023:姉に勝る妹
青い光弾――弾幕が、此方を正確に狙ってくる。その弾道を間違った方向に誘導しながら、飛び散る紫弾をかいくぐる。
飛べない事はデメリットと言われた。だが、元々そうなっているのだから損は無い。弾道の隙を逐一頭に叩き込み、薄皮一枚掠りながら逃げる。逃げる。逃げる。
スペルカードルール。
化け物相手でも人間が『勝つ』事の出来る遊びで、弾幕ごっことも呼ばれる。
先に相手のスペルカード――弾幕のパターンを記した呪符。パソコンのプログラムやショートカットの様な物――を打ち破るか、全ての弾を避けきるかによって勝敗は決まる。
大抵の場合は人間はスペルカードも弾幕も無し、あるならば刀剣等による近接攻撃か銃器による銃撃戦が主。理由は簡単で、弾幕なんてモノを放てる人間が少ないからだ。
最終的な勝ちは立っていられた方か、相手が負けを認めるか。妖怪の様な耐久力があれば多少当たっても負けには見なされない。人間も同じだが、妖怪が放つ弾幕に歯を食いしばって耐えられる者がいないので大抵は一回、多くて三回でノックアウト。特殊な場合だが、スペルカードを身代わりにする事で被弾を回避する事も出来る、らしい。
一昔前は殴り合いもOKだったらしいが、今では廃れたそうな。
このルールに則り、僕は目の前に展開されるスペルカード――「禁忌『クランベリートラップ』」を避け続けている。全力に走りながら、では無く、時折ゆっくり歩いて密集した弾幕をやり過ごしたり、完全に止まった瞬間に鼻先に弾幕を掠らせたり、三角跳びの様に壁を蹴って、宙に浮かぶ金髪の幼女に殴り掛か――――
「だから、無駄だってば」
――――れず、虚しく空振った腕を伸ばしながら重力に従い、弾幕の飛び交う中空へと落ちていった。
◆◇◆◇◆◇
ばっちゃん、と水がぶちまけられる音。冷たさで胸から頭までが痺れるが、驚きの声を上げる事は無い。
「なんでわざわざ近寄って殴ろうとするのかなぁ……」
呆れた声を出すのはフランドール・スカーレット。僕の命の恩人であり、目覚めた時に土足で踏んづけやがっていた幼女。
とは言え幼いのは姿だけで、言動や思考は大人と遜色無い……いや、本人曰く495歳なのだから当たり前か。外見詐欺である。
「と言うより外見が幼すぎる」
「可愛いは正義」
「自分で言うのかこのクソガキ。ついで誰が可愛いと言った」
……誰の影響なのか、外の世界の所謂ネタ的な物も偏りがあるにしろよく知っている。とは言え、僕自身ゲームやアニメはそこまで興味が無かったので時々噛み合わない事があるが。
彼女曰く、生ゴミ同然だった僕の『持ち主』にされた被害者、だとか。押し付けてきたレミリアの事を姉と呼んでいたので姉妹なのだろう。ロクでもない姉妹だ。
で、なんとも傍迷惑な事に。どうやらレミリアは僕にある仕掛けをしたらしい。詳しい理屈は抜きにして、僕の命がある限りこの地下室の結界は延々と再生されるらしい。結界と僕の身体を同一化させた云々、魔法陣が云々、キュッとしてドカーン云々。
と、その前に。何故レミリアは自分の妹を閉じ込めなければいけないのか。それについてはフランドール・スカーレット本人が語っていた。
「私の能力が強力過ぎるのと、私の気がおかしくなってるから」
「……………………」
「無言で壁際まで行くなんて失礼ね。何を想像してるのよ」
いやだって、気狂いとか言われたら、ねぇ? 少しは離れたくなりますよ。
「私の狂ってるって言うのは、他人と少し波長がズレてるだけよ。例えば……そう、貴方は小鹿を見てどう思う?」
「どう、って……小さくて、可愛いとか?」
「そう。だけど私は『美味しそう』とか、『殺してみたい』とか、そんな事を考えちゃうの。モノに対する考え方が違うってだけよ」
なにそれもこわい。本当に大丈夫何だろうなオイと本人に言っても狂ってる奴のお墨付きなんざありがたくも何とも無いのでもう触れない事にした。
そう言う訳で。レミリア・スカーレットによってフランドール・スカーレットは約495年間軟禁されていたそうな。能力の事から考えると何時でも抜け出せそうなのに、敢えて此処に留まってるんじゃないか。何だかんだ言ってやはり姉妹の絆的な物が以下略。
……かと思ったのだが、どうやら抜け出さないのには大きな訳がある様だ。簡単に言うと、退治されかねないから。吸血鬼を退治するとかどんなんだよ、と思ったが、幻想郷が常識に縛られている訳が無いのでスルー。ってか、吸血鬼がいる事自体が問題。
まぁとにかく。この部屋から僕が出るのはちょっとばかし無理に近いと言う訳だ。試しに扉を開けようとしたが当たり前の様に開かず、弾幕を当てて貰ってもビクともしなかった。
フランドール・スカーレットの能力――――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力なら結界を破壊する事は容易いらしい(どうやら僕がもがいていた時に『痛み』を破壊したらしい。万能過ぎる)。だが、そこにはある弊害があった。
「さっき言ったでしょ。結界式とあなたの身体が同一化されてるって。結界が壊れればあなたも一緒に、」
気絶している間にでも用意されていたティーカップから手を離すフランドール・スカーレット。その様は、分かり易く僕の行く末を示している。
「なんとかして剥離させる方法は無いのか?」
「私は魔法使いでもなんでも無いもの。私に視えるのは結界とあなたの“目”――――壊れやすい所が一緒になってるって事だけ。張ってある式は結界だけ。多分あなたの身体自体を結界の起点にでもしてるんじゃないかな」
起点が壊されれば結界も壊れる。結界が破壊され続ければ結界が機能しなくなるまで起点が消耗する。こういう事らしい。
……いや、どういう事だよ。誰か解説して。
「お姉様の狙いはコレでしょ。私に命令しても素直にあなたを壊すとは思っていない。だからあなたを唯一部屋から出られる手段にしてしまえば、私があなたを壊して一件落着、と」
「……御高説どーも」
QEDとでも締め括りそうなドヤ顔にパチパチと拍手をする。満足そうな顔は外見相応のモノだ。
ああ、全く。狂っているって言ったのは誰だ? コイツは十二分に理性的じゃないか。何故か? 何か策があってこそ、僕を生かしているのだからな。
「ええ。私はお姉様の決めた運命なんて大嫌い。その所為で私は此処で閉じこもってなきゃいけないんだもん」
「……決めた運命?」
少し引っ掛かる言い方を問う。普通は『思い通り』と言いそうな所だが、その言い方ではまるで運命を操っているかの様な言い方だ。
「お姉様の能力は『運命を操る程度の能力』。だから未来視をする事もあるし、ある程度の勝負運もある。まぁ、いざって時にはダメダメだけど」
そんな風に呆れた声で言われたが、呆れたくなるのはこっちの方だ。運命を操るだなんて、あらゆる面において最強じゃないか。これから起こる事を全て知り、思いのままにする。逆立ちしたって勝てる訳が無い。
「……誤解があるみたいだから言うけど、あくまでお姉様の『自称』だからね? 運命を操るって言うのは」
「自称……って事はなんだ、嘘っぱち?」
「全部が全部、じゃないけど、少なくとも生物の生き死にについての運命なんかには強制力は無いみたい。行ける道筋は分かっても、そこに沿って歩けるかはお姉様の地力次第って訳」
成る程、と少し安心する。その言い方だと未来視に近い能力なのか。それなら、簡単な話だ。
「全身全霊、使える手札を全部使って、お前の姉を出し抜けば良い」
「ええ。だからあなたとこうやって話してる」
くつくつと笑いあう。決して信頼も信用も無い関係。だが、口に出さずとも分かる。コイツと僕なら共同戦線を張れると。
「僕はレミリア・スカーレットを倒して、知人を取り返す。……最低でも、この屋敷から抜け出す」
「わたしはお姉様の意のままになるのが嫌なだけ。お姉様があなたに死ぬ事を望んでいるのなら、その運命を壊してあげる」
僕が何故戦ったのか、誰を助けるのか、一切聞かずにその手助けをすると断言したフランドール・スカーレット。
その紅い瞳には淀みは無く、ただただ純粋に楽しそうであった。
「と言う訳で……まずは、もう一回弾幕ごっこやろ?」
「なんでそうなる。もう十回はやってるから十分だろ」
そう。さっきまでの弾幕ごっこはコイツが暇だと喚きやがるから付き合ってやったのだ。そのお陰でスペルカードルールを学べたから良かったが、正直身が保たない。と言っても僕にとっては痛いだけだ。が、これ以上服をボロボロにしたくない。
「コインいっこでコンテニュー」
「連コインは嫌われるぞ。その前にちょっと服脱ぐ」
了承を得る前に、血の所為で緋か蘇芳に染まったワイシャツを脱ぐ。両の袖は既に無く、胴の部分も穴だらけだが何とか着ていられる。
フランドールの持ってきていたバケツの上で雑巾の様に絞る。水と共に血が染み出すが、恐らく色は落ちないだろう。
「…………」
「……ん?」
ふと顔を上げると、フランドールがこちらを凝視している。日本人らしい中肉中背から少し脂身を引いた様な僕の身体を舐め回す様に見て、笑顔で一言。
「貧弱なぼーや」
「よし逃げろ狩りの時間だ」
……一分も経たずに上半身裸で昏睡したのは言うまでも無い。