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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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病院での一幕その2

「考えてみれば、クロイツさんは最初から、ほとんど全部教えてくれたようなものだったんですね」


 夏彦は月に向かって語りかけた。


「え、ど、どういうこと? 撒き餌って?」


 意味が分からないらしく、つぐみは夏彦と月の顔を見比べている。


「もともと今回の事件については、外の連中が関わっているらしいって情報があった。そして、この事件は学園を混乱させて、裏で外の連中が何か企んでいることを分かりにくくするための目晦ましだ。クロイツさんはそう言っていました。そうと分かっていても、この事件を放っておくことができないから面倒だ、とも」


「ふふ」


 口元を隠して、月は体を揺らした。どうやら余程おかしかったらしい。


「そこまで話すなんて、うかつというか、サービスのしすぎですわ」


「あまりにも乱暴なつぐみと俺たちの拘束、俺たちが自由に動けるようにお膳立てされていた状況、全ての会が一丸となって事件に対応していたと言いながらお粗末だった対応――ようするに、『あの事件についてちゃんと会が対応している』という外観が欲しかったわけですね」


「ははん」


 ようやく飲み込めた、とでも言うように虎が口を挟む。


「なるほど、あの事件が敵側の囮なら、あの事件への対応が学園側の囮だったわけか。ちゃんと事件の捜査をしてる、と思わせておいて、裏の方を調査していたわけだ――それこそ、全ての会が一丸となって」


「ええ、仰るとおりですわ」


「マジで!? 全然知らなかったっす」


 つぶらな瞳を更に丸くして、秋山が驚く。


 その秋山に対して虎は鼻を鳴らして、


「そりゃそうだろ。それぞれの会に入ってる、裏切り者っつーかスパイを炙り出すつもりもあったんだろうから、必要最小限の人数で調査してたんじゃねえの?」


「ええ。舞子には逃げられてしまいましたけれど、他の外と繋がっていた会の人間のほとんどは捕らえられました。大掃除ですわ」


 大掃除か。さぞ、風通しがよくなったんだろうな。

 夏彦は自嘲と共にそう思う。

 自分が利用されていた、そのことに対する自嘲だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、あたしが拘束されたのって、嘘だったってことですか?」


 つぐみが顔を赤くして抗議した。


「別に嘘ということはありませんわ。ただ、囮の事件の調査に力を割いて長々とするわけにもいかない。かといって、無視していたらその事件を囮だと分かっていることを察知されてしまいますわ」


 分かりにくい言い方だな、と夏彦は頭の中で月の説明を整理していく。

 つまり、敵が囮として事件を起こした。で、こっちはそれを分かっているから、囮を無視して本丸を攻撃したいが、無視したらこっちが囮だと分かっていることが敵にばれる。だから、囮に釣られた振りをしなければならない、と。


「つぐみちゃんが共通点を持っていたのは偶然だったわけですね。変な話ですけど、囮の事件の犯人役、というか犯人の容疑をかけられる役に最適な人間だったってことで」


「ええ。でも、あんな根拠でつぐみさんを犯人扱いするなんていくらなんでも乱暴でしたわ。だから、こちらが本気で捜査していないのがばれるかもしれない。それを避けるために――」


「げっ、じゃ、じゃあ、そのためかよ!? つぐみを本気で疑ってるってアピールで俺とか夏彦は取調べ受けるはめになったわけ?」


 信じられない、というように虎が呻いた。


「つぐみさんにも、皆さんにも申し訳ないことをした、と思っていますわ」


 深々と月が頭を下げるので、それきり、つぐみも虎も気勢を削がれて口をつぐんでしまった。


「あの――」


 一方の夏彦は、責める気持ちよりも訊きたい気持ちの方が大きかった。


「クロイツさんも言っていましたけど、俺たちが自分たちの無実の証明のために動き回るのはそちら側からすればプラスだったわけですか?」


「そうですわね」


 形のいい顎に手を当てて、月は少し考える。


「もちろん、私たちとしては非常にありがたいですわ。その分、そちらが目立つわけですから。現に夏彦君と律子さんの調査に釣られて舞子が仕掛けてきたのですもの。ただ、その分、あなたがたへの危険も増えるので、こちらとしては心配半分でしたけれど」


 本当かよ、と夏彦は半信半疑だった。

 委任状出した時のクロイツさんとか、かなりノリノリだったけど。


「ですから、ライドウ先生は夏彦君が怪我をしたと聞いて気が気ではないようでしたわ。あなたがたに危険が及ぶことを、計画立案の時から一番心配していたのはライドウ先生ですもの」


 ということは、ライドウ先生は数少ない、最初から全部知っていた側の人間ってことか。つくづく、こっちの予想よりも学園にとって重要人物のようだ。

 夏彦は嘆息する。


「ん?」


 虎は突然顔をしかめた。


「月先生、あのさ、俺たちがこうやって動き回るのも、計画の一部だったの?」


「いえ、計画の一部、とまでは。ただ、少しでも動いて目を引いてくれればいい、とは思っていましたわ。ここまでとは嬉しい誤算でしたけれど」


「それはいいんだけどさ。だったら、あいつどうなるんだよ、ほら、今回の件を仕切ってたネズミって奴。あいつ、俺たちを自由に動かせるようにもしてたみたいなんだけど。あいつ、学園側だったってこと? でも、最終的にあいつ変な薬飲んだんだけど」


「ああ、彼は――」


「二重スパイ、でしょう」


 夏彦が先に答えを言うと、月は初めて驚いた顔をした。元から幼い、中学生にしか見えない顔が、余計に子どもっぽく見える。


「気づいていたんですの?」


「いや、ついさっき気づいたんです。今回の事件、俺たちが撒き餌だったとしたら、その撒き餌を撒いたのは間違いなくそのネズミって人ですよ。だって、俺たちを拘束して、それなのに取調官を事件の関係者にしてしかも一対一で取り調べるようにしたの、ネズミさんでしょ? だったら、そのネズミさんが学園側じゃないわけがない。でも、だとしたら虎や秋山さんに問い詰められて逆上したり変な薬飲んだりってのがしっくりこないんですよね」


 ネズミさんが敵側だったら、誤魔化したりまた虎たちを拘束しなおせばいい。

 学園側だったら、虎たちにもっと動いて欲しいわけだから微妙にヒントを出したりすればいい。

 このどちらかのはずだ。


「でも、こう考えれば納得がいくんですよ。ネズミさんは敵側でありながら、自分が怪しいということをアピールしたかった。それも、敵側に裏切ったと思われない方法で。だからわざと挑発に乗って、追い詰められたようにしてから自殺した。こうすれば、どう考えてもネズミさん怪しいですからね。そっちから辿っていけば何か見つかるんじゃないかと誰だって思うわけです」


「ええ。事態が急変して、結局そちらから虎君と秋山君が辿る前に終わってしまいましたけれど。本当なら、ネズミ先生から久々津信二に辿り着いて欲しかったのですが」


 月が言うと、


「誰っすか、それ?」


 と秋山が困惑の声をあげる。突然聞いたこともない名前が出てくれば、それは困惑する。


「ネズミ先生が教育担当をしていた新入生ですわ。完全に外の敵から送り込まれた人間。ネズミ先生が敵側でなければ、絶対に風紀会に入会できないような個性的な生徒ですわ」


「ああ、そいつに辿り着いて欲しくてネズミは怪しいオーラを出して……え、ち、ちょっと、あれ、だとしたら、ほ、本当に死んだりしてねえよな、ネズミ」


 心配になったらしく、多少顔色を変えて虎が尋ねると、


「ご心配なく。あれは仮死薬の一種ですの。今頃、ネズミ先生は元気で学校に戻ってますわ。ネズミ先生が手に入れた情報から、もう事件は片がつきましたので」


「片がついたって、やっぱり、その、裏の事件が?」


 つぐみが質問した。


「ええ、そうですの。ネズミ先生が敵側に潜入しながら情報を送ってくれたので、スムーズにことは終わりましたわ。詳しいことはお教えできませんが、囮の事件の裏で進んでいた企み、そして学園に潜り込んでいた裏切り者、全て潰しましたわ。敵側は、全て処理されたか逃亡しましたわ」


 処理、という言葉に若干の寒気を覚えながらも夏彦は安心した。

 これで、終わったわけだ。

 しかし、釈迦の手のひらで踊っていたような感覚だ。こうやって、死にかけてまで俺たちがやったことは、結局はもっと大きなレベルでの闘争、その隙間にある茶番というか目晦ましに過ぎなかったわけだ。全ては自分たちの知らないところで始まり、そして自分たちの知らないところで終わった。


 だが、奇妙なことにそれほどの怒りや失望は夏彦の中になかった。むしろ、これで自分と虎、そしてつぐみが無罪放免になるのだという安心感の方が強かった。


「今頃は、全ての会が動いて残党狩りをしているところですわ。後始末が済めば、通常の学園生活に元戻り、と。ああ、もちろん、あなた方には多大なご迷惑をおかけしましたから、それぞれの会の上層部から、何らかのお詫びの品が届くと思いますわ」


「金かな」


「金っすよ、多分」


 虎と秋山は嬉しげに喋り合っている。子どもみたいでちょっとかわいいな、と夏彦は思う。


「それに今回の件で、囮の事件に関係した皆さんが予想以上に優秀な方々だったというのが、我々の素直な感想ですわ。ですから、俗な話ではありますけど、皆さんには今回の事件、人事的にはプラスの判断材料になったと考えてよろしいですの」


「え、ってことは出世できるってこと? やったぜ」


 無邪気に飛び上がって喜ぶ虎。


 優秀なデコイだった、と言われいるようなものなのによくそこまで素直に喜べるな。

 夏彦は心底感心した。


 その時。

 ばたばたばた、と。

 外から、病院には似つかわしくない、猛スピードで走っている足音が聞こえてきた。


「――ん?」


 疑問、次の瞬間、夏彦はベッドで上半身を起こしたままながら身構えた。

 敵か!?


 月、虎、つぐみ、そして秋山も顔を緊張で強張らせ、目配せをしてから身構える。


 ひょとして、計画を潰された敵が、破れかぶれで襲ってきたのかもしれない。

 夏彦はベッドから降りようか、と迷うが、


 その暇もなく、病室のドアが、突き破られるくらいの勢いで開け放たれた。


「は?」


 そのドアの向こうに立っている人物を見て、夏彦は呆然とした。


 他の四人も、ぽかんと口を開けている。


 そこに立っていたのは、顔を血で汚した律子だった。全速力で走ったせいか、いつもなら隙なく整っている学生服はかなり乱れて、艶のある黒髪もぐしゃぐしゃだった。

 荒い息をつきながら、よろよろと部屋に入って来た律子は、夏彦を見て体をびくり、と硬直させた。


「あ……律子、さん?」


 夏彦が声をかけるが、律子は反応しなかった。


 やがて、ゆっくりと律子の目にじわり、と涙が溜まっていき。 


「ぐうううううっ!」


 呻きながら弾丸のように頭から夏彦に突っ込んでいった。


 それを腹にくらった夏彦は、


「ぐうっ、いっ……てえ」


 と断末魔の言葉を残して、そのままベッドに倒れこんだ。

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