034:07/ナイト・オブ・ナイツ
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「ハハハハハハハッ!! やっべ、腹痛ぇ」
その場で、男は笑い転げていた。
「いやぁ読みを誤ったな。咲夜さんがああ来るとは思わなかったし。痛かっただろ? クハハハハハ」
愉快、痛快とばかりに笑う。笑う。笑う。
嘲るのでは無い。見下すのでは無い。ただただ楽しいから笑っている。
「あ? あぁすまんな。どーも他人の悲劇は喜劇みたく見えちまうんだよ。勿論、程々の不幸が一番ではあるが」
言いながら、笑い声を収める。その顔は喜色に塗られたままだが、それは只の好青年と見紛うモノだ。
「まぁ、頭潰されてればお陀仏だったかもしれんが。幸い、まだ生きてるじゃねぇか」
励ますかの様に、■■■■が両腕のもがれた僕に話し掛けてくる。
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「そうだな……いっそココでネタばらしといこうか?」
「何、問題は無い。俺がやる訳じゃないし、何よりお前はそれを望んでいる」
「だから、俺が此処にいる。俺が知識では無く俺として存在していられる」
「あんな小さな接触でよくもまぁ疑似人格まで作り上げられるたぁ、俺も驚きだよ」
「そしてその魂胆は、『困った時のお助けキャラに俺を据える』って事だろ。まぁ、お前の本能は正しいよ」
「……ああ。本当に恐ろしいのはその本能とキャパシティか。能力を自覚せずにここまでの力を引き出してるんだからな」
「まぁ、折角魔理沙がおもろい事やってくれてんだし。色々やっちゃってもウチの子がイジメられててハイになったって事で許してくれるだろ」
「……まッ、許されるのは俺であってお前では無いんだが。本能の赴くままにやるだけさ」
「さてと。んじゃあ、そろそろ代役を果たすとするかな」
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「――――そんな弾幕で、レミリアお嬢様に立ち向かえると思ってるのかしら」
勝利を掴んだと叫ぶ。その声を切り裂く銀刃の言葉。
まるで最初から其処にいたかの様に、メイド服の少女はホウキに――――霧雨魔理沙の後ろに立っていた。
「必中? 必殺? そんなモノ、ルールの上にいた貴方に作れる訳が無い。安全な場所から眺めるだけの貴方が、私に適うと思う事自体が思い上がりよ」
業火は未だ、多くの書物を焼いている。酸素はそれに伴い減っていき、息苦しさは加速する。
だが魔理沙には、その呼吸が続いている事すら不思議に思えた。
何故私は息が出来るのか。何故私は黒煙の匂いが分かるのか。何故私は炎を見ていられるのか。何故私は心臓を動かしているのか。何故私は指一つ停止していられるのか。
何故私は――――生きているのか。
「手品師を殺すなら、脱出不能の箱の中に閉じ込めればいい。それすらしない貴方の弾幕はお手玉みたいなモノよ。当てられても痛くも無い。当てた事に、当たった事にすら意味は存在しない。ああ、今なら彼女の言ってた事が分かるわ」
だから避けられる。だから殺せない。十六夜咲夜はそう断じ、火の付いたスペルカードを投げ捨てる。
ルールとは、水を区切る為の型の様なモノ。元々注がれていた容器の中を区切るのと、元より区切られていた容器の中に、限られた空間の中に注ぐのでは、その区切りを取り払った時の総量は全く異なる。
つまり霧雨魔理沙は、十六夜咲夜と比べ圧倒的に質量が足りない。その技、その信念、その執念。
質量の桁が違えば、策略や知略なぞ無いも同然。
「――――去ね」
厳然たる力の差を見せつけ、
十六夜咲夜はそのナイフを、
霧雨魔理沙の首へと――――
「おいおい、この小説はR-15までだぜ?」
突き立てる事は無く、
代わりに的となったのは、
「あっぶねぇなぁ、全く。殺したらどうするつもりだよ」
限りなく白に近い長い銀髪を乱暴に揺する男の、右腕だった。
そのまま十六夜咲夜へと接近していき、ホウキに相乗りする。
「魔理沙、さっさと出さねぇとハリネズミだぞ」
「あ、ああ!」
刺さったナイフをそのままに男はメイドを突き飛ばし、急発進するホウキに器用に乗ってバランスを保つ。
「お、お前ッ、なん、だッ、誰なんだ!?」
突然現れた救援者に驚き、叫び声に近い問いを投げる。その返球は、
「んー、元馬鹿野郎って事で一つ」
なんとも、いい加減なものだった。
その声は、服は、先程まで赤瀬凪人が纏っていたものだ。腕の根元から千切れたワイシャツ。そこに付着している大量の血。十六夜咲夜が最期に見た姿と何一つ変化は無い。
だが、それを纏っている者は違う。顔を隠す、腰まで届く白銀の髪。両腕は鉄で出来たマネキンの様に精巧な形を見せるが鈍い金属光沢を放っている。
「急拵えだが、まぁまぁ動くな。やっぱ地に足着いて無いと心許ないが」
独り言を宣い、腕に刺さった――――否、腕に張り付く様に埋め込まれていたナイフの柄に手を置き、
「よっと」
ズブズブ、ズブズブと、金属の腕の中へ収めていく。まるで底の無い沼へ落とされていく様に。
「あー……急いでやったからか、あちこち再生出来てねぇや。幾つか抜け落ちてやがる」
左腕で顔をなぞり、そんな事を言う。暴風の様に疾るホウキの上では、簡単に消える声量で。
進行方向へ身体を向ける。
「このままレミリア――――あー、異変の首謀者のとこまで行っちまえ、魔理沙。お前の力なら勝てるさ」
ポン、と魔理沙の肩に手を置き、ナイフで付いたであろう傷を優しく撫でる。
その様子に、訝しげな声を出す。
「……凪、人、じゃない、よな」
「さぁ、どうだろうな。お前に勝って欲しい本心であるのは確かだ」
本棚の間を縫う様に飛び回り、遂に見つけた扉。その前にはやはり、青い瞳のメイドが立っている。
「いいか? お前はこのまま突っ切っていけ。絶対止まるな。俺を――――凪人を信じろ」
突然現れ、何を考えてるかも分からない青年。信用も信頼も在る訳無く、寧ろ疑念しか湧き出てこない。
それでもこの状況では、その肩に置かれた手の力強さ以外、信じられるモノは無い。
「分かってるよ」
全速力。扉もメイドも関係無い。雷の様に誰よりも早く駆け抜ける。
――――不確実なモノを信頼出来なきゃ、私は永劫アイツに勝てない。
想いを胸に、霧雨魔理沙は走った。
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その決着は、刹那の時すら必要無かった。
「時よ止まれ」
この言葉さえあれば、彼らは瞬間を超越してしまうから。