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東方災生変  作者: すばみずる
過去の幻想 今の幻影
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049:道、のち、化

「赤瀬さんは、何か心当たりはありますか?」

 足早に里を出て道無き道をを進んでいると、ふと上白沢さんがそんな事を聞く。

「心当たり、とは?」

「十五年間、ただ一人の親に手紙を一通も出さなかった咲夜が、何故今になって送るのか、その理由です」

 そんな事、分かる訳が無い――と思ったが、一つだけ思い当たる節がある。

 水元幽夜――そこから再生されたと言う男だ。反応は気になるが、因縁があるのは間違いあるまい。

「男が現れました」

「男?」

「話すとややこしいんですが……僕と一緒に幻想入りした水元幽夜と言う女性から、水元鉄生が復活したとか、なんとか」

「――それは本当に?」

「分からないです。自分は見ていないんです。幽夜もいないし。その所為で紅魔館に働かされてるんですが――」

「分かりました。理由としては、それで十分です」

 話を切り上げた上白沢さんは、難しい顔をしながらぶつぶつと何か呟いている。考え事を纏めているんだろう。

 しかしやはり、水元鉄生とは幻想郷において何かやらかしているのだろう。今の所、問いてみて知らないと言う幻想郷人はいない。

「水元鉄生とは、一体何者なんですか?」

 上白沢さんは暫く考えてから、答えた。

「鏡ですよ」

「え?」

「――人間であり、妖怪であり、寺子屋の教師であり、世間を騒がせる愉快犯であり、紅魔を守る者であり、紅魔に守られた者であり、風見幽香を愛する者であり、風見幽香の愛しい夫であり、十六夜咲夜を助けた者であり、十六夜咲夜の父親。それが、水元鉄生です」

 不意に、ギシリと頭が軋む。在る筈の無い記憶が蠢く。

「彼は、この幻想郷に深く食い込んでいました。それが彼の意思だったのか、誰かに操られていたかは分からない。私は、彼の行いが鏡の様に見えた。好意には好意を、敵意には敵意を。自分に向けられたものを、そのまま返す」

 確かに、その在り方は鏡だ。純粋な人間らしい、綺麗な生き方の様に見える。

 だが同時に、吐き気を覚える。まるで相手の真似をする生き方は、人間がやって良いものなのか。自己が無い返しは、生きている意味があるのか。

「それは、木偶の様なものなのでは」

「――そうですね。今思えば、機械人形の様に動いていただけかもしれない。そう組み込まれたままに、彼の意思は無かったかもしれない」

 けれど。微笑みながら、上白沢さんは続ける。

「彼に救われた人はいるんです。風見幽香は人間の様に愛する事を知り、十六夜咲夜は再び家族の温もりを得た。スカーレット姉妹は互いを憎み合う事は無い。幻想郷全体を、円満に進めていた」

 操り人形で良かったのだと言う。

「長く生きていましたが――いえ、長く生きたからこそ、もう永遠に望めない事だと思っていました。この楽しい日々が終わって欲しくない。ずっと続けていたい。彼と接した者なら、誰もがそう思ったでしょう」

「だから、風見幽香は――」

「人であれば、また別でしょう。人は一時であれ、哀しい思い出を忘れる事が出来る。老いれば、思い出す事も出来なくなる。けれど妖怪は違う。どれ程の時が流れても、一瞬前の様に想起してしまう。想いこそが妖怪の骨子ですから、自分に対する想いで潰れてしまう」

 狂う理由は、それで十分だろう。五百年も連れ添った夫が死に、それと同時に楽しかった日々が去る。忘れる事も許されず空虚となった毎日を満たすには、信じるしか無かったんだろう。

 いつか、()が帰ってくると――。

「――うるさい、黙ってろ」

 余計なノイズは、こびり付いた記録だ。この身体は、未だに水元鉄生を忘れていない。

「赤瀬さん?」

「何でもありません。早く行きましょう」

「ええ。そろそろ、日が落ちてしまう」

 木々の間から零れていた夕焼け空の茜色は、夜の帳に隠れようとしていた。じきに妖怪の時間が始まるだろう。

 そう思った矢先に、草むらの影から得体のしれないモノが飛び出てくる。ほんの一拍反応が遅れ、咄嗟に頭を庇った左腕を噛みつかれる。肉を断つ事に長けた牙が、ぶちぶちと数本の血管を千切る。

「ぐぅっ」

 途端に溢れ出す血の臭いが、頭に突き抜けた痛みを無視させる。右手は一切の迷い無く、腰に付けた杭を外して化け物へと突き刺す。

「赤瀬さん!?」

「大丈夫です。それより、早く行かないと」

 駆け寄ろうとする上白沢さんを制しながら、痙攣する口を腕から無理矢理引き剥がす。ワイシャツは破け、下から抉れた筋肉が見えた。

「傷は――」

「紅魔館に働く奴が、普通の人間な訳無いでしょう。他のが臭いに釣られて来るかもしれない、急ぎましょう」

 溢れ出していた血は、既に止まり掛けていた。痛みが残るが、多少動かす程度なら許容範囲内だ。杭を構える位なら出来る。

 回復した腕を見て僅かに目を見開いたが、すぐに頷き走り始めた。妖怪を投げ捨て、後に続く。

 辺りに暗闇と殺気、荒事の臭いが満ちてきた。


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