013:宵闇からの歓迎
――――――光が頬を掠める。痛みや熱は感じないのが、尚更恐怖心を掻き立てる。
そも、光は物体の様に表現されるべきでは無い。ロボットアニメの光線技ならともかく、現実には光が『掠め』ても熱以外には触られる感覚はしない筈だ。
だが、あの発光体と言うにはぼやけ過ぎ、光と言うには固まり過ぎているモノはハッキリと僕の身体に触れているのが分かる。
ただ、そこから分かるのは、この光は多分当たってはいけないモノだと言う事だけだ。
数分前に僕が取った行動の何がいけなかったか。何時まで経っても起きない幽夜をおぶって荒れ道を下山――言うほどの高さでは無かったが――して、星明かりを頼りに道を歩いていた所までは良かった筈だ。それとも、あのまま尻を凍えさせていたら良かったのだろうか。それは幾ら何でも酷な話だ。 あの後、道を訊こうとしてアレに話し掛けたのが間違いだったに違いない。嗚呼、何故気付かなかったのだろう。夜空の光しか無い暗闇に、少女が独りで居るなんておかしいに決まってるじゃないか。
『――――貴方、食べて良い人間?』
前後の会話は思い出せない。言葉から滲み出た威圧感と真っ暗闇。その後に現れた無数の光の玉の所為で、頭の中は文章しか残っていなかった。
――――逃げろ。
――――アレはお前が敵う相手では無い。
――――逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
今すぐに――――――両手を上げて降参するか、全霊を奮い逃走しろ!
「ハッ、ハァッ、ッ、ハァァ……! ハァッ、ハァッ!」
荒い息をしながら、初めて父親に感謝する。根本的な才能が無い僕の身体を痛めつけてでも鍛えてくれたのは、今になってありがたく思う。
だけどやっぱり凡人は凡人な訳で。数分に満たない時間でも、短距離でしか全力で走れないのは仕方がない。
「――――――ッ!?」
腕と脇腹の間に光が通る。危うく当たりそうだった幽夜の足を持ち直し、体勢を低くした途端に髪の毛に違和感を感じた。
毛先、およそ5mm。両側頭部を後ろから薙ごうとした光線が、僕の身体の末端を消していった。
「くッそ……なんだよ、なんだってんだよ!」
悪態。けどそれは、口から零れるだけでなんの意味の無い言葉。
現時点で僕に課せられた任務は、最高速度で戦場からの逃避する事だ。夏の夜の涼しさも、背負った荷物の重さも、全てを忘れて走る。
振り向くと、未だに影が見える。アレは周囲に光の玉……いや、弾を撒き散らして『飛んでいる』。比喩表現でも何でもなく、夜道を歩かずに飛んでいるんだ。
何時の間にか夢の世界にトリップしてた訳でも無ければ、間違い無くアレは人外の類だ。あれだ、一昔前にTVでやってた様なチュパカブラとかモスマンとか。外見が少女なのは擬態か、擬態なのか。餌が寄りやすいとかなんとか。
畜生、今日は絶対厄日だ。カレンダー見忘れたけど仏滅だったに違いない。変な年増には睨みつけられるし、小さい子には追い掛けられるし。恨むぞ八雲……いや、まず恨むべきは幽夜か? どっちにしろ、此処でなんかあったら痛い目合わせてやる。
そんな事を考えて出来るだけ疲れを無視して走り続けていると、目の端で捉えていた毛先を焦がす光線が急に止んだ。
「……? と、にかくッ、走らないとッ!」
体勢を直し、ひたすら両足を前に。暗闇の中を進むのは、道なりだとしても難しい事だと分かる。周りを気にする余裕が無くなりやすい程に。
体感時間は凄まじく、だが腕時計の針は長針を数mm動かしただけの逃走劇は、星が白んだ空に消えるまで僕の独り相撲と題目を変えて続いた。