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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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夜の病院における決戦

 久々津は確信していた。

 俺は斬れる。目の前のこんな男、一瞬で斬り殺せる。

 男に見覚えがあった。罠を張るため、舞子と一緒に歩いていた時に見た、食堂で律子と飯を食っていた男子学生だ。

 暴力の臭いのしない、ただの男子学生だ。しかも、今は全身包帯だらけだ。楽勝だ。


 だが、久々津が振るう剣は、全て夏彦によってかわされていた。


 これならどうだ!?

 手首を返しての軌道変更、二刀同時の攻撃。

 だがそのどれもを、まるで久々津の攻撃が読めるかのように夏彦はかわしていく。


「どうして」


 知らず知らずのうちに、久々津は唸っていた。


「どうして、邪魔をする!?」


 どいつもこいつも、邪魔ばかりだ。俺がやりたいようにやりたいだけなのに、どいつも邪魔をする。親も、学校も、警察も、仲間も、女も、全部全部全部。だから、邪魔をしてきた奴は鉄パイプで殴ってやった。両手に一本ずつ鉄パイプを持ったら、俺は無敵だった。何人いようともぶちのめしてやった。ここにくれば、もっと暴れられると聞いた。だから来た。日本刀まで手に入れた。

 そうして、ようやく斬りたい奴を見つけて。なのに。


「俺は斬りたいんだよ、俺の顔に傷をつけやがった奴を。斬り合いたい、殺し合いたいんだよ、あいつと!」


 叫び、刀を振るう。


 難なくそれをかわして、夏彦は不思議そうな顔をした。


「――殺し合いたい、だと?」


「ああ、そうだ。俺にはよ、分かってるんだ、見て分かった。あいつからは、暴力の臭いがする。俺と同じくらいの、今まで嗅いだことのないくらい濃い暴力の臭いだ。あいつも俺も、同じだ。人を傷つけるのが楽しい、刃そのものだ」


 暴力を振るっている間は、邪魔をする奴らのことを忘れられた。もっと、全力で暴力を振るいたい。

 それが久々津の行動原理だった。

 だから、この学園で、最高のパートナーを見つけたと思った。律子。あいつ相手なら、延々と暴力を振るって、振るわれて。殺し合える。


「そんなものは無理だろ」


 だというのに、目の前の男によって、それは否定された。





 殺し合いがしたい、と久々津が言うのを聞いて、夏彦はそれを即座に否定した。

 こいつは何か勘違いをしている。


「なんだと!?」


 血にまみれた獣のような顔で、久々津が吼える。


「勘だけど、お前と律子さん戦った時、律子さん、お前の武器とかばっかり狙ったんじゃないのか?」


 怯えることなく、夏彦は冷静に言う。

 負ける気がしなかった。確実に、こいつ相手には勝てる。確信していた。怯えなど生じるわけがない。


「だから、何だよ!?」


「律子さんは、お前を必要最小限のダメージで取り押さえようとしてたんだよ」


 あれだけ、自分の振るう暴力が理不尽で過剰じゃあないかと怯えていた人だから――


「だから、殺し合いなんてできない。お前は殺すつもりでも、律子さんはそんなつもりはない。お前、ひょっとして、律子さんと戦って自分の方が強かった、とでも思ってるんじゃないだろうな? 多分だけど、律子さんの方がずっと強い。ただ、律子さんはお前に余計な怪我させないために手加減してただけだ」


「てめぇ……」


 憤怒の表情で、久々津の目がさらに吊り上り、もはや獣というよりも悪鬼じみてさえいる。


「……馬鹿にしてんのか!?」


「事実だ」


 刀が振るわれる。

 夏彦は、勘で避ける。


 薄暗い中で振るわれる刀。いくらでもかわせる気がした。

 ついさっき、夏彦は路地で黒木から、視界の外からナイフで切りつけられた。刃物で殺されかけたのはあれが初めてだったが、あれで感じを掴んだ気がした。

 ましてや、目の前にいる久々津は目で捉えられる。目の動きも、腕の動きも見える。久々津は工夫をしない。技もない。ただ、凄まじい速度で振るうだけだ。だから、どこを斬るつもりか感じることができる。そこをかわせばいい。簡単な話だった。


「てめぇええ!」


 叫び、刀が飛んでくる。

 夏彦は余裕をもってかわす。


 あるいは、この戦闘が夏彦の初戦闘ならば、戦闘の緊張感に、相手の殺気に、身をすくませていたかもしれない。

 だが、夏彦は既に、刃物を持った、こちらを殺すつもりの相手と死闘を繰り広げていた。更に、その経験は勘に反映されている。


「ひどいもんだな。感情のままに、技術もなく剣を振るだけか。少しでも心得ある奴と殺し合ったら、お前なんて一撃だ」


 そう夏彦が煽ると、久々津は更に激昂して無茶苦茶に刀を振り回す。


 乱暴に、単純になった斬撃はより読み易くなった。


「くそがっ、何で――邪魔すんだよ!?」


 また、久々津は叫ぶ。同じ内容を。


「どうしてって……汚れるからだよ、律子さんが。お前なんかと会わせたら」


 事も無げに避けながら夏彦は言った。


「馬鹿に、しやがって……!」


「俺は、エリートに憧れてたんだよ。お前、エリートってどういう奴か分かるか?」


 振るう。振るう。

 かわす。かわす。


 黒木との死闘で、夏彦が戦闘において格段に上達した、ということではない。夏彦が簡単に久々津の攻撃をかわしているのは、そういう理由からではないのだ。

 それはいわば相性だった。

 心技体を鍛えることなく、己の暴力性のみを頼って剣を振るう久々津。その攻撃は、久々津が隠すこともなく斬ろうと思ったところを速く鋭く斬るだけのもの。だから、ある程度の読みがあれば、そうして冷静に対応すればかわすことは容易だ。

 そして、夏彦の能力はまさに、経験から読みとを最大限引き出すためのものといっても過言ではない。黒木との死闘から、こちらを殺そうとしている攻撃の読みを引き出している。

 久々津の目が、腕が、体の僅かな硬直が、そのまま攻撃を知らせてくれているようなものだった。


 無駄に刀が振るわれ、そうして簡単によける。


 夏彦の脳裏には、黒木に殺されかけた時に浮かんだのと同じ、つぐみと律子が泣き合って抱き合う光景が蘇っていた。


「何言ってんだ、てめぇ!? 大人しく斬られろ!」


 薄闇の中、刀が空を斬る音と、久々津の叫びが響いた。


「ノブリス学園――ノブリスオブリージュ、本来の発音だったらノブレスオブリージュだったっけ、その言葉を知ってるか?」


 ノブリス学園の校則集、その前文にその言葉が書かれていた。


「高貴な者には義務がある、くらいの意味だ。貴族が、戦争になったら平民のために前線で戦うように」


 そうだ、そうだったな。

 夏彦は思い出す。

 俺が子どもの頃に読んだ偉人伝。憧れていた偉人は誰しも――


「俺が憧れてるエリートっていうのはそれだ。高い能力を持って、それを人のために使える奴だ」


 例えば、人のために泣ける。例えば、自分の暴力に怯えながらも、人のために暴力を振るえる。

 それがエリートの資格だ。


「今なら分かる。俺は、理屈じゃなくて気づいてたんだ、あの人が、律子さんが、その俺の憧れていたエリートだって」


 だから。


「お前なんぞに、俺の憧れを汚されてたまえるか。同じ刃でもお前と律子さんは違う。あの人は力を自分ためには使わない――あの人は、人のための刃なんだよ」


 疲労と感情の乱れが、久々津の攻撃をより雑にした。

 逆に夏彦は、段々と薄闇の中での戦いにも、久々津の攻撃にも慣れていった。


 もう、余裕をもって避けられる。

 だけじゃなく。


「ぐっ!?」


 かわしたタイミングで、夏彦は久々津の腹に拳をめり込ませた。

 人を殴る特訓などしてないパンチだ。ただ、タイミングを合わせて、拳を当てただけのパンチ。

 それでも、タイミングが合っていたのと、久々津が体力を消費していたこともあって、それなりのダメージはあったらしい。

 久々津はたたらを踏んで後退した。


「てめぇ」


 呻いた久々津は、両手の力を抜いた。


「――!」


 まずい、と直感したのと同時に、夏彦は走って距離をつめた。


「うっ!?」


 とたん、久々津の動きが止まった。


「――拳銃、出そうとしたんだろ? 話は聞いてるぞ。距離をとって、刀を放して、拳銃を取り出す。できると、思ったか?」


「てめっ」


 分かる。次に久々津がどう動くのかが。

 夏彦は久々津が刀を振るおうとするよりも前に、両手でもって両手を押さえた。


 そうされると、久々津は動きが止まる。とっさにどう動いていいのか、判断できないのだ。


 こいつはその程度だ、と夏彦は見切る。

 心技体、全てが未熟。ありのままだ。何も、鍛えることをせずに暴れるだけだった。

 所詮は、獣だ。


「お前みたいな奴相手にも、暴力を振るえば、律子さんは自分の暴力に怯える」


 いくら夏彦が「律子さんは間違っていない」と言ったところで、彼女は納得しないだろう。


「だから、俺が代わりにぶちのめす」


 だから守る。少なくとも手の届く範囲では。

 ――律子さんが、刀で斬らずとも済むように。


 何故ならば、夏彦が憧れていたエリートならば、そうするべきだからだ。


「――くらえ」


 両手で押さえつけたまま、力の限り、夏彦は頭突きを久々津の顔に叩き込んだ。


「ぐはっ……」


 体をよろめかせながら、久々津は拘束を振りほどいて刀を振るった。


 夏彦はバックステップでそれをかわす。


「この……」


 ぼたぼたと、鼻から血を滴らせながら、久々津は目を憎悪で燃やした。


 だが。


 突然に複数の足音が階段から聞こえてきた。


「――くそっ!」


 舌打ちと共に、最後に獣そのものの目で夏彦を睨んでから、久々津は走って逃げ出した。


「――あっ」


 追おう、と思った瞬間、夏彦の両膝から力が抜けて、すとん、とその場に座り込んでしまった。

 どうやら、このぼろぼろの体でかなり無理をしてしまったらしい。今更ながら、全身が猛烈な痛みを訴えてきた。さっきまで、戦いの緊張感で麻痺していたのか。


 久々津は走り去っていく。


「見つけたぞ!」


「追え! 一人で対応するな、二人一組だ!」


 騒々しい足音と共に、階段から複数の男が現れてそれを追っていった。


 あれは、久々津の追っ手か。それは、そうか。奴はもう、学園の全てから追われる立場だ。おまけに追っ手を斬って、この病院に入り込んだみたいだったしな。


「大丈夫っすか?」


 追っ手の一人が、夏彦に近づいてきた。


「……何とか……いよっ、いてて……」


 息をついて、気合を入れなおして夏彦は何とか立ち上がった。


「……あれ、あんたは……」


 そうして近づいてきた追っ手が、見知った顔であることに気づいた。


「秋山さん」


「どもっす。いやー、すまないっすね、駆けつけるまでこんなに時間がかかって。まさか、病院に逃げ込むとは思わなかったっす。いや、逃げ込んだんじゃなくて暴れに来たのかな。ともかく、追っ手は何人も怪我するし、ありゃ、手負いの獣そのものっすね」


「でも――もう終わりでしょう?」


「そりゃそうっすよ。この街に、学園に、奴の逃げ場はないっす」


 自信満々で言い切る秋山。


「とりあえず……」


「え、とりあえず何っすか?」


「疲れた」


 そう言って、よろよろと夏彦は病室に帰っていった。





 ちなみに、帰った先では律子が目を覚ましており、


「し、心配した……のに、け、怪我してるんだから、だ、駄目、出歩いたら」


 と夏彦は怒られる羽目になった。


 ――夏彦としても、嫌な気はしなかったが。

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