引退勇者は意外と小心者
「我がクラール王国は来るべき魔族との戦争の為に強力な兵器を求めている。紅の魔女は腕利きだという噂を聞いたのでな。どれほどのものか、確認しに来たのだ」
「ふーん。でも私は軍属になるつもりなんてこれっぽっちもないんだけど。正直魔族との戦争とかまったく興味ないし」
クラール王国の軍人Aは魔女の言葉にぴくりと眉を吊り上げました。
「魔族は人間の敵なのだぞ」
「それを言うなら魔女だって基本は人間の敵でしょ」
「む」
魔女という役割は平和に生きている人類の敵だというのが基本スタイルです。
誰とも敵対するつもりはありませんが、だからといって特定の誰かの味方に付く気もない魔女です。
「所詮は魔女か」
「だから諦めて帰ったら?」
「いや、そうはいかん。魔族との戦争は目の前に迫っているのだ。少しでも強力な兵器を数多く集めて我が国の損害を少なくし、勝利を得なければならない」
「ふーん」
そうなの? と魔王に視線を向ける魔女でした。
応接間の隅の方にいたのは魔王と勇者と黒鍵騎士です。
お客さまということで三人とも遠慮したようですが、まさか軍人Aも魔王にそんな話を聞かれているなどとは想像の外でしょう。
「………………」
魔王の方には心当たりがないらしく、肩を竦めるだけでした。
宣戦布告などは一切していないらしく、どうやら人間が勝手に仕掛けるだけのようです。
そうなると事前情報をあっさりと手に入れてしまった魔王は幸運なのかもしれません。
最近は魔女ともふもふと黒鍵騎士関連で踏んだり蹴ったりのしょんぼりな展開だったので、ちょっとぐらいラッキーなことがあって釣り合いがとれたのかもしれませんね。
まあ、自国に人間が攻め込まれる情報というのがラッキー見返りというのも複雑かもしれませんが。
勇者の方は念のため顔を見られないようにフードを被って俯いています。
引退したのは随分と昔ですが、今でも各国に肖像画などが残っているらしく、それを見ることが出来るお偉いさんの前で素顔を晒す気にはなれないようです。
他人の空似と開き直れないあたりが小心者ですね。
黒鍵騎士の方はまともな反応を見せてくれています。
今すぐ目の前にいる軍人Aを叩き斬ってやろうかと黒鍵に手をかけているところです。
彼を殺したところで問題の解決にはならないかもしれませんが、少なくとも魔女相手に兵器を作らせることを阻止できます。
魔女の場合面白そうだと判断したらたとえ魔王や黒鍵騎士が不利になることでもオッケーしてしまいそうな危うさがあると判断しており、そしてその判断は決して間違っていないので、黒鍵騎士の行動はある意味で正しいと言えるのですが……
「っていうか魔族じゃなくて人間同士の戦争で使いたいんでしょ?」
「っ!」
と、魔女はあっさりと軍人Aの思惑を見抜いてしまうのでした。




