生霊的自殺志願者
黒鍵騎士と別れた魔女は月見橋と呼ばれる大橋へ移動しました。
木造りの橋で、歩くとこんこんという耳に心地よい音がします。
のんびりと歩いていると、微弱な気配と視線もゆっくりと魔女についてきました。
どうやら用事があるのは黒鍵騎士ではなく魔女のようです。
魔女はにんまりと笑ってからさてどうしようか、と考えます。
幽霊と関わるのは初めてです。
地球世界にいた頃は霊感も全くありませんでしたから関わりようがなかったのです。
魔女はわくわくしています。
いつもの悪い癖です。
「んー。とりあえず人目に付くのはあんまりよくないよね」
魔女は霊視魔法を自分にかけてから、橋の下に降りました。
しばらく橋の下でのんびり座っていると、うすぼんやりとした影が魔女の前に現れました。
『………………』
うすぼんやりとした影、幽霊は魔女をじっと見ています。
「こんにちは。私に何か用事かな?」
『魔女さん……ですよね……?』
幽霊はおずおずと魔女に話しかけます。
少年のような声でした。
「そうだよ。君は幽霊さんでいいのかな?」
『僕は……幽霊じゃないです』
「どう見ても幽霊としか思えないけど」
うすぼんやりした影、希薄な存在感、輪郭を保てない全体像。
どう見ても幽霊以外の何者でもありません。
『まだ死んでいません。身体に戻れなくなってしまったんです』
「つまり、生霊?」
『……はい』
なんと、幽霊ではなく生霊でした。
どちらも大差が無いような気がしますが、とりあえずまだ死んでいないようです。
「まあどっちでもいいんだけどさ。で、何の用なわけ?」
『魔女さんにお願いがあって来ました』
「何のお願い?」
『僕の本体を殺してもらいたいんです』
「………………」
魔女は呆気にとられた表情で生霊を眺めます。
なんとも困ったお願いをされてしまったなあとため息をつくのでした。




