背に腹は代えられませんので……
「……おなかすいたぁ」
魔女をぶっ殺し……もといきちんと自分の身を守ることができた少女はさっそく第一の難関に差し掛かっていました。
それはもちろん、空腹です。
腹が減っては戦が出来ません。
いえ、戦をする必要はないのですが言葉のあやです。
もう少しで自分が食べられるところだったというのに、さすがにのん気すぎますね。
ここは異世界。
何が食べられるのか、何を食べたらいけないのか、少女には分かりません。
「うーん。困ったなぁ」
ぐぎゅるるる~、とお腹の虫が盛大な声で飯をよこせと主張してきます。
異世界に喚ばれて二時間ほど。
ご飯にされかけて一時間半ほど。
もう少しくらいこらえようという気にはならないのでしょうか。
緊張感以前の問題という気がしてきますね。
しかしそれはまあ、少女だけの責任でもないのでしょう。
少女が異世界に喚ばれたのは学校の帰り道。
家に帰ればすぐに夕ご飯が待っているはずでした。
買い食いもせずにご飯の時間まで我慢していたのです。
そりゃあお腹も空くでしょう。
加えて、先ほどから魔女の釜からとてもとても美味しそうな匂いがします。
ババアのお肉が入っているのに、とてもとても美味しそうな匂いなのです。
きっとお肉は筋張ってまずいと思うのですが、それでも食べてみたいと思うくらいにそそられるのです。
「うーん。でもな~。人間食べるのはちょっと気が引けるってゆーか……」
少女は異常者でも食人鬼でもカニバリズム奨励者でもありません。
人肉を食べるということにはそれなりの忌避感があります。
「でも、お腹すいたなぁ」
ざっと見たところ食べられそうなものは釜の中身しかありません。
顔のついた人参もどきとか、足の生えたきゅうりらしきものとか、うねうね動く肉の塊とか、とてもじゃないけど食用とは思えません。
……食用なのかもしれませんが、少なくともそのまま食べられるとは思えません。
調理法が存在するのでしょうが、少女には分かりません。
「……食べちゃおっかな」
少女は異常者ではありませんが、現実主義者ではあります。
他に手段がないのであれば最悪の方法を選ぶことに抵抗はないのです。
食べ物がない。
しかしお腹は空く。
食べるのに抵抗があるだけで、食べられるものは目の前に存在する。
このままだと飢え死にしてしまう。
ならば食べるしかない。
三段論法ならぬ五段論法くらいまどろっこしく回り道をしましたが、少女は結局食べることを決めました。
「今日から私もカニバリスト、いえい♪」
無理矢理明るく振舞いながら、大きなオタマジャクシで釜の中身を救い上げます。
お椀はすぐそばにあったのでそれを利用します。
大丈夫。綺麗です。
そして、一口。
「ほわっ!」
もっきゅもっきゅと食べます。
「お、美味しいじゃないの!」
人肉が、しかもババアの肉が、とは思いたくありませんが、釜の中身は確かに美味しかったのです。
どんどん食が進みます。
食べて食べて食べまくります。
明らかに少女の身体よりも大きな質量なのに、少女は釜の中身をすべて平らげてしまいました。
「う~。食べた食べた。お腹いっぱい」
少女は腹をさすりながらベッドに寝転がります。
魔女のベッドです。
かなり加齢臭がしますが、そこは我慢です。
そして少女は自らの異変に気づきました。
「あれ? あれあれあれ?」
自分の知らない知識や記憶が頭の中に流れ込んできたのです。
そして身体の中から湧き上がる不思議な力を感じます。
「ええと、これってもしかして魔女の力とか記憶とかが継承されちゃったって現象かな? 魔女を食べたから魔女の力と知識を自分のものに出来ちゃったぞ、みたいな?」
魔女の記憶。
経験。
魔力。
そのすべてが少女に継承されました。
この世界で生きていくのに必要な力はすべて得ることが出来ました。
料理の仕方も分かりました。
これで怖いものなしです。
……知識だけではなく記憶も継承してしまったのでちょっぴり気まずい映像も混じっていました。
魔女の若かりし頃のほんのり切ない失恋物語とか。
ちょっとお歳を召した頃に惚れ込んだ少年を水晶玉でストーカーして密かにはあはあしていたこととか。
全継承のため記憶を選べないのがなんとも悲惨でした。
こうして少女は新たな魔女になってしまうのでした。