004:帰り道、帰る場所にて
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右手の袋には牛乳と栗羊羹とお茶葉、それと今晩のおかずの店屋物。左手のバケツには芳香剤と脱臭剤と乾燥剤。幾らか軽くなった財布の重さに不安を覚えながら、大通りを歩く。
はて、大学の二人はどうするのだろう。宿を取ってるのなら夕餉の準備は何時も通りにするが……いや、流石にそこら辺はしっかりしているだろう。うん。
不安なのは先程の銀髪女性。ただの参拝客ならいいが、どうにも気になって仕方がない。
玄関の鍵は一応閉めてあるが、本堂の鍵は開けっ放しだ。物取りではなく大学生二人の方が心配……しなくていいか。荒らされたら片付ける苦労があるけど、それぐらいだし。
「……さて」
200段はあろう石段の0段目、事故現場に舞い戻った。上で何事も無ければ良いなぁと祈っていた自分がいて、何を危惧しているのかと自嘲する。
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そうして水香神社への階段、200幾つか段目の広場……つまりは境内。灰色の鳥居をくぐりながら、玄関へと向かう。
「……開いてる」
分かり易く、開け放たれている引き戸。家を出た時には間違い無く閉めていた筈だ、鍵だってここに――――
「――――」
右ポケット、薄くなった財布。
左ポケット、レシート。
尻ポケット、埃。
落とした? けど落とす様な事なんて……心当たりと言うか確実な原因があった。
もしかしてもしかするとあの銀髪女性が鍵を持って入ったのだろうか。いや、それは飛躍し過ぎだ。あの女性の何を気にしているんだ僕は。
荷物を置いて靴を脱ぎ、手近な箒を手に取る。念の為だけれど、本当に危険な事があったら何の役にも立たないだろう。
人の気配、なんてものは分からない。だけど、明らかに静か過ぎる。
箒を握る手に力を込めながら、廊下をゆっくり歩く。まずはハーンさんと宇佐見さんがいる筈の居間へと向かってみる。
「…………」
パラパラと本を捲る音が廊下まで聞こえてくる。けれど、そのスピードがなんだかおかしい。まるで本をひっくり返して捲っているような……とにかく、読んでいるスピードでは無い。
予想通り。窓と本堂の戸は開け放たれ、古書の香りを外へと追い出していた。
「二人共……帰った訳じゃなさそうだな」
二人の帽子は、帽子掛けに掛かったままだ。
つっかけを履いて本堂から出る。室内に彼女達がいないなら、残すは一つの場所しか思い当たらない。
薄汚れた漆喰の壁。飾り気の無い蔵の扉は開いたままだった。
近づき、中からの音に耳を澄ます。なにやら話し声が聞こえるけど、内容までは分からない。
「――――――よし」
箒を後ろ手に持ち、蔵へと踏み込む。
薄暗いその蔵の中。一点が光で浮かび上がっていた。
そこには二人の少女と、一人の旅人と――――が立っていた。
(…………人形…………?)
三人に声を掛ける前に、その異常な光景に目を奪われた。恐らくその場にいる全員が心を掴まれただろう。
飾り気の無い、巨大なデッサン人形。何故蔵にあるのかも分からないパペットが、漏れた光の中で踊っていた。
踊り――――剣舞と言うべきか。粗野で乱暴な振り回し方しかしていないが、それがまるで雑兵を薙ぎ倒す武将の様な猛々しさすら帯びている。
「……さっきの君。やっぱりここの関係者だったんだ」
異質。異様。非常。非現。忘れかけたこの空気。
舞いが終わると共に、旅人が此方を向く。銀糸とも白糸ともつかないその髪は、ただただ美しかった。
「私は水元幽夜。良ければ君の名前も教えてくれるかな?」
微笑みながら自分の名を名乗る女性……水元さん。それにつられて自らの名前をポロリと零してしまった。
「赤瀬……凪人」
「凪人ね、よろしく」
箒は何時の間にか地面に落ちて、代わりに水元さんの手が収まる。暖かい筈の手なのに、何故だかとても冷たかった。
そうして、僕は出逢ってしまった。
僕のこれからの運命を大きく狂わせる存在に――――――