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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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入学式その2

 改めて行われる入学式は、教室ではなく生徒相談室で行われた。

 出席者はライドウ、律子と名乗る女子生徒、そして夏彦、虎、つぐみの計五人だった。 


 特別クラスと通常クラスで入学式の内容が違う。

 更に、通常クラスでも上位クラスと下位クラスで入学式の内容が違う。

 ある意味で衝撃的な発表からライドウの説明は始まったが、前もって虎が同じことを推測し発表していたので、夏彦、虎、つぐみの三人にはそこまで衝撃はなかった。

 ただ、そもそも特別クラスの存在自体を知らなかったから、それを聞いた時には夏彦も驚いたが。


「ちなみに下位クラスは大体同じ感じですよ。君たちにしたのと同じ、明らかに説明不足の説明だけで同意書にサインさせる。これに疑いなくサインするような間抜けは、せいぜい平穏で間の抜けた学園生活をおくってもらおうってことです。知らない方が幸せなことはうんざいるするくらい多い。特に、能力のない人間にとってはね」


 教育者とも思えないライドウの言葉に、他の人間は苦笑いをする。唯一、律子だけは表情を変えない。鋭い目で夏彦たちを観察している。


「さて。君たちはその試験に合格したというか、ノブリス学園の核心に触れることのできる資格を得たわけですが。ここで確認です。本当に知りたいですか?」


 ライドウはゆっくりと三人の顔を見回す。


「知らなくても、校則をある程度守って生きていけば無事に卒業できることは保障しましょう。平穏で間の抜けた学園生活、結構じゃあないですか。青春を謳歌すればよろしい。逆に、ここで詳しいことを知ってしまうと色々と面倒なことになります。まず、知ってしまったことを外の人間はもちろんのこと、学園内の人間にだっておいそれと話してはなりません」


「あ、あのもし話したら?」


 つぐみが怯えながら訊く。


「さあて。多分、殺されたりするんじゃないですか? 薬漬けにされて記憶操作かも」


 恐ろしいことを平然というライドウ。


「じょ、冗談です、よね……?」


 つぐみの言葉に、ライドウは肩をすくめて返す。


「ま、ともかくここで詳しく話を聞くか、聞かずに平穏な学園生活をおくるか、それともこんな怪しい学校への入学は取り消すか。お好きなのをどうぞ」


 三人は顔を見合わせる。

 やがて、虎が首を傾げる。


「あのさ、先生。これ、デメリットは分かるけど、メリットの方がよく分からないんだけど。そのノブリス学園の秘密みたいなの知ったら、何かいいことあるの?」


「ああ、そっか。言ってませんでしたね。今の時点で詳しいことは言いませんが、とりあえずクラス移動の際に有利になる可能性がある、とだけ。試験以外にも学園活動も評価の対象になるのは説明したでしょう? その学園活動にあたる部分で有利になる可能性があります」


 つまり、生活費の支援や授業料の免除について有利になる、いや、有利になる可能性があるってことか。可能性があるってどういうことだ? いや、まあ、確かに何かについて知ってるだけでそれが評価されるってことは考えられないから。


 色々と夏彦が思い悩んでいる間に、虎はあっさりと決断した。


「いいぜ、俺は乗る」


「あ、あたしも。その、授業料とかが、その、有利になるなら、あたし、き、聞いてみます。聞きたいです」


 つぐみも同調して、夏彦は焦る。


 マジかよ。

 しかし、考えてみればいくら怪しくてもノブリス学園への入学をなしにするって選択肢はない。憧れていた学園なんだ。ということは、平穏な生活をおくるか、上を目指して危険を冒すかの二択だ。

 うちのクラスは三十人以上いて、その中で俺たち三人はある意味で選ばれた存在なわけだ。そうでなければこの選択の機会すら与えられなかった。つまり、テストに合格したからこそ与えられたチャンスってことだ。チャンスを棒に振るっていうのは、さすがにもったいない。


「俺も乗ります」


 結局、夏彦はみみっちい損得計算の末にそう言った。





 どこから話すかな、と悩んでいたライドウは、律子に目配せをしてから口を開いた。


「歴史から話しますか。そうすれば、どうしてあんな校則で縛ってまでノブリス学園が外への情報流出を嫌っているかも分かりますしね」


 よろしいですね、と前置きをしてからライドウは遠くを見る目をする。


「僕も実際に体験をしたわけではないので伝聞ですが、きっかけは学生運動だと聞いています。ほら、話では知っているでしょう? 安保闘争とか全共闘ですよ」


「あ、はい」


 夏彦も知識としては知っている。戦後、1960年頃から学生運動が激しくなったことは。大学生のデモ隊と機動隊がぶつかり合ったりする映像も見たことがある。しかし、それがどう関係あるというのか見当もつかない。


「それまでのノブリス学園もかなり独特と言えば独特でした。あまりにも多い学生数、巨大な生徒会、学生の自主性にかなりの程度依存した学校運営、外界とは隔絶した立地、それから限定能力リミテッドアビリティのこともありましたし」


「限定能力?」


 なんだそりゃ、と夏彦が声をあげると、


「ああ、限定能力はいいや。これは今は説明しません。説明したところで受け入れられないだろうし。とにかく、それ以前にもかなり特殊な状況になったノブリス学園は、学生運動が激化する時代において劇的な反応を起こしてしまったわけです。意識の高い学生を育てるのが目的でしたから、余計に学生たちは学生運動にのめりこんでしまったのかもしれません」


「つまり、この学園の生徒たちも学生運動を始めたってことっすか」


 虎は何故か面白そうに笑う。


「ええ。おまけにこの学園は立地的に外からの介入を受けにくい。学生運動は学園内で激化の一途を辿りました。学生たちは自分たちが学校に試験で判定され、教師の授業を黙って聞くことをナンセンスだと捉えて、授業や試験、学校行事のボイコットを始めました。更に、人数が多いことを利用して、私設の軍隊みたいなものまでできあがる始末です」


 想像できない。この閉鎖されたノブリスという学園、そしてその周りの街に学生たちの軍隊が現れて、闘争を始める。学校を権力側だと認識して徹底抗戦する。それは、最終的に一体どんな状況になるのか。


「そうしていくつもの派閥が学内に出来上がり、もはや無派閥の人間は学生だろうと教師だろうと生き残るのが難しいレベルの状況になりました。冗談ではなく、退学に追い込まれたり本当に命を落としかけたり。学校経営側や教師ですら、何らかの派閥を形成したり、あるいはどこかの派閥に入らないと学園内で居場所がなくなったわけです。やがて、いつの間にか理念も目標も失い、派閥同士が学園内の権力を争うようになりました」


「その、嫌ですね、そういうのって」


 本当に嫌そうにつぐみが言う。

 真面目そうな彼女は、そういう汚い権力闘争やかつての信念の喪失が許せないのかもしれない、と夏彦は予想する。


「いいことでないのは確かでしょうね」


 ライドウは教師らしい生徒に向けた微笑を作ると、手を差し出して指を一本立てた。


「やがて、派閥は合併、吸収を繰り返して大きな四つの派閥に集約されました。ひとつは生徒会の一部と学校運営側が中心となった派閥。この派閥は元の規律のあった学園に戻すことを目的とする保守派閥です」


 もう一本、指を立てる。


「ひとつは生徒会の大部分が中心となった派閥。この派閥は学生の意見を学校に反映させることを目的として、それゆえ圧倒的な学生の支持を得ていました。民主派閥、とでも言いますか」


 三本目、指が立つ。


「ひとつは完全な暴力組織、力でもって強制的に自分たちの理念を実現しようとする派閥です。もっとも、最終的なその理念を見失って暴力で我が意を通すという手段だけが残りましたがね。暴力派閥です」


 そして、四本目。


「最後は、それらの三つの派閥が互いに争うこと止め、何とか学園を平穏な状態にしようとした派閥です。彼らは他の三つの派閥にそれぞれコンタクトをとり、バランスをとらせて拮抗状態を作り出し、あるいは敵対派閥の橋渡しを行い学園の状態を落ち着かせようとしました。これは、和平派閥でいいかな」


「読めた。あれでしょ、先生。その派閥が、小冊子に書かれてた六つの会になるんじゃない?」


 虎が言うと、ライドウはにやりと笑う。


「素晴らしい。そうです。和平派閥の工作の賜物か、学園の状態は落ち着きました。それぞれの派閥の役割が決まり、そして厳密な校則によって縛られることになりました」


「ああ、それで」


 夏彦は納得する。

 どうりで校則集が六法全書みたいになるはずだ。派閥の暴走を防ぐ為には、厳密なルールでがんじがらめにする必要があったわけだ。


「保守派閥は学校経営側が入っていることもあって、そのまま予算や学校内の行事、人事を仕切ることになりました。校則を制定するのもこの派閥です。それが行政会」


「あ、つまり、内閣、ですか?」


 つぐみの言葉にライドウは頷く。


「そうです。その理解をしてもらうと話が早いですね。多数派閥は選挙や投票によって生徒からの要望を学校側に反映させる役割を担いました。これが生徒会。国会だと思っていただければ結構です。そして暴力派閥は力を持っているがゆえに徹底的に校則で縛られ、逆に校則を守らせるためにその力を使われることになりました。風紀会です。これは――」


「警察、だと思えばいいんですか?」


 夏彦が引き取る。


「そうですね。その通りです。いやあ、君たちは実に優秀だ。これは是非とも我が司法会に欲し」


 そこまで言ったところで、ライドウはぴたりと動きを止める。

 横にいる律子の視線が、射抜かんばかりにライドウに定まっていた。


「……なんて冗談です。さて、その三つの会の、会同士の争いを解決させる役割は、そのまま和平派閥が引き取りました。それが司法会です。そのまま、裁判所とでも考えてもらえれば結構です。あと、今みたいに新入生に説明をしたりとか、中立性を要する件については司法会の管轄だと思ってもらえれば」


 さっきのセリフからして、ライドウは司法会に所属しているわけだ。

 と、夏彦は考える。


「ともかく、最終的にこれに公安会、外務会を加えた六つの会によって学園は安定しました。それは未だに続いているわけです。学校経営側がそのまま行政会に飲み込まれた形で、その行政会と対等な立場として他の五つの会がある。比喩でも何でもなく、ノブリス学園は六つの会によって支配されています」


 しばしの沈黙。

 その後で、


「……いや、分かったけど。いや、分かってないか。すげえ色々疑問はあるけど、それ置いといて一応納得するとしてさ、それとここまで外部との関係を絶つことの関係が分からないんだけど」


 虎が言うと、


「ああそれはつま」


 そこまで言ってライドウは固まった。

 目線は夏彦たちの後ろだ。


 後ろ、窓ガラスしかないけど。

 ここ二階だし。


 いぶかしく思いながら夏彦は振り返る。つぐみと虎も同じく振り返る。


 夏彦たちの目に、窓ガラスを突き破って生徒相談室に飛び込んできた男子学生の姿が飛び込んできた。もちろん耳にはガラスの割れる高音が届いている。


「は?」


 夏彦は誰にか分からないが、疑問の声を出す。答える人間はいない。


 生徒相談室に飛び込んできた男子学生はしばらく床にうずくまっていたが、やがてよろよろと起き上がる。

 男子生徒は、いわゆる剃り込みが入っていて、外見からして人を威圧するものだった。おまけに、顔には明らかに殴られた跡があり、口からは血を流している。


「んっだらぁ、ああ!?」


 鬼のような顔で夏彦たちを見回し、男子学生は叫ぶ。

 叫ばれてもこちらとしてもどうしようもない。


 ライドウが、舌打ちをする。


「適当なことしやがって。こんなとこまで投げ飛ばすかね、普通。律子君、君のところ、風紀会の責任じゃないんですか?」


 律子は黙って肩をすくめる。


「ああっ、てっめぇ」


 興奮している男子学生は、手を振り上げる。

 その時に夏彦は、男子学生が長い鉄パイプを手にしていることに気づいた。

 何のためらいもなく、男子学生は鉄パイプを全力で振り回した。


 机が吹き飛ぶ。


「ああっ、おらぁ!」


 男子学生は叫んでいる。

 どう見ても、完全に理性を失っている。


「そいつ、多分特別危険クラスの新入生ですよ。風紀会に洗礼を受けてたのが、ミスでここに投げ込まれたみたいですね。離れることをオススメします」


 冷静なライドウの声。

 だが、夏彦たち三人は動くことができなかった。リアルな暴力、怒り狂っている人間、それが目の前にあることで、体が凍りついている。


「おいっ、てめぇも!」


 わめきながら男子学生はつぐみに一歩近づいた。

 つぐみは身をすくめて、呆然としている。

 鉄パイプが、振り上げられた。


 助けなければ。

 そう思いながらも、体が動かない。


 その夏彦の横を、軽やかに律子が走り過ぎた。黒髪を揺らしながら。


 律子が立っていた場所からつぐみまでは机や椅子といった障害物がある上に三メートルは離れていた。その距離を、一瞬でそして一歩で詰めて、彼女はつぐみと男子生徒の間に到達していた。


 当然、律子に向かって鉄パイプは振り下ろされる。


「――『斬捨御免ブレイドライセンス』」


 律子が呟いた、次の瞬間。


「え」


 思わず出る疑問の声。

 だがそれは夏彦のものなのかそれとも鉄パイプを振り下ろしていた男子生徒のものか。あるいはその両方か。


 律子の右手には抜き身の日本刀が握られていた。


 振り下ろされた鉄パイプは、男子生徒が握っていた先が消失していた。断面は滑らかだ。


 あの日本刀で切り落とされたのだ、と少し遅れてから夏彦は理解する。


 気づけば、律子が握っていたはずの日本刀は消えていた。


「あっぐ」


 男子生徒が、鉄パイプを取り落とす。

 いや、取り落とすというより、あれは。


「いやっ」


 つぐみが叫ぶ。


 無理もない。


 男子生徒の左手の指は、親指以外全て切り落とされていた。

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