勇者、自主引退
「へえ。じゃあ幕府はあれから倒されたんだなあ。俺は幕府側だったからちょっと残念だよ」
最初は歴史の話でした。
魔女も日本史に詳しいわけではありませんが、とりあえず中学一年生でも知っている程度の事を勇者に教えてあげます。
「それから明治政府が出来上がったり、昭和になってアメリカと戦争しちゃったり広島に核爆弾落とされちゃったり、まあいろいろ大変だったらしいよ。私の時代だと戦争反対の平和国家になっちゃってるけどね」
「へえ~。じゃあもう誰も刀を差していないのか」
「廃刀令は明治時代になってすぐに実施されたよ。サムライの時代はあれで終わり」
「……それも寂しいなぁ」
勇者は刀を手にしてため息をつきます。
二百年以上刀を振るってきた侍としては当然の寂しさなのかもしれません。
「ところでどうして私のことを知ってるの? 私が異世界からやってきた異邦人だってことを知っている人はそんなに多くないはずなんだけど」
それを知っているのは白銀龍と海神ヴェルスと騎士団長くらいのものです。
神様なら他にも知っているかもしれませんが。
「戦神クライストに聞いた。魔女のことは神様の間じゃ結構有名なんだぜ。召喚早々腕利きの魔女を返り討ちにした強者だってな」
「か、返り討ちって……単に杖を奪って釜の中に放り込んだだけなんだけどなぁ」
あの所業で強者扱いされるのも複雑なところです。
よくよく考えると自分が助かったのは本当に運が良かっただけなのかもしれません。
神様達からも『腕利きの魔女』とか言われている辺り、あの先代魔女は結構凄い人だったのでしょう。
「別に有名になりたいわけじゃないんだけどなぁ。のんびりまったり暮らせればそれでいいし」
「そうみたいだな。俺みたいにこの世界での役割があるわけでもないし」
「勇者の役割はもう終わったんでしょ? 二百年ほど前に」
「まあな~。今は気楽な隠居生活ってヤツだ。勇者業も引退したし」
「……引退出来るものなの? それって」
「自主引退なり」
「……逃げたのね」
「う……」
ぎくりと身体を振るわせる勇者。魔女の指摘はかなり的確です。
「だってよー。戦争終わったらあとは国の重職に付いてくれ~とか、人間同士の戦争に利用されそうになったりするんだぜー。さすがにうんざりだよなー……」
「あー、まあ勇者ってくらいだから軍事利用価値はかなり高そうだもんね」
「そーそー。さっきのえげつな魔法を見る限り魔女の方がよっぽど兵器じみてるってのにさー」
「何か言った?」
「いえ何にも」
ギロリと睨む魔女に対して勇者は慌てて手を振りました。
痛みと恐怖を以てこの魔女には逆らわない方がいいと言うことを学んだようです。
「ま、俺がここに来たのは同郷者に会ってみたかったからだよ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの興味本位だ。……好奇心猫をも殺す的な勢いで後悔してるところだけどな……」
「失礼な。殺してないじゃん」
「俺じゃなかったら死んでるから。間違いなく死んでるから」
「まったくいつまでも些細な過去を気にするなんておケツの穴が小さい男だな~」
「下品な言葉を使うな」
「ちゃんと『お』を付けたよ」
ケツの穴が小さい……ではさすがに下品かと思ったので気を遣ってみました。……あんまり効果はなかったようです。
「俺はしばらく近くの街にいるから。街に降りたときは声をかけてくれよな」
魔女との雑談を楽しんだ勇者は街へと戻ります。
「本拠地があそこなの?」
「いや。西へ東へ根無し草。この格好だからな。一箇所に留まると面倒なんだ。さすがに伝説の勇者がまだ生きているなんて考えるヤツはいないけど、それでも目立つことに変わりはない」
「……じゃあ普通の格好をすればいいのに」
「そう言うなよ。一応元の世界との繋がりを保っておきたいっていう心境の現れなんだから」
「やっぱり帰りたいの?」
「微妙。二百年も経ってると帰ったところで誰も生きてないだろうしなぁ。時代も変わって世界も変わってるだろうから馴染めるとも限らないし。ただ単に忘れたくないってだけだ」
「ふーん。まあ大丈夫だと思うよ。あの街には同じような格好をした勇者オタクがいるから」
「……は?」
「だから着物に袴の勇者オタク。あの街の騎士団長なんだけどね。なんでも勇者に憧れて格好だけでも真似てるらしいよ。だからあの街に居座ったところで勇者オタク二号って呼ばれる程度だと思う」
「……本物なのに二号って……オタクって……」
がっくりと肩を落とす勇者でした。
こうして勇者は街へと戻ります。
魔女はその姿を見送りながら扉を閉めるのでした。




