耳尻尾のない黒鍵騎士なんてロリコン属性を無くした魔王みたいなものらしいです
「んみゅ……」
「………………」
強いお酒に酔ってしまった魔女は、そのまま黒鍵騎士の膝枕でご満悦中です。セクハラはもうしていません。
「魔女殿。さっきの言葉は、どういう意味ですか?」
自分の膝で眠りかけている魔女の頭を撫でながら、黒鍵騎士は問いかけます。
「さっきの言葉?」
「勇者殿は魔女殿を羨ましがっている、という言葉です」
「ああ……あれはね、そのまんまの意味だよ」
「そのまんま……ですか」
「うん。勇者はきっと、望んでこの世界にやってきた訳じゃない。私と違ってこの世界で自由に生きることすら許されなかった、と思う。勇者なんて役割を押しつけられて、他人の為に戦うことを強要されて。あんな風に、屈託無く笑えるようになるまで、きっと永い時間が必要だったと思う。その時間の中で勇者は、悩んで、苦しんで、泣きたい気持ちになったこともたくさんあったと思う。その一つ一つを乗り越えて、戦って、生き抜いて、今の勇者があるんだ。
でも私はそうじゃない。たまたま召喚されて、餌にされかけて、運よく生き延びて。こうやって割と自由にしてる。故郷が恋しい気持ちとか、家族に会えない寂しさとか、不思議なくらい遠くにあるんだよね。もちろんないわけじゃないよ。ただ、一枚壁を隔てた向こう側にあるって感じなのかもしれない。
私は今の生活が好きだし、にゃんこの事も好きだし、こっちに来て良かったとすら思ってるよ。あっちの世界にいた頃の私って、あんまりはしゃいだり楽しいって思ったりしなかったから。
だから正直に言えば、悩みなんてほとんどない。
勇者はそんな私がほんのちょっぴり妬ましくて、羨ましいんだ。自分が乗り越えてきたものと一度も向き合うことなく、この世界と折り合いを付けた私がね」
「魔女殿……」
ちょっぴり自虐の混じった魔女の言葉に、黒鍵騎士が目を伏せてしまいます。
「恨んでる訳じゃないと思う。ちょっと複雑ってだけかもね。でもだからこそ、やっぱり勇者は寂しいんじゃないかな。この世界でたった一人きり、自分と同じ存在に巡り会えないまま二百年を過ごしてきて。だから私の所に来たんだと思う。同じ存在に、出会いたかったんだと思う」
それが勇者の気持ちであり、魔女をこの世界に留めたい理由でもあります。
「では勇者殿は魔女殿のことを?」
恋愛感情を持っているのか、という意味で問いかけてみる黒鍵騎士ですが……
「ないないそれはない。どっちかというと妹みたいなものかもね。だいたい、年齢差を考えようよ。二百歳越えだよ。いくらなんでもそこまでジジイ趣味じゃないって!」
「……外見が若いので問題ないのでは?」
「うわ~。なになに? 応援とかしたいわけ?」
「勇者殿とは長い付き合いですから。友人としても幸せを願うのは当然でしょう」
「なるほど。でも私にその気がないからどっちみち無理」
「無理ですか」
「無理だね。好みで言うなら黒鍵騎士の方がいいな~」
太ももにすりすりと頬を寄せる魔女に黒鍵騎士は苦笑してしまいました。
魔女の気持ちは恋愛感情というよりもペットを可愛がるようなものだと分かっているからです。
「では耳尻尾のない私なら如何ですか?」
「………………」
一瞬でがっかりした表情になる魔女でした。
「いくらなんでも分かり易いですよ、魔女殿」
「……いかんいかん。一瞬だけ地獄絵図を想像してしまったよ」
「そこまでですか……」
「耳尻尾のない黒鍵騎士なんてロリコン属性を無くした魔王みたいなものだよ」
「……それはむしろ歓迎なのですが」
「個性ゼロのモブキャラに成り下がるんだよ~」
「……そこまで言いますか」
せっかくシリアス空気だったのにまたしてもぶち壊されてしまうのでした。




