よいではないかよいではないか~♪
魔王城を出ると、すぐに大通りでした。中国風の建物が並ぶ中、鼻につく香の匂いが届きます。
「人間の大陸から来た方には少々苦手な匂いかもしれませんが」
黒鍵騎士がそう言って魔女を気遣いますが、魔女の方はひらひらと手を振って大丈夫だと答えました。
「まあお線香みたいなものだよね。割と慣れてるから平気」
「それは何よりです。この香りは城下町アマーティアの名物のようなものですから」
「そうなんだ」
頷きつつ、魔女はアジアン風のお店に入った時のアロマを思い出しました。
匂いは全く違いますが、全体的に香りが漂っている場所という意味で懐かしくなったのです。
「魔女殿、少々お待ちいただけますか?」
「ん? いいけど」
城から出ていざ街へ出発する段階になって、黒鍵騎士は魔女を呼び止めました。
「さすがにこのまま城下町へ出ると目立ちますので」
そう言って黒鍵騎士は魔力で編まれた鎧を解除しました。
消えた鎧の下から出てきたのは端正な顔立ちをした青年でした。
「あ、あわわわ……」
魔女は黒鍵騎士を指さして真っ赤になっていました。
あまりにも格好いいので一目ぼれ……したわけではもちろんありません。
しかしそれに近い感覚を味わってはいます。
一撃で胸キュンされてしまったのです。
サラサラの黒い髪。
切れ長で意志の強そうな瞳。
すらりとした体格。
そのどれもが数多の女性を引き付けるほど魅力に溢れていました。
しかし魔女が惹き付けられたのはそのどれでもありません。
「ま、魔女殿……?」
まるで獲物を狙う肉食獣のような表情になった魔女に黒鍵騎士が若干引いてしまいます。
とても嫌な予感がしました。
頭部に生えた黒い耳がぶるるっと震えて、臀部から生えた黒い尻尾がぱんぱんに膨れてしまいました。
「み、耳……尻尾……」
魔女はうずうずする気持ちを抑えることなく、じりじりと黒鍵騎士との距離を詰めていきます。
「え、ええと? 私の耳と尻尾が何か?」
「にゃんこの白い耳尻尾もいいけど、黒もなかなか……」
「へ?」
そう。黒鍵騎士はふさふさ耳尻尾の持ち主だったのです。
にゃんこが猫の耳尻尾ならば、黒鍵騎士は狼のそれでした。
あっちもいいけどこっちもいい。
いや! 今はこっちに触りたい!
という熱き思いを迸らせて魔女は黒鍵騎士に襲い掛かります。
「さ、触らせてえっ! もふもふぎゅーぎゅーさせてえぇぇぇぇっ!!」
「ええーーっ!?」
黒鍵騎士が断る間もなく、魔女は尻尾をぎゅっと握りました。
「ふあっ!? ちょ、ま、魔女殿!? や、やめ! やめてくださ……あうん! し、尻尾は握らないでくださいーっ! くはぅ!?」
「ひひひ。よいではないかよいではないか~♪」
どこのセクハラ親父ですか、という勢いで魔女は黒鍵騎士に触りまくります。
主に耳と尻尾を撫でて握ってつまんですりすりします。
「ひょ、ひょわああああ~~っ!?」
「ふさふさ~! やわらか~い! もっともっと~!」
……と、こんな感じで観光案内どころではなくなってしまいました。
元旦からセクハラ話。
これぞ水月ワールドなり!
……ああ! ドン引きしないで、逃げないでぇぇぇぇ!




