003:?+二人=三人+独り
鈍い音が二、三回した気がする。確実な一回は、いきなり下から登ってきたナニカが腹に当たった音だろう。
なんとか倒れるのを堪えても、今度は腕をナニカに掴まれる。予想外の加重によって元から無いような体幹はあっさりと折れ、共々転がり落ちた。
「いッ、たぁ…………」
「………………」
どういった経緯か分からないが、上段にいた筈の僕が下段から上がってきたナニカの尻に敷かれている。地獄車じゃあるまいに。
「あ、君大丈夫? ごめんね、いきなり頭突きなんて食らわせちゃって」
声から察するに、ナニカは女性の様だ。行動からも分かるが、元気が有り余るタイプの。
「……ホントに大丈夫? 息してるかな」
「……無事を確かめるなら、まずどいてくれるかい」
ベタベタと身体のアチコチを触ろうとする手を払いながら、上体だけ起き上がらせる。女性も漸く気付いたのか、僕の下半身を椅子代わりにするのを止めた。
「どこか怪我とかしてない? してたとしても何も出来ないけど」
「…………平気だよ。うん」
立ち上がり身体に付いた土埃を払いながら、突撃してきた女性を見る。
真冬でも無いのに分厚そうな外套。凹凸も隠れる服装に身を包んだ、銀色の髪の女性がそこにいた。ハーンさんと言い、この女性と言い、目立つ髪色を二連続で拝むなんてどういう日なんだろう。
「まぁ本人がそう言うならいいけど」
僕の無事だと分かると同時に、一緒に転がり落ちたらしい旅行用のトランクケースを手に取る。どうやら、無駄な心配はしない質の様だ。
会釈をして再び階段へと向かおうとした女性が「あっ」と声を出して振り返る。
「君、この上の神社について何か知らない? どんな神様が奉られてる、とか。どういう神主がいる、とか」
……? なにか妙な噂でも立っているのだろうか。一日の内で二回も神社について訊かれるなんて、珍しい。
「何を奉っているかは知らないけど、神主なら知ってるよ」
「へぇ、どんな……ッて、やっぱり怪我してるじゃない」
白い指が指していたのは、僕の左のこめかみ辺り。それに気付く事で、漸く顔の皮膚が触覚を取り戻していた。
頬に、熱い液体が流れている。胸中の鼓動を感じ取りながら手で拭って見てみると、指先が赤く染まった。
これは――――
「ハァ、仕方無い。絆創膏貼ってあげるから、頭出して――――」
「あ、いえ、大丈夫なんで。ホントに
足早にその場を去る。まともに服の埃も払ってないが、そんな事はどうでもいい。
「ちょっ、待って!」
呼び止める声を無視して細い道へと駆け込む。此処辺り一帯は自分の庭、と言う訳では無いが、余所者を撒く位なら簡単だ。
塀を潜り、廃屋を抜け、小道を曲がりくねる。五分程走っただろうか、壁に寄りかかり一息つく。心拍数はまた上がっていたが、心の方は落ち着いた。
「最近は怪我しない様に気を付けてだけどな……危ない危ない」
ハンカチで血と汚れを乱暴に拭う。摩擦熱を感じるまで擦ったが、傷への痛みはもう無かった。
◆◇◆◇◆◇
虫の音が響く境内。夏から秋への移り変わりを感じさせる涼しさと騒がしさは、室内にいても感じられる。
「へぇー、色んな神社を回ってるんですか」
「そそ。この前行ったのは……なんだっけな。変な棒と注連縄しか印象に残ってないや」
「神社ですか……少しお話を聞かせて頂いてもいいでしょうか?」
「いいよー、私の話で良ければ。けど敬語は止めてね、なんかくすぐったいし」
「そーそー、メリーったらいっつも畏まっちゃって。もっとフランクになろうよ」
……後ろから聞こえてくる笑い声さえ無ければ。女三人寄らば姦しい、とはこの事だろう。
「おーい、凪人クンもこっちおいでよー。独りで飲んでないでさー」
「僕は良いんで、三人でどうぞ」
三人の内、宇佐美さんか幽夜さんかが呼んでいる。酒飲みに絡まれるのは勘弁なので適当に返す。
本堂の戸を開け放ち、賽銭箱の隣で買ってきた栗羊羹をかじりながらお茶を啜る。家主だと言うのに肩身が狭い。ノーと言える日本人になりたいと思う秋の月下。