048:銀時計の真実
「先程は見苦しい様を見せてしまって申し訳ありません。新一の奴、子供の頃から咲夜に懸想していたもので、慌ててしまった様で。少し前まではウチの生徒だったもので、ついああやって仕置きをしてしまうんです」
「ああ、いえ、お気になさらず」
普段からああやって瀕死の重傷を負わせてるから門番やってても何ら問題無いのか。思わずそう言いそうになったが我慢する。
新一の亡骸らしきものが運ばれるのをぼおっと見ていたら、何時の間にか通された応接室にて、上白沢さんと向かい合って談笑していた。ふふふと笑う姿は美しいがさっきの光景が脳裏に焼き付いてどうにも素直に受け取れないでいる自分がいる。
「改めて、この寺子屋で教師をしています、上白沢慧音です」
「赤瀬凪人です。紅魔館で下男として働いています」
正確に下男扱いされた事は無いが、やってる事は雑務なのだから下男で相違あるまい。
「赤瀬さんは、何時から幻想郷に?」
「一ヶ月前か、そこら辺です。悪い吸血鬼に捕まって働かされているんです」
「スカーレット家ですか?」
「はい」
「ひと月あそこで働いていて、その一環で手紙の配達を?」
「ええ。突然頼まれて」
どことなくせっつく様な質問が一旦途切れ、その隙に茶菓子の団子を頂く。甘ったるくないアンコは自分の好みだ。ありがたい。
「赤瀬さん。貴方は十六夜咲夜と言う人間をどれ程知っていますか?」
「ナイフ投げと料理が上手くて時間が操れるメイドですかね」
全て私見だが間違い無いだろう。ナイフの腕は良く味わったし料理もピカイチだった。時間を操る程度の能力は仕事中に良く使っているのは知っている。生憎とまだその能力は再現出来ていないが。
「彼女が何時からあそこで働いていると思います?」
時間が操れるなら何歳か分かったもんじゃ無いような気がしなくもないが、精々一、二年前じゃないかと答える。
「いいえ。十五年です」
「――」
「彼女は十五年前に、親を失ってあの館に縛られているんです」
親を失って。その言葉に、背筋が寒くなる。十五年前には何か因縁があるのだろうか。
「十五年前、彼女の父親は、ある妖怪を止める為に相討ちしてしまいました。彼を深く愛していた妻――十六夜咲夜の母親は嘆き悲しみ、十六夜咲夜もまた、心に深い傷を負いました。様々な人に父親の所在を聞いて回ったとか。幼い頃から聡明でしたが、父親の死を受け入れる程、強くは無かったのです」
故に、訊いてはいけない悪魔に聞いてしまった。
レミリア・スカーレットもまた、十六夜咲夜の父親を深く愛していた。彼女は、十六夜咲夜の父親を殺さない為に十六夜咲夜と父親の運命を括り付けた筈だった。けれど、生き残ったのは十六夜咲夜。父親が、十六夜咲夜を生かしてしまったから。一方が死ななければ、もう片方は生きられない運命だったから。
レミリア・スカーレットの怒りは推して知るべし、だ。愛しい人を殺した相手が、その居場所を聞きに来るのだから。
「結果、十六夜咲夜はレミリア・スカーレットに生かされる形になったのです。自分の物になる筈だった運命なのだから、自分が貰って当然、と」
「随分、詳しいんですね」
「歴史を纏める事が趣味なので。私自身、不甲斐ないと思う所もありますし」
正直、十六夜の過去を語られても思う事は特に無い。寧ろ安心した位だ。彼女は自分の罪と関係無いと分かった。
「それで、そんな歴史を語った理由は?」
「――十六夜咲夜の母親は嘆き悲しんだ、そう言いましたね」
「はい」
「その母親は、ある能力を持っていたのです。花を操り、永世に渡って咲かせ続ける事も、刹那にその命を終わらせる事の出来る能力。
彼女はその能力を使って――勿論、普通の世話もしていましたが――自分の庭に毎年、見事な向日葵を咲かせていたのです」
奇しくも、夫を亡くした十五年前も夏だったらしい。
「夫が死に、彼女はこう考えたんです。『この場所はこのままでなければいけない。向日葵は咲かせ続けなければいけないし、誰にも邪魔させてはいけない。そうしないと、彼はきっと帰ってこれない』と」
「……それはまた」
常軌を逸している、なんて言葉では表せない。愛は狂気、とは言うが、ここまで狂した愛は後者だけが独り歩きしてしまうだろう。
「十六夜咲夜の母親――風見幽香は、永遠に夫の帰りを待っているんです。あの太陽の畑で」
「それって――」
「おそらくその手紙は、母親へのものでしょう。未だに会う事は許されていないのか、それとも会う気が無いのかは分かりませんが」
とんでもない地獄への片道切符を握っているのだと再確認した。愛に狂った相手なんて嫌な予感しかしない。
「赤瀬さんだけでは、話を聞く前に刻まれるかもしれません。効果があるとは思えませんが、私も一緒に行かせて下さい」
「こちらこそお願いします。むしろ代わりに届けて下さい」
「お断りします」
世知辛えその目には、まだ死にたくないと書かれていた。俺の命運此処に尽きけり。