異世界の年越し
「も~い~くつ寝~る~と~♪ 寝~正月~♪」
「ねしょうがつには~ひきこもり~♪」
「ぐ~たら過ごしてだらけましょ~♪」
「も~い~くつね~る~と~、ね~しょ~お~が~つ~♪」
「………………」
コタツに入った魔女とにゃんこがぬくぬくしながら歌っています。
お正月の歌です。
歌詞が変わっているのは魔女の趣味です。
魔女は凧も独楽も鞠もおいばねも興味がありません。
興味があるのはぐーたら過ごすことだけです。
地球世界にいた頃も、お正月は家に引き籠もってゲームをしたり読書をしたりしていました。遊びに行くとせっかくのお年玉を無駄に消費してしまいます。
その習慣は異世界で過ごすようになっても変わりません。
「……なあ、そんな歌があったのか? 日本に?」
大晦日に魔女の家へ遊びに来ていた勇者が呆れた視線を魔女に向けています。
「うん。作詞は東くめ、作曲は瀧廉太郎 。明治三十四年が初出らしいよ。勇者が知らないのも無理ないね」
「そ、そうなのか……」
勇者が異世界にやってきたのは二百年ほど前です。つまり勇者が地球世界からいなくなった後に作られた歌ですから、知らなくても問題ありません。
「で、本当にそんなだらけた歌詞なのか? お正月といえば凧や独楽、鞠や羽子板だと思うんだが……」
「そうだよ。面白い歌詞でしょ?」
「むう……そうなのか……」
勇者、あっさり騙されています。
魔女の方は何の罪悪感もなく大嘘をついています。
このままでは異世界に間違った歌が広がるかもしれません。
……それはそれで面白そうではありますが。
「それにしてもこの蕎麦はうまいな。もしかして麺から作ったのか?」
「うん。せっかくの異世界初年越し蕎麦だからね。にゃんこもいることだし、ここは腕を振るわないと」
魔女はこう見えて料理上手です。
うどんもそばも麺打ちから作ることが出来ます。
「おいしい~」
にゃんこもふーふー冷ましながら満足そうに食べています。
「当然よ。私が作ったんだから」
「とうぜん~♪」
もう少し慎みがあれば文句はないのですが、完璧な人間などどの世界にも存在しないということでしょう。
「この年越し蕎麦っていうのも初めてだな。三十日蕎麦って言うのなら知ってるんだが」
三十日蕎麦とは江戸時代中期に商家が月の末日に蕎麦を食べる習慣のことです。これが転じて大晦日に蕎麦を食べる習慣になったと言われています。
「まあ大晦日だけにしか食べられないって訳じゃないけどね。大晦日には年越し蕎麦っていうのが現代の常識かな」
「はあ~。しばらく帰らないうちに変わったもんだな~」
「そりゃあ二百年も帰らなかったら変わるでしょ」
変わりすぎるくらい変わります。
「ま、いいか。うまいし」
勇者は満足そうに蕎麦を平らげます。
「魔女は料理上手だな。いいお嫁さんになれるぞ」
「そりゃどうも。お正月のご馳走調達は勇者に任せるからよろしくね」
「……は?」
予想外の台詞に勇者が首を傾げます。
「当然でしょ。ただ飯食おうたってそうはいかないわよ。年末はこっちでご馳走したんだから年始は勇者がご馳走しなさい」
「……待て。どう考えても蕎麦とご馳走じゃ材料費として釣り合いが取れていない気がするんだが」
「人件費」
「ぐはっ!」
人件費高過ぎます。
「まさか私の料理がただで食べられるなんて、そんなこと思ってないわよね……うふふふふ……」
「……その笑い方やめろ。怖い」
「怖いとは失礼な」
「分かった分かった。じゃあ明日は月詠の里で飯を奢る。それでどうだ!」
「鍋がいい!」
「なべ~」
魔女もにゃんこも大乗り気です。勇者にたかる気満々です。
「分かった。鍋だな」
「カニ鍋~♪」
「カニ!?」
いきなり高級食材です。
「霜降り牛肉すき焼き~♪」
「霜降り!?」
「よろしくね♪」
「………………」
にっこりと魔女に微笑まれた勇者はがっくりと肩を落とします。
年末をちょっと同郷出身者と過ごそうと思っただけなのに、とんだ大出費です。
しかし魔女の手作り料理は本当に美味しかったので、勇者も諦めて降参するのでした。
これに懲りてしまうには、故郷の手作り料理というのはあまりにも魅力的なのでした。
クリスマスに続いてシーズンネタであります。三が日まで続きます。
たまにこういうイベント話をいれるかもしれません。
近いうちだとバレンタインとか(^o^)




