を及ぼすかまでは分かりません。ただ、ロクなことにはならないはずです』
「つまり、呪いを受けた君の身体が大切な大樹に悪影響を与える前に殺して欲しいということだね?」
『その通りです』
「……気が進まないなぁ。そもそもそういうことなら私じゃなくて魔王に頼めばいいじゃない。次世代の魔王を誕生させる大切な大樹なら魔王だって無関係じゃないはずでしょ?」
『……魔王城は結界で守られていますから僕では入ることが出来ないんです』
「あー……なるほど。でもだったら私と一緒にいた黒鍵騎士でもよくない? 魔王の側近らしいから私なんかよりもよっぽど力になってくれると思うけど」
『魔女さんと一緒にいた人って、黒い耳と尻尾のお兄さんですよね? あの方が黒鍵騎士様だったんですか?』
「分からなかったの!?」
『……黒鍵騎士様はいつも黒い甲冑を纏っていらっしゃいますから』
「うわー……」
アレがトレードマークなんだ……などと溜め息をついてしまいます。
甲冑がない時の黒鍵騎士は正体不明の耳尻尾というわけです。
「とにかく黒鍵騎士と魔王に相談してみるよ。問題が問題なだけに二人を無視してことを進めるのはよくないと思う」
『そうしてもらえるととても助かります』
生霊はほっとした声で返事をしました。
「じゃあまずは黒鍵騎士を呼び戻そう」
魔女はさっそく通信魔法で黒鍵騎士を呼び戻します。
ついでに魔王にも連絡を取って事情を話すことにしました。




