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東方災生変  作者: すばみずる
忘れられた世界
27/51

026:妖精の円舞曲



 紅魔館に赤瀬凪人が現れ、三日程。特に変化も無く平穏そのものであった館に、ちょっとした事件が起こった。

 その始まりは、けたましい鐘の音で始まる。



「な、なんだ!?」

「侵入者じゃないの? 気にするのは良いけど、避けられるのー」

「って、住人のお前は少しぐらい気にしぃってぇぇぇ!」



 ……と、引き篭もりの二人の反応はこの程度だったが、館の住人達はそうはいかない。妖精メイド達は上司のナイフを恐れて迅速な対応を、その上司は警報の発信源へと静かに向かう。

 そして原因――――割れた窓ガラスの付近では、突然の騒音に驚く小さな影があった。


「う、うわぁ……どうしよ?」


 途方に暮れているのは、メイド服を着た赤色の髪の妖精。この館に勤めている者だろう。そんな彼女が、飛び散ったガラスを前にして戸惑っている。

 もし彼女が不注意で窓を割ったのなら、事態はまだ簡単だった。注意を受け、片付けをして、平常業務に戻れただろう。だが、そんな事だったら警報自体が鳴る訳が無い。何故なら、ガラスの破片は内側へと広がっていたのだから。


「止める……べきかなぁ」


 否、それは最初期だけであった。赤い妖精が躊躇う間に、ガラスと言うガラスは中へ外へと砕けていった。まるで、水面に跳ねる水飛沫の様に。

 その原因は――――


「物影に隠れるなんて、ひきょー者のやる事よ! 完全に包囲されてるんだから出てきなさいー!」


 水色の髪、水色のワンピース。そして氷の弾が特徴的な妖精と、


「そ、そんな事言われても、チルノちゃんの弾幕、避けきれないんだもん……ひゃっ!」


 括った緑色の髪が可愛らしい、半透明の羽を広げる妖精。

 その弾幕ごっこは、並みの妖精のじゃれ合いを軽く凌駕している。特に外から弾幕を放つ氷精は、何枚かスペルカードまで放っている。

 対する緑髪の妖精もクナイの様な、直線弾幕特有の弾を円上に放つ。その密度も乱雑さも優れている訳では無いが、単に攻め手が苦手なだけなのだろう。

 状況は氷精の優勢。だがしかし、それは緑髪の攻めが甘いだけだ。見る限り、緑髪はさも飛んでいる様に見えて、羽を広げているだけだ。浮遊以外を行っていない。

 つまり氷精の弾幕は狙いが甘いのか――――違う。確かに考え無しの弾道ではあるが、それでも敵を認識して射撃はしている。

 しかし、それを緑髪の妖精は浮くだけで(、、、、、)避けている。まるで奇術の様に、消える事で避けているのだ。


「…………」


 思わず見とれてしまう。同じ妖精でも、ここまで違うモノなのか。そう考えてしまう。

 出来るなら見ていたい、ずっと眺めていたい――――そんな刹那を切り裂く一閃が、赤い髪を通り抜けて弾幕へ割って入った。


「えっ?」

「うわぁ!?」


 突然放たれた銀の光に反応し、妖精達の動きが止まる。一人は恐怖で、二人は本能で。

 そこに割って入ったのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。青い瞳が捉えているのは、外敵の二匹だけだ。

 猟犬は、姿の無い主に指示を仰ぐ。


「お嬢様、妖精が二匹…………はい…………力はある様です………………分かりました、排除します」


 ただ簡潔に答え、ナイフを持つ。赤瀬凪人の戦闘で減った筈のナイフは全て回収され、彼女の手にある。

 スペルカードも何も持たない、純粋な使命感による行動。それをまず向けたのは、館の中にあるモノにだった。

 再び、一本のナイフが飛ぶ。


「ひゃあ!?」


 立ち尽くす緑髪を掠める銀のナイフ。頬に紅い直線が走るが、切られた本人は気付かない。何かが飛んできたとしか認識出来ていない。

 だが、その友人は違う。氷の羽を羽ばたかせ加速し、紅魔館に突入する氷精。僅かに残った外壁と格子を破壊して、緑髪の妖精の前に、メイド長の前に立つ。


「大ちゃんに――――」


 そしてそのまま羽の様に氷弾と共に左右に展開させる。


「――――何するの!」


 氷羽が砕け、無数の氷弾となり十六夜咲夜に襲い掛かる。アイシクルフォール。彼女のスペルカードを知る者ならそう呼ぶであろう弾幕が起こる。

 流れ来る氷は廊下に広がり続け、回避させる隙間を無くしていく。じわじわと、じわじわと、そしてやがては凍結――――する筈だった。


「無駄よ」


 その一言が示す通り、十六夜咲夜には一発たりとも当たっていない。別段彼女が特殊な動きをした訳では無い。空間認識能力と天性の勘だけで、ただ前に進むだけで避け切れると氷の滝を見た瞬間に判断させてしまった。


「チルノちゃん!」


 大ちゃんと呼ばれた妖精が、氷精――――チルノを後ろに引っ張っていなければ、そのままゲームオーバーだっただろう。水色の前髪先、僅か数ミリをナイフが掠め飛ばす直後、チルノの姿が消える。


「ッ」


 息継ぎの様にバックステップ。左足がカーペットに触れる前に、十六夜咲夜は奇術のタネを見破っていた。

 何てことは無い。彼女達のどちらかが――おそらくは大ちゃんと呼ばれていた方――、瞬間移動を得手としていたのだろう。仮にそうでないとしても、二人の居場所は分かっている。角を曲がる影を見つけるなんて、廊下の端から向こう側の端にある埃を見つけるより簡単だ。


「あ、あの、メイド長。わたしは、その、なにもしてなかったんじゃなくて、なにもできなかったというか……ええと…………」

「…………」


 必死に弁明をしようとする部下を、無感情な目が貫く。いや、貫いてすらいない。眺めているだけだ。咎めも無く、意味も無く、視線がそちらに向いているだけ……そう感じる目だった。

 仕事に戻りなさい、とだけ残し歩き出す。侵入者を追うにはゆっくり過ぎる速さ。だが彼女にとっては時間なんてモノは関係無い。



 一方、大妖精の危うげな行動によって一時的に逃げられた二人。全速力で飛び回り、群がる妖精達を叩き落としていく。

 大妖精の頭の中では、後悔の念しか浮かんでこない。さっきの「移動」で館の外にいければ良かったのに、なんで中に跳んでしまったんだろう。それよりも、なんでこのお屋敷に近付いちゃったんだろう、なんで……と、良ければいいのに後悔ばかりを重ねてしまう。

 しかしチルノは違う。何も理解せず、たださっきまでやっていた弾幕ごっこ続きをやっているとしか思っていない。ただちょっと、参加する人数が増えただけ。


「は、早く外に出ないと……ねぇ、チルノちゃん」

「んー?」

「どこに向かって飛んでるの?」


 そう。今の今まで先導を行っていたのはチルノであり、大妖精はその事について全く知らない。もし、チルノが当てもなく飛び回っているだけだとしたら、どうにもならなくなる――――


「知らないよ。大ちゃんが知ってるんじゃないの?」


 どうにもならない。

 思わず頭を抱えたくなる返答。だが、そんな事をする暇があるなら飛ばなければならない。


「ああ、もう――――!」


 いいよね? キレていいよねこれは?

 普段は振り回されるばかりの彼女も、堪忍袋の耐久力が0に近付けば話は別。ふつふつと湧き上がる黒い感情と想いをなんとか心の中に押し込める。


 妖精達が少ない道を選びながら飛ぶ。何時さっきのメイドの様な危険人物が来るかも分からない緊張感は、羽の動きを休ませない。それは流石にチルノも感じ取っている。氷の羽は忙しなく、視線は時折後ろへ向く。


 だが、追撃者はこの館に十年以上仕える者達。単純に逃がしている訳ではない。


 角を曲がった所には、既に数十発の弾幕が敷き詰められていた。


「ッ!」


 ――――待ち伏せ!

 予想はあった。だが、即座に身体が回避を選ぶには足りない。何とか身を捩り、被弾を少なくする。


「くぅ!」


 飛行の勢いで辛うじて弾幕と妖精の間を突破するも、その代償は氷の羽と半透明の羽。腕を丸めて床にぶつかる衝撃を和らげるが、すぐに動ける傷でも無い。


「だ、だいじょぶ? 大ちゃん」

「多分……なんとか……」


 頭でも打ったのか、ぐるぐる目を回す大妖精をなんとか立ち上がらせるチルノ。

 お互いに傷を確認しあう暇も無く、妖精達の羽音が近付いてくる。


「……大ちゃん」


 チルノが、細い腕に力を込めながら大妖精に話す。


「先に逃げて」

「……えっ?」

「大ちゃんだけだったら、簡単に逃げられるでしょ? だから、早く」

「ちょ、ちょっと、チルノちゃん!」


 言いたい事だけ言い切り、突き飛ばす様に大妖精を弾幕から逃がす。氷の塊を妖精達に投げつけ、なんとか振り返る隙を作り出し、


「またね!」


 何時も通りの笑顔を大妖精に向けて、妖精達へと走っていった。

 その笑顔で、涙目の大妖精は立ち上がれた。震える足に鞭を打ち、走り出す。

 あんな風に今笑えないなら、せめて彼女を迎えられる様に、先に帰ってないと――――――。


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