031:04/ヴワル魔法図書館
さぁ、こういうのはどうするべきなのだろうか。
僕が知っていた紅魔館は、もう少し普通の内装をしていた筈だ。少なくとも廊下は捻れておらず、階段はそこかしこに動き回っておらず、ましてや天井に扉などありはしない。何時の間に本物のウィンチェスター館になったんだ。ここは。
妖精メイドがいない為、ゆっくりと飛行していた霧雨が舌打つ。
「参ったな……」
それは言わなくとも分かっている。
「こういうのを突破するのは、アイツの方が巧いんだけど」
「アイツ?」
「博麗の巫女、って言えば分かるか?」
話にしか聞いていないが頷いておく。フランによるとリアルチートを地で行く巫女らしいが、はてどういう意味なのか。
「アイツ……霊夢はな、歴代の巫女の中でも飛び抜けてるらしいんだ。弾幕の組み方も巧いし、私程じゃないが速い。しかも、色んな事を勘で見抜く様な奴なんだよ」
「勘?」
「そうだな……例えばいきなり、全方位から弾幕が飛んできたとする。私だったら弾幕よりも早く動くか撃ち落とすかするけど、霊夢の場合は考え方の根本が違う」
床に付いた窓を開け、廊下を進んでいく。
「常に一つの選択肢しか持ってないんだ。そう思ったからそうする。それ以外の選択肢なんて用意してない。セオリーに囚われず、脊髄反射ですらない。行動原理が第六感で成り立ってるんだ。
だからこそ頭全部が一つの動作に集中出来て、弾幕を躱せるのかもな」
……それは、何も考えず何も見ず触れずとも、ただ「こうだ」と思うだけで動くと言う事だろうか。策も謀略も無く、敵を打ち破る才能がある。そんな人間がいるのか。
「言いたかないけど、多分天才って言うのは、霊夢みたいな奴なんだろうな」
「……天才」
才能だけで凡百を凌駕する異才。努力によって開花する者、生まれながらの者、様々いるだろうが、霊夢とやらの場合は後者なのだろう。霧雨の声から滲む悔しさは、いつぞや僕が体験したモノに似ていたから。
「けど、私にはアイツに出来ない事が出来るからいいんだ」
空気を変えるかの様に、取り出したミニ八卦炉を見せつけてくる。その横顔は、どっかのトラブルメーカーがナニカやらかす時の顔に似ていて、知らずと身構えていた。
「……と言うと?」
形だけは、尋ねておく。と言うより、聞かないでいると心の準備より体の準備が出来ない気がした。
「さっきも言ったかもしんないけど、さ――――」
伸ばした腕。狙う先は、何にも無い壁。
そう、『何にも無い』のだ。窓も、扉も、階段も通路も灯りも家具も何も無い。異の中で唯一の常は、とても目立つ。
「――――弾幕は火力だぜ!」
その台詞と共に、彼女の手から白光が溢れ出す。留める為の堤防をも破壊するだろう大河は、何物に止められず駆けていく。
そして雷光は壁を削り、削り、削り――――――
「むきゅ」
奇妙な声が聞こえたかと思えば、周囲の景色は激変した。
捻れ狂っていた廊下はただの一直線となり、階段も窓も無くなり目の前には壁の残骸と穴。
そしてその奥には、薄暗い中に本棚が並んでいるのが確認出来た。
「お、いい感じに出来たな」
「……大分お前も天才だと思うぞ、霧雨」
「努力の天才、って言うなら認めてやるよ」
照れ隠しなのか、頬を掻きながら壁に出来た穴へと入っていく。
瓦礫に紛れて何か柔らかいモノを踏んだ気がするがきっと気のせいだろう。
女の名はパチュリー・ノーレッジ。幻覚の魔法を使う。戦いもせず再起不能