紙一重が分水嶺
「……っていう依頼を魔王から受けちゃったわけよ」
「へー。あのオッサンも結構気苦労が多いんだなぁ」
魔女とお茶を飲みながら会話をしているのは、なんと勇者でした。
あれから勇者は頻繁に魔女の元へ訪れています。
やはり同じ世界出身同士、色々と思うところがあるのかもしれません。
「勇者としてはどうなわけ?」
「何が?」
「魔族の戦力低下や魔獣創成の話。この際一気に攻め込んじゃえーとか、人間側に情報リークして追い込んじゃえーとか、思ったりしないの?」
「べっつにー。俺もこの世界の人間に義理がある訳じゃないからなぁ。魔王とは酒飲み友達だし」
「酒飲み友達なんだ……」
さらりと凄いことを言う勇者です。
魔王と酒飲み友達の勇者など、どこの世界を探しても彼くらいのものではないでしょうか。
「たまに手合わせするとすっげー楽しいぞ。一本取った方がその日の奢り担当になるんだけどな」
「ははは……。この世界の人間が聞いたらぶち切れそうな話だねぇ」
「クラール王国とか、レヴェンス帝国の上層部が聞いてたら勇者討伐軍とか編成されそうなのは確かだな」
「何気に人生綱渡りだよね、勇者って」
何が悲しくて人間側から勇者討伐軍などを編成されなければならないのでしょう。
勇者は人間側の守護者の筈です。
「俺も魔王も意味がないって分かっていて戦ってるからなぁ。取りあえず適当にドンパチやってればお互い満足するわけだし。戦時以外はいい友達だよ、マジで」
「それも空しくなる話だよね」
「仕方ないさ。人間同士が戦争するよりは遙かにマシだろうしな。これはこれで世界にとって必要な戦なんだろうよ」
「で、私はそんな空しい戦のために魔獣創成にせっせと取り組んでるわけね」
「いーじゃんか。報酬は弾んだだろ? あのオッサン金払いはいいからなぁ」
「うん。この前金貨一万枚受け取った」
「わおっ! そりゃあ大出費だ。今度は俺が奢ってやるかなー。その金額はハルマ大陸の財政的に決して小さくないはずだぞ。魔王なのに節約生活をしなきゃいけないくらいにな」
「魔王の節約生活……パンの耳とかかな?」
「やめろー。想像すると涙が出て来るぞー」
「そう? 結構楽しいよ。人の不幸は悦の味って言うじゃない?」
「『蜜』だ。蜜の味。『悦』は味覚に組み込まれない」
しかし『蜜』よりも『悦』の方がより一層満足度が高い気がします。
被害者側にとってはより一層えげつないかもしれませんが。
「で? 魔獣創成の方は進んでるのか?」
「ちまちま進めてるよ~。専門じゃないからちょっと苦労したけどね。やっぱり薬を調合する方が楽しいや。魔法陣に術式を組み込んで自動生産にしているところ。鶏くんみたいにぽこぽこ卵が産まれてるよ。今のところ三百個くらいかな」
「卵なのか?」
「当たり前じゃない。魔獣千体なんて家の中に徘徊させたくないし。餌代もかかるじゃない。使用者が任意に孵化させられる卵タイプだよ。で、魔王には魔獣の卵千個を納入予定」
「便利だなぁ。昔は維持費だけでも結構かかったらしいのに」
「卵タイプは私のオリジナル技術だよ。殻に時間魔法を仕込んでいるだよ。殻を割ると時間魔法が発動して成体になるの」
「……魔女って実は天才だったりするわけ?」
「天才じゃなくて秀才の方がいいかな」
「なんで? 天才の方が特別じゃないか」
「だって天才だと馬鹿と紙一重だもん」
「……なるほど」
馬鹿と天才は紙一重、確かによく聞く言葉ですね。
魔女は天才呼ばわりされることよりも紙一重で馬鹿呼ばわりされることの方が嫌なようです。




