032:05/メイドと血の懐中時計
「これで、この館の間取りは元通りって訳だ」
そう言いながら、手のひらにミニ八卦炉を置いて歩く霧雨。その後を、ナイフとタロットを両手で持ってついて行く。
ミニ八卦炉からは、不思議な形の炎が出てきている。例えるなら――――八面体の宝石の様な。
僕の視線に気付いたのか、霧雨が説明を挟む。
「これは生物探知機みたいなもの。さっきの紫っぽいのもこれで見つけたんだぜ?」
「ああ、当てずっぽうじゃなかったのか……」
コイツの場合、獣の直感とかあってもおかしくない。と言うより、それしかないと思ってた。
「失礼な奴だな。私だって魔法使いなんだぞ」
「魔法使いは空飛んで星撒き散らすのが本職かと思ってたよ」
「何でも屋だってやるご時世だ、探知の魔法なんて珍しく無いだろ」
さぁ、どうなんだろう。魔法使いを名乗って置きながら僕はその辺詳しくはない。何でも屋とはなんのこっちゃ。
「私の店」
「……ああ、パシり屋みたいな」
「まずは魔法使いがどういう認識になってるのか……」
呆れ顔の霧雨。周りを見回し、こう言ってくる。
「ここの本でも読んでみたらどうだ? 魔法書がたっぷりあるぜ」
「遠慮しとく。人のモノを勝手に見るのは好かない」
下手に読んでSAN値ロールなんかになったら嫌だから、とは言わない。
「ふーん、まぁいいけどさ。品行方正な魔法使いだなんて、珍しいじゃないか」
「さあな。と言うか、お前はどうなんだ」
「私は普通の魔法使い。それ以上でもそれ以下でも無いぜ」
他者からの評価の平均を望むとは酔狂な事で。ため息も出てこない。
あちこちの本に手を出す霧雨を口だけで注意しておいて、自分も本棚を見回してみる。タイトルだけでも本と言うのは楽しめる物だ。
……あれ、なんで今の状況なんぞを楽しんでいるんだ僕は。
「……はぁ」
自嘲を込めた声とため息。本棚に片手を付いて少し考える。
――――一体、自分の能力とは何なのか。再生と言うのはかなりのキーワードだが、それだけでは掴むのは難しい。 魔法への適正、特に模倣魔法に関しては燃費以外では全くの問題は無い。自分に支払える代価があるならば、恐らくどんな事象であろうと模倣が可能だろう。
……だが、それが何になる。僕はそれで何になれる。所詮は他人の模倣でしかないと言う魔法技術が難の役に立つと言うのだろうか。
役に立つ云々の話では無い。そこに自分が存在する意義はあるのだろうか。自分がいなくても回る世界で自分と言う存在がいて何か変化が生じさせる事は出来るのであろうか。
人生とはそういう物だ。どれだけ自分が世界に影響を及ぼす事が出来るか。それが全ての筈だ。とすれば、他者の模倣なぞ無意味無価値に程がある。
だからこそ人間は他者に干渉する生き方をする。そうやって自身の足跡を残す為に。だが履いている靴が同じであるなら元々の持ち主のモノと何が変わるのか。
「ったく、自虐が好きだな。僕は」
おかしくなっていく思考をぶつ切りにして、頭を掻く。こう言うどうでも良い考えばかりに頭が行くんだから救いが無い。
霧雨がすぐそばで本を読んでいる。全く、このお嬢ちゃんはどう言う魂胆で来たのかさっぱりだ。お宝探しに来た訳ではあるまいまさか。
……まさか、な。はっはっは、こいつなら言いかねん。
「……ん?」
左手を本棚から離そうとした時、何かを感じる。指先になにか、溝の様な物が触れたのだ。
「……」
なん、だ?
細かく、刃物で刻まれたであろう落書きがある。
顔を近づけ、よくよく見てみる。霧雨はこちらに注意を払っていない。
【このラクガキを見て】
【うしろを】
【ふり向いた時】
【あなた達は】
「……………………」
指に隠れたその先の文章。どければ簡単に見えるだろうその落書き。
だが、いけない。なにか非常にいけない気がする。この落書きを見つけてしまった時からアウトだったのかもしれないが、それでも今ならなんとかなる気がしなくもない。
それでも僕は
その指を
退けて
しまった。
【死ぬ】
霧雨の炎に反応は無い。気配も感じない。それでも何か、背後にあるのだろうか。何かとは何なのか。恐怖。畏怖。恐れ。好奇心。
それらの要素が、僕を振り向かせた。
そこに在ったのは、空中に立つメイドと、幾千のナイフのカーテンだった。
「霧雨ッ!! 危ないッ!」
咄嗟に、傍にいた霧雨を殴り飛ばす。少しばかり荒っぽいやり方ではあるが、これで被害は俺だけで済む。
そして、僕の体は僕の腕を切り裂くナイフと共に、本棚へと向かって行った――――。
◆◇◆◇◆◇
「うっ……いってぇ~」
凪人に殴られた頬よりも、殴られた先にあった本棚にぶつかった方が痛いなんてな。腰をさすりながら、そんな事を思う。
一緒に飛ばされた八卦炉とホウキを手に持ち、立ち上がる。あいつは確かに「危ない」と言った。それなら、それ相応の危機が迫っている筈だ。
「凪人、早くホウキに……?」
呼びかけに応じる者は、薄暗い図書館にはいない。先程までいた筈の同行者は先程の場所から失せ、そこに残っていたのは――――ワイシャツの袖を付けた、二つの腕。
「な……なんだ……この腕は…………」
汗が額から顎に掛けて伝う。しかしその感覚より、今、目の前に起こっていたであろう現象に対する戦慄が凌駕する。
「お…………おい! 凪人、どこへ行った!?」
縋るように、願うように、私の声は空へと舞う。だが。その言葉を返す者はいない。
「凪人ぉぉぉーッッ!」
絶叫しながら、床を蹴る。此処にいるのはキケンだと、全身が訴えてくる。
スペルカードルールを知ってから、幻想郷であんなモノを見る時が来るとは思わなかった。非殺傷である事が当たり前の弾幕で、人が死ぬ所なんて見たくなかった。
だと言うのに。始めての異変がこうだと言うのか。
気持ちを千切りにされながら飛ぶ私に、声が掛けられる。
「あら、逃げるのかしら」
「ッ! お前は!?」
突然現れた、青い服にスカート……メイドだろうか? メイド服を来た女。声には温度は無く、香霖堂にあった蓄音機を思い出させる。手にはナイフとスペルカードを持ち、銀色の髪と青い瞳が美しい。
「(どこから現れたんだ? 何故炎の生物探知機にひっかからなかったんだ?)」
疑問よりも、課題を片付ける。メイド服の女から距離を取り、八卦炉の探知式を破棄する。
プレッシャー。過去にあった誰よりも誰よりも強い、抜き身の圧力。
手に握られたナイフが空間に溶け込んでいるかの様な、強い、殺す気持ち。
「どこだァー凪人ーッ! どこへ行ったんだァーッ!」
ありったけの声で叫ぶ。僅かに残った願いだけが、この声を出させる。
しかし、やはり、残酷なものは残酷なままである。
「凪人は…………」
メイドの手に突然現れた、二つの肉塊。一般的にはそれは、人体の腕と呼ばれる部位。
「粉微塵になって死んだ」
空に浮かんだ腕に、銀の刃が詰まる。
血飛沫が舞い、本当の肉塊となって落ちていく。
「レミリアお嬢様に害するなんて思い上がった考えは、正さなければならないから…………」
そう言うと、再びメイドの手には銀色のナイフが出現する。
「ひとりひとり、順番に順番に、この紅魔館の花壇にバラまいてあげる」
その眼。何物も見ない盲目の瞳。
全てに置いて二元であると論している様な瞳が、此方を見つめていた。
それは即ち、「主」と「それ以外」であると。主の命以外は、例えスペルカードルールでも縛る事は出来ない。
「嘘だ…………」
八卦炉を握る力が強くなる。恐怖。畏怖。恐れ。そんなものより湧き上がるモノがある。
コイツは……自らの主の為に、人を殺めるのか。
「凪人を…………」
ありえない。おかしい。そんな事が、許される筈が無い。
――――ああ、そうだ。だが、それ以外に単純な感情だ。
「殺したなんて…………」
スペルカードを使わない、全力での魔砲。集中していく魔力に、八卦炉が少しずつ熱くなっていく。
弾幕は火力、これは鉄則だ。ではもう一つ、掲げようじゃないか。
火力と共に大切とされる、弾幕ごっこの秘訣を。
溜め込んだ魔力を圧縮、圧縮、圧縮。そして――――
「ウソをつくなああああああ――――ッ!」
――――恋符「マスタースパーク」
一気に、開放。
最大火力での殲滅。一撃必殺。それが、必要な心構え。
そして、私の思いはただ一つ。知り合いが殺されたら、こんな想いしか残らないだろう?
「私は今、魔砲にセーブを掛けないで打っている」
怒ってるんだ。霧雨魔理沙は。
アホみたいに馬鹿正直な従者の行動に、トサカに来てるんだ。
「死にたい奴だけ掛かって来い!」
八卦炉が指し示す先には、紅いメイドがナイフを構えていた。
まるで、獲物を見つけた犬の様に。
咲夜・アイス。もしくはヴァニラ・十六夜
ハイレグな咲夜さんとかパネェわ