XXX:そして赤い青年は
◇◆◇◆◇◆
見た事の無い和風の家に、私は寝転んでいる。視界には茶色い木の天井。身体は指と目しか動かせず、自分で立ち上がる事も出来ない。
風が流れて涼しくて、草木の揺れる音が柔らかくて、心地良くて、今にも眠りに落ちてしまいそうだ。
けれど暫くすると、急に視界が動き出す。頭と胴の後ろに体温を感じた。誰かが私の事を持ち上げている様だ。がさつな扱いをされて、私の眠気は何処かへ飛んでいってしまった。
何時もの私なら不届き者に御札の一枚や二枚投げてやるけれど、今の私はされるがまま。不快さが無いのがせめてものの救いだ。
浮かび上がっては元の高さに落ち、上がっては落ちる景色。どうやら、高い高いをされているみたい。これで喜べる赤ん坊と言える時期はとうに過ぎた筈なのに、とても楽しい。
この感覚が、私を支配している。この「空に浮く」感覚、「空を飛ぶ」感覚が、私の全て。
何故かは分からない。きっと、この時が私の持つ最初の記憶だから。
◇◆◇◆◇◆
寺子屋に通う位の年頃だろうか。不思議な服を着た女の子が、朝霧で霞む長い長い石段の一番下に座っている。赤い袴を腕にくっ付いてる様な白い袖で覆っているのは、きっと膝を抱えているから。
黒髪が俯いた表情を隠し、起きてるのか寝ているのかも分からない。だけど私には、何故かその子が寂しがっている気がした。
――――どうしたの?
私が声を掛けると、女の子は顔を上げる。その顔は、予想に反して不機嫌そうな顔だった。
――――誰? なんの用?
ぶっきらぼうな声。ジトッとした目によく似合う声で、少し可笑しい。
――――私はマリサ。アナタは?
――――……レイム。で、なんの用なの?
レイムの隣に腰を降ろしながら、その問い掛けについて頭を捻る。無計画なのは私の悪い癖だ。取り敢えず、思い浮かんだ事を言ってみよう。
――――実は私、授業をサボったんだ。だから、その暇潰し。
――――……暇潰しに話し掛けたの?
またジトり。不機嫌なのを示しているのだろうが、どう見ても可愛い。ここで笑ってしまえば本格的に機嫌を損ねそうなのでグッと堪える。
――――けど、あなたも暇でしょ?
暫くの沈黙は、恐らく肯定の意だろう。まだ日が高いこの時間帯に外を出歩く子供はそうそういない。寺子屋での初等教育は必要、と解いて回った先生が昔いたらしい。今も存分に教鞭と額を振るっているだろう。
だとすれば、レイムは何故ここにいるのだろう。私の様にサボったのだろうか。
――――……博麗。
――――え?
今度は否定的な目つきは伏せられ、言葉だけで私に語りかける。
――――博麗の巫女ってだけで、なんでもかんでも詰め込まれるの。ほんと、バカみたい。
――――……ハクレイ、の、巫女……。
何処かで聞いた。ココの管理者だとか、守護者だとか。およそ人間とは思えない性能の巫女。
――――レイムは、ハクレイの巫女なんだ?
――――見習い未満のね。先代巫女に拾われたのが運の尽き、だって。こちとら赤ん坊の頃だっての。
大人びた振る舞いだと言うのに、頬を膨らませたりする仕草や表情は子供そのものだ。行動と言動と外見がミスマッチして、実年齢を計りづらい。
――――巫女って、スッゴい強いんでしょ? 何が出来るの?
我ながら、分かり易く子供らしい質問だ。ブツブツと文句を言うレイムも、そんな質問で毒気を抜かれてしまったらしい。
――――少しだけだけど、飛んだり、御札書いたりとか、五行の初歩とか……
――――ゴギョウ?
聞き慣れない言葉に首を傾げる。うーん、と少しばかり唸ると、突然レイムが立ち上がった。長い黒髪と白い袖が揺れる。
――――こういうモノよ。
何処からか取り出した紙片。ミミズがのたくった、と言うには少しばかり気品を感じる線が描かれていたが、そんな考えは次の瞬間に消え去った。
――――水生木、疾れ!
例えるなら、雷光の河。目の前の少女が構えたタダの紙切れから、白い奔流が産み出された。
これこそが迅雷、と言うのだろうか。大地を焦がす儚い光を眺めながら、自らの少ない語彙から捻り出す。
これが、私の原風景。
稲光に、『魔法』に魅せられた私が、この時生まれたんだ。
◇◆◇◆◇◆
罪。
それは、自分の歩んできた道。
それが、自分の存在条件。
一生の苦楽を共にし、永遠に対峙する半身。
最初の罪を犯した時こそが、自分が世界に認められた時だった。
◆◇◆◇◆◇
紅い霧に包まれ、非現実の帳が降りる幻想郷。
紅い風景を二人の少女は飛ぶ。
紅い眼の悪魔はそれを待ち構える。
紅い狗は刃を研ぐ。
紅い門番は眠りから覚めず。
紅い妖精達は何時も通り。
そして赤い青年は――――――