たまにシリアスったりするんです。
「なでなで」
「もふもふ」
「さわさわ」
「ぎゅーぎゅー」
複尾族の里にやってきた魔女は魔王陛下の『接待勅命書』を武器に、あらゆるもふもふを堪能しました。
猫又のしっぽを二本同時になでなでしたり、五本の尻尾を持つ狸の尻尾を枕にしたりと、やりたい放題です。
「魔女も絶好調だなぁ」
その様子を少し離れた場所から眺める勇者です。
もちろん勇者ももふもふ堪能で便乗しているところですが、便乗しているだけに弁えています。ある程度自制しつつ魔女が取りこぼしてしまった尻尾をもふもふしているところです。子供の妖孤だったので勇者の膝枕でご機嫌な感じです。
むしろもっともふもふしてください的な表情です。
子供とはいえ女の子なので、将来は勇者に惚れてしまうかもしれません。ロリコンフラグ発生です。勇者大ぴんち?
「なあ、廃業勇者さん。あの魔女は一体どういう存在なんや? 大物なんか尻尾マニアなんかよく分からんのやけど」
黒鍵騎士から勇者の正体をこっそり教えて貰った妖孤は、隣にいた勇者に質問します。勇者の正体にももちろん驚きましたが、それ以前に色々と驚きの連続だったので感覚が麻痺してしまったようです。
「……廃業勇者言うな。せめて元勇者にしてくれ。魔女についてだが、大物とマニアと両方だな。あれはなかなか計り知れない女の子だぞ。一体何がしたいのか、何を目指しているのか、どこに信念を据えているのか、まるで読めない。付き合いはそこそこ長くなったけど、俺は魔女のことを何も知らないんだ」
「………………」
「……でもまあ、強い子だってことは分かる。右も左も分からないままいきなりこんな場所に放り出されて、それでも誰に頼ることなくたった一人で生き抜いている。辛いとも寂しいとも言わないんだ。魔女にだって家族がいたはずだし、故郷が恋しくないはずはないんだ。だけど、それを一言も口にしない。同郷である俺の前ですら」
「……よく分からんけど、あの魔女は本来とても可哀想な存在っちゅーことか? それなのに強がってるみたいな?」
「……いや、可哀想かどうかは色々微妙だな。同情するには肝っ玉が強すぎるし。だから俺も魔王も同情している訳じゃない。だけどああやって楽しそうにしている魔女を見るのは好きなんだ。もしかしたら、この世界を好きになって欲しいって思っているのかもしれない。俺はもう、故郷の景色すら思い出の彼方に霞んでしまっているけれど、だからといってそれを後悔している訳じゃないんだ。今の生活は楽しいし、魔王や魔女、黒鍵騎士と馬鹿みたいにはしゃぐのも気に入ってる」
「魔女にも、同じように感じて欲しいって思ってるんか?」
「かもな。魔女ならいつか次元魔法を習得するだろう。自分の世界に帰れる日もそう遠くないかもしれない。だから、いつか選ぶ日がやってくる。元の世界で育んだ絆を取り戻すのか、この世界で築き上げた絆を育み続けるのか。……これは俺のワガママだけど、魔女にはこの世界を選んで欲しいんだ。俺にとって魔女は本当に特別だから。……いや、変な意味じゃないぞ。別に魔女をどうこうしたいって訳じゃないぞ! ほんとだからなっ! じゃなくて、魔女と俺はこの世界で二人きりの『同じ世界から来た存在』なんだ。もちろん過去にも同じ世界からやってきた人間はいるかもしれない。月詠の里なんてものが存在しているんだからな。あれは元いた俺達の世界そのものの景色だ。だけど、俺が知っている地球出身の異世界人は魔女だけなんだ。だから、魔女がいなくなるのは寂しい。いなくなって欲しくないんだ」
「……元勇者さんも一緒に帰ればええやん。そうすれば二人一緒に元の世界へと戻れるで?」
妖孤が気楽に言いました。確かにその通りではあるのですが、勇者はちょっとだけ寂しそうな顔をして首を横に振りました。
「無理だ。地球世界に戻ったところで、俺の居場所は存在しない。俺がこの世界に召喚されてから二百年以上の年月が流れている。文明も発達しているだろうし、街の様子も変わっているだろう。それに何より、俺の帰りを待っている人も、俺のことを知っている人も、もう誰もいないんだ。みんな死んでる。だから、俺の居場所はこの世界なんだ。俺はここで生きて死ぬ。ここが、俺の選んだ故郷なんだよ」
「……そうか」
確かに帰りを待つ人もなく、自分を知ってくれている人もいない世界を故郷とは言わないのかもしれません。
勇者は自らの望みと関係なく、この世界にしか居場所が残っていないのかもしれません。
「酷いことを言っているのは分かってるさ。魔女には魔女の家族がいて、故郷があって、待ってくれている人も、友達もいるはずなんだ。だから、帰れる方法があるのなら帰るべきだ。これは俺のワガママであり、卑怯な思惑なのさ」
「ええと思うよ。人は自分の願いを叶えるために生きてるんやから。魔女を傷つけて、騙してまで願いを叶えようとするのは違うけど、元勇者さんは魔女にこの世界を選んで欲しくて、楽しんで貰いたくて、好きになって貰いたくて頑張ってるんやろ? それならええと思うんよ。誰かの幸せを願う行動が間違ってるなんて、ウチは思いたくないからな」
「そっか」
「うん。だからこのままでええはずや」
「ああ。俺は努力する。魔女にこの世界を選んで貰えるように」
魔女からは聞こえない場所で決意を新たにする勇者でした。
そんな真面目トークの数メートル先では魔女が残念セクハラ敢行中なのですが、空気がぶち壊しになりかねないので目を逸らすことにしましょう。




