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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第二話 ノブリス学園料理王決定戦
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つぐみの料理教室

 翌日から、学園に複数ある調理実習室のうちのひとつが第三料理研究部の部室となった。すばやい対応と言うか、つぐみの行動力に夏彦は驚いた。


「じゃアみンな今日はハンバーグを作りマシょう」


 エプロンをしたアイリスが皆を見回す。


 調理実習室を使用した初の第三料理研究部の部活動に参加したのは、夏彦、つぐみ、アイリス、タッカー、虎だった。律子と秋山の二年生組は用事があるので遅れるということだった。

 既に材料は準備されている。


「はーい」


 と、元気よく返事をして用意されたレシピを参考にしつつハンバーグ作りを始めたのは、タッカーと虎だ。


 夏彦にとっては残念なことに、彼とつぐみだけは別メニューだった。他の部員からは少し離れた場所に二人は向き合って立っている。


「さて、夏彦君」


 いつものような柔らかなつぐみの声。表情もまた柔らかい。


「お……おう」


 だというのに、夏彦は体をかちこちに固めて緊張しきっている。

 これから何か、とてつもなく恐ろしいことが起こる予感に震えている。


「料理は、したことないんだよね」


「あ、ああ」


 昨夜、一通りレシピ本や料理の基本技術については調べてきたが、どれも机上の知識だ。


「それなら、まずは包丁かな」


 そしてつぐみは基本的な包丁を扱う時の注意点、包丁での切り方、千切りやかつらむきといった技法を教えてくれた。意外なことに丁寧に優しく。

 それどころか、文字通り手取り足取り教えてくれて、つぐみが包丁をもつ夏彦の手をとって「こういう風にしたら切り易いよ」と教えてくれる一幕すらあった。もちろん、その時にはつぐみの体と触れ合ってしまっていることに意識が集中して、夏彦が料理どころではなくなってしまったのは言うまでもない。顔も赤く染まった。

 律子相手の場合は向こうがあまりにも人付き合いが下手なので目立たないが、夏彦は基本的には人付き合いを、特に女性相手にはあまり器用にこなせるタイプというわけではなく、うぶなのだ。


 包丁の次は鍋、そしてフライパン。どれも全て基本的なところから、優しく丁寧につぐみは教えてくれた。時には後ろから抱きつかんばかりになりながらも手取り足取り指導してくれた。


 いやあ、役得というか、料理の勉強始めてよかった。

 夏彦は安心した。

 俺の勘も全然あてにならないな。こんなレッスンなら大会終わった後も毎日受けたいくらいだ。正直、その願いに邪念が入っているのは否定できないが。


「とりあえず基本的なところは分かったから、そろそろ簡単な料理を一品くらい作ってみたいんだけど」


「あ、いいんじゃない? 何作るの?」


「そうだなあ、卵焼きとか?」


 何の気なしに夏彦が提案すると、


「……ふうん」


 ぴしり、とつぐみの柔らかな表情が固まった、気がした。

 よくよく見直してみればやはりつぐみは柔らかに笑みを浮かべているままだった。勘違いだな、と夏彦は自分に言い聞かせる。


「ちなみに、どうして卵料理を?」


「いや、だって、一番簡単だろ、卵料理が」


 ぴくぴくとつぐみの眉が動く。


「……へえ、ちなみに、うまく作る自信はある?」


「いや、ないよ。初めて作るわけだし。まあ、駄目でも自分で食って処分するから」


「……へえ」


 笑顔のままだが、つぐみの背後に煮えたぎっているようなオーラが見える。


「夏彦君、ひとついい?」


「ん、な、っにぃ――!?」


 返事の途中で、夏彦はつぐみから喉輪を喰らった。

 そのまま、その細い腕のどこにそんな力があるのか、片手で夏彦は持ち上げられていき、足が浮きかけた。


「ぐ、え、え……」


 片手で喉を絞められ、夏彦はもがく。


「いい? 卵料理は簡単なんじゃないの。全ての料理の基本こそが卵料理。基本にして究極。簡単だなんて二度と言わないで」


「ぐ、ぐ……」


 誰か助けてくれ、と夏彦が横を見ると、他の部員はきゃっきゃと騒ぎながら楽しそうにひき肉をこねていた。今の夏彦とつぐみの姿は誰の目にも入っていない。


「あと処分って言い方はおかしくない? 物を食べるとは、他の命を頂くこと。だからなるべく美味しく頂かなければ命に対して失礼だし、ましてや処分なんて――」


 つぐみの目がひんやりとしている。


「わ、かっ、た、ご、ごめ、ん」


 何とか謝罪の言葉を夏彦が搾り出すと、ようやく喉から手が離された。そのまま崩れ落ちるように床に倒れこむ。

 なんてことだ。こいつとマンツーマンはまずい。まずすぎる。

 夏彦が早くも後悔していると、つぐみが我に返ったように顔色を変えて、慌てて屈みこんできた。


「ごっ、ごめん、ごめんね。ひどいことしちゃって」


「ひぃ!?」


 謝りながら顔を近づけてこられて、夏彦は怯えのために後ろに下がる。


「もうしないって! ごめんね、あたし、料理のことになるとちょっと熱くなっちゃって」


「……あ、あれが『ちょっと』か?」


 夏彦は立ち上がって制服の乱れを直す。


「あたしの家、貧乏だから食べ物を粗末にすると――」


「ごめん、俺が悪かった。で、料理なんだけど、卵料理は駄目か?」


「駄目」


 にっこりと笑ったまま否定するつぐみ。


「卵料理は究極なのよ。料理における心技体がそろった状況じゃないとあたしが卵料理は許しません」


 なんか宗教っぽくなってるな。言ってる意味がほとんど分からない。

 とはいえ、ここで逆らってまで喉輪を喰らうのも嫌なので、夏彦は素直に従う。


「じゃあ、野菜炒めとか……?」


 夏彦は顔色を窺う。


「野菜炒めね。包丁も使うしフライパンも使うし、いいと思う」


 にこにことつぐみが笑うのを見て、夏彦はほっと胸を撫で下ろした。


「ただし!」


「はっ、はい?」


「料理する以上、全身全霊をこめて、美味しくなるように野菜炒めを作ること」


「もちろん」


 そうして、夏彦は野菜炒めを作った。料理中、つぐみが何度も横からアドバイスをしてくれた。

 出来上がった野菜炒めは可もなく不可もなく。普通の野菜炒めだった。実家で食べるような。


 別の机ではアイリスに虎、タッカーが楽しげにハンバーグを食べている。


 損した、と思ったがそれを口に出したらつぐみがまた豹変するかもしれないので、黙って野菜炒めを口に運ぶ。


「遅れたっす」


 用事が終わったらしく、秋山と律子が部室に入ってきた。


「あーやっぱもう料理は終わったっすよね。試食だけでもいいっすか?」


「もチロん。お二人の分モツくってありマス」


「秋山さん、ほら、この丸焦げのが俺の作った虎特製ハンバーグだから、存分に食っちゃってよ」


「うわ、炭の塊みたいっすね」


「ありがとうございますね。忙しいのに部にも顔を出してもらってね」


「いいんすよー、別に。ところで、どうしてあっちの二人だけ離れて野菜炒め食ってるんすか?」


 一気に部室が騒がしくなる。


「ねえ」


 一緒に野菜炒めを食べていたつぐみが食べる手を止めた。


「ん?」


「律子さんが、こっち見てるけど」


「え?」


 夏彦が顔を上げると、皆が座ってハンバーグを食べている中、律子だけが立ったまま見ていた。

 皆と離れて二人だけで野菜炒めを食べている夏彦とつぐみを。

 瞳孔の開いた目で。


 またかよ。


「き、気のせいじゃない?」


 言い訳にもならない言い訳をして、夏彦は律子の目を忘れようと野菜炒めを集中して味わう。


 結局、ずっと見続けてくる律子に根負けし、夏彦は一気に野菜炒めを全部口の中に詰め込んで、立ち上がって律子に歩み寄った。


「……食べないんですか、ハンバーグ」


 夏彦が言っても、律子は反応を返さない。虚ろな目で見てくる。

 怖い。


「そウソウ。ちゃんト律子さンノもありマす」


「食べましょうよね。アイリスも喜ぶし」


 アイリスとタッカーの言葉に、ようやく律子の目が光を取り戻す。


「あっ、あ、あれ? あれっ、どどど……どうしてここに、夏彦君!? マジック?」


「律子さん、記憶が混乱してます。律子さんの方が後からこの部室にやってきたんですよ」


 野菜炒めを食べ終えたつぐみがやってきて、冷静に指摘した。


 夏彦とつぐみの分のハンバーグも用意されていたらしく、結局最後はわいわいと騒ぎながら全員で一緒にハンバーグを食べた。


 こういうのも悪くないな、と夏彦は多少焼きすぎのハンバーグを食べながら思う。

 やっぱり、入部して、皆を誘って正解だったかな。ライドウ先生の、ノブリス学園では部活動くらいしか青春するものがないからやっとけって話、あの時は話半分に聞いていたけど、あながち間違っていないみたいだ。


 ただ、と夏彦は横で美味しそうにハンバーグを食べているつぐみを気にした。

 ただ、こいつの料理指導が怖いけど。

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