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超絶政治闘争学園ノブリス  作者: 片里鴎(カタザト)
第一話 人のための刃
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取調室の二人その3

 夏彦と律子は一緒に取調室を出た。

 律子は口をつぐむと、いつものように冷徹な目と美しい姿勢で歩いている。その様子は完全な人斬りだ。


「おっ、律子じゃないっすか」


 取調室を出たとたんに、声がかけられた。


「うぅっ」


 一瞬のうちに石のように固まり、律子は目だけをそちらに向けた。


「うっす」


 声の主は筋肉の塊、秋山だった。


 秋山の横には、夏彦にとって見覚えのある男が立っていた。

 学生服のジャケットの下に着込んでいる派手な色のフードつきロングシャツ、金色の髪、目立つ顔立ち。


「虎?」


 意外な人物の登場に、夏彦は驚く。





 廊下で少し話しているうちに、この建物内に虎がいること自体は全く意外でもないことに夏彦は気がついた。要するに、虎は夏彦と全く同じ立場だったということだ。つぐみと同じクラスだというだけでこの建物まで連行されてきた。

 むしろ意外だったのは、虎の取調官が秋山だったこと、そしてその二人も夏彦と律子の二人と同じく、二人で調査するという結論に至ったことだった。


「虎に乗せられたんすよ」


 と何故か嬉しそうに秋山は言った。


「でも実際、あの事件の関係者の俺と、つぐみのトレーナーだった律子が二人揃って取調官になってることといい、どうも風紀会の上層部はなるべく内輪で話を済ませて、外に情報が漏れるのを絶対に防ぎたいみたいっすね。どうも怪しいすよ」


 乗せられた、とは言いつつも、実際はもともと秋山自身が不審なものを感じていたようだった。


 秋山の意見には夏彦も賛成だった。


 重要参考人としているはずのつぐみのトレーナーである律子を一人で取り調べにあたらせるだけでなく、事件関係者の秋山も同じようにしているとは。


「取調官の担当とか、今回一人でやるようにとか決めたのは誰なのよ?」


 二人は先輩だというのに、虎は物怖じせずに言う。


 律子は相変わらず涼しい顔で無言だ。秋山に答えさせるつもりらしい。


「人事官のネズミさんっすね。教師っす」


「人事官って偉いの?」


「んー、俺とか律子が執行人っつって役職なしより二段階上くらいの感じで、人事官はそれの更に三段階上くらいすかね。イメージ的に」


 年下かつ立場的にも下の虎に対して、秋山は体育会系特有の簡易化された敬語を使う。どうも単なる口癖のようだ。


「んじゃ、そのネズミってのが怪しいな。秋山さん、調べようぜ、そいつ」


「えー上司だし、身内だしな。あんまりそういうマネしたくないんすけど」


 いかつい見た目には見合わず、秋山は眉を寄せて不安そうな顔をする。


「いいじゃん、秋山さん、俺、どうせ行政会で出世するからさ、ここで貸し作っといた方が得だぜ?」


 自信過剰にも程がある虎の物言いに、秋山はぽりぽりと首をかいた。


「確かに虎は大物っすね、いろんな意味で。しょうがねーな、んじゃ、軽く探ってみるくらいなら」


「話が分かるな、秋山さん」


 飛び上がって虎は喜ぶ。意外に子どもっぽいところもある。


「取調べの一環として、現場に行く途中に偶然立ち寄るって形っすからね。絶対に余計な口出しとかしちゃだめすよ」


「了解了解」


「あ、駄目だ。絶対こいつ分かってねえ」


 秋山は文句を言っているが、夏彦の目からすれば二人はいいコンビみたいだ。


「じゃあ、俺たちはどうしますか、律子さん?」


「えっ、え……うっううっ……うおおお」


 もはや返事になっていない。


「あ、俺たちもう会ったけど、とりあえずそっちもつぐみと会ってきたら? あっちも安心するだろうし」


 混乱している律子を気味悪げに見ながら、虎が提案してきた。


「え、会えるの?」


 だってつぐみちゃんは拘束されてるんじゃないのか、と驚くが、


「秋山さんが許可とったら会えたから、そっちも律子さんが許可とればいけるだろ」


 虎の言葉に、夏彦と律子は顔を見合わせた。



「ううっ、つ、つつつぐみちゃん、ぐううっ、ごめんっ、ごめんなさいいぃ」


「律子さん……!」


 許可をとってつぐみの拘束されている部屋に入ったとたん、律子は飛び出してつぐみと泣きながら抱き合った。


 さすがに夏彦はそこまででもないので、ちょっと離れて二人がおんおんと泣いて抱き合っているのを眺めていた。


 やがて落ち着いたつぐみは恥ずかしそうにパイプ椅子に座りなおした。


 つぐみは捕まっていたとはいえ、顔色もよく、特にそこまで疲れた様子もなかった。


「別にあたしが犯人ってことじゃあなくて、黒木君のことを教えてくれってことで連れて来られたんで……不安でしたけど」


「ふうん。でも、元気そうで安心したよ」


 夏彦が言うと、多少疲れを見せた顔でつぐみは笑う。


「元気ってわけじゃないけど……でも、ありがとう」


「で、黒木とか秀雄とかと親しかったのか?」


 嗚咽してまだ使い物にならない律子を横目で見ながら、夏彦が訊く。


「あたし? 全然仲良くなかったの。秀雄君とは喋ったこともないし、一度同じ風紀会の新入生ってことで顔を合わせただけで。黒木君とは、書道部でちょっとだけ喋ったけど……」


「黒木ってどんな奴?」


「ど、どんなって……真面目な人だよ? ちょっと、挙動不審なところがあるけど」


「挙動不審?」


「う、うん。取り調べの人にも話したけど、書道って気を静めてからやるものなのに、時々、すごい急いで書いたり、きょろきょろ見回したり。普段はすごい落ち着いた人だから、妙に気になって」


 それは確かに挙動不審だな、と夏彦は思い、


「どう思います、律子さん」


「えっ、う、おおう、……ううっ」


「やっぱりいいです」


「こら。あまり律子さんをいじめないでよ」


 そう言ってつぐみが苦笑するのを見て、夏彦はふと思う。


 今更だが、こいつが悪事をするなんて信じられないな。


 係員に「時間だ」と言われて夏彦と律子は部屋を出た。出る直前、涙ぐんだ律子が何度もつぐみに手を振っていた。つぐみは笑いながら手を振り替えしていた。

 その様子を見て、夏彦はまるで仲良し姉妹のようで微笑ましいな、と思い。


 さっさとこの件を解決しないとな、と改めて決心した。

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