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大親友のためなら

「ちょっと陽太、あんた詩織とケンカした?」

「は? 知らねぇし」


 このバカ弟は、相変わらず生意気で口のきき方というものを知らない。

 私の弟とは思えないくらい鈍感で、そしてデリカシーというものが欠落している。


「言ってみな? 何やった?」

「何もやってねぇよ」

「んなワケないだろ、詩織は理由もなく泣いたりしないんだよ」

「え、詩織さんが? 泣いてた!? なんで!?」

「泣いてたよ。陽太が陽太がーって言ってさ。どーせあんたが何かやったんだろ、オラ吐け。詩織に何やった? あ?」


 私の同級生にして大親友、詩織が家に遊びに来るようになったのは3年くらい前。私が中2の頃だ。

 一人っ子の詩織は妹か弟がほしかったらしく、私にとって邪魔くさくて仕方のないこのバカ弟、陽太もデレデレに甘やかしていた。


『陽太くん、シュークリーム買ってきたよ? 一緒に食べよ?』

『えっ? 宿題わかんない? 良いよ良いよ、教えたげる。どこ?』

  

 といった具合で、実の姉である私は考えたこともないくらい、陽太を甘やかしてきた。

 

 ちなみに、陽太は外見だけはいい。

 今年中3で、既に私よりも背が高い。

 バス停でただ立っているだけで、女子高生だの女子大生だのOLだの主婦だのに声をかけられる事があるんだとか。

 率直に『コレの何が良いんだか』と思ってしまう。


 がさつでズボラで大雑把で無神経で、徹頭徹尾細かいところに気づかない。

 色気より食い気で、おまけに唐揚げのラス1をためらいなく食べるくらいに図々しい。

 何より女心というものをビタ一文わかってない。


 詩織にとって、陽太が好みのタイプど真ん中であることは、私もわかった。

 健気にも、詩織の方から何度も何度もアプローチをかけているにも関わらず、このクソガキは私の親友の決死の行動に全く気づかない。


「何もしてねぇって」

「陽太が何もしないから泣いてんだろバカ。いい加減気づけって話なんだよ」

「ンだよ、やりすぎ都市伝説? 信じるか信じないかはあなた次第ですって?」

「はいはいイルミナティイルミナティ。ってかさぁ、陽太ホントに何も気づいてないわけ?」

「何に?」


 あぁダメだこのバカ。

 本当に何も気づいてない。


「あーもう本当に、詩織はもったいないわ。こんなニブいヤツにはさぁ」

「は? ニブくねぇし」

「ニブい奴は自分がニブいって事にも気付けないの。鈍いから」

「ワケわかんねぇ……何なんだよさっきから――って詩織さんだ」


 陽太が不意にスマホを持ち上げる。

 何かのメッセージでも送られて来たんだろうか。

 

 私を睨みつけていた不機嫌そうな顔が、一気に眉が上がり目が見開かれる。

 おい何だその嬉しそうな顔。

 いつも私に向ける、あの無愛想で表情筋に一切力の入ってない顔はどうしたコラ。


「は? 俺にカノジョ!? 何それ!? え? えっ? どゆこと!? ちょ、姉ちゃん!?」

「なんで私に振るのよ。私だって知らん」

「いや、待って待って待って!? 知らんし! ね、ちょ、姉ちゃん何で詩織さんこんな事言ってんの!?」

「何? 詩織はなんて言ってきてんの」


 陽太からスマホを奪い取って、詩織からのメッセージを開いてみる。


『ごめんね、あんまり私からメッセージ送ったりしたら迷惑だよね。陽太くんの彼女さんに誤解されちゃうよね。メッセージも電話も控えます』


 あぁ、真面目な詩織らしい。

 クラスでも真面目な性格で知られ、部活も文芸部でいつも図書室で静かに本を読んでいる、そんな大人しい子だ。

 私とは正反対だけれど、中学生時代に出会って以来、異常なくらい気が合ってずっと大親友だ。

 今の私が、弟か詩織かどちらかを見殺しにしろ、と選択を迫られたら、迷うこと無く陽太を見殺しにする。それくらい私にとっては大切な友達だ。


「おいコラ陽太手前ェ、私の詩織に何してくれてんだクソガキが。ちょっと表出ろ。シバき倒してやる」

「待て待て待て姉ちゃん! 何? 詩織さん何言ってんの? 何で!?」

「はぁ? あんた本当い本気で解ってないの!? バッカじゃないの!?」

「はいはい、喧嘩なら2階に行って、自分の部屋でやんなさい。まったくもう」


 お母さんが呆れた顔を向けているけど、構うものか。

 詩織はもう何か月も、陽太にアプローチをかけていた。

 

『陽太くんは、歳上の女の子ってどう思う?』

『カップルでね、女性の方が歳上だとうまく行きやすいんだって』

『あのね、私彼氏ってできた事がなくって』

『私、チャラチャラした人って怖いんだけど、陽太くんなら怖くないなって思うの』

『もしもだよ? 私が陽太くんの彼女になりたいって言ったら、どう思う?』


 など、もう『それはもう告白では』としか思えないような事を、遊びに来る度に陽太に話していた。

 なのにこのバカときたら。


「これはもう、助走つけてグーでブン殴っても許されるよね。ね? お母さん、そうだよね?」

「待てって姉ちゃん、マジでわけ分かんねぇし! 母さん、何とか言ってよ!」

「お姉ちゃん」


 母さんが呆れた顔で、キッチンから鉄製のフライパンを取り出してきた。お父さんこだわりのフライパンで、結局使うのはお母さんばっかりという品だ。


「女の子がグーで殴ったら手を傷めるでしょ。コレ使いなさい」

「さすがお母さん、わかってる」

「ちょ、待って? 何で? 俺なんでそんな怒られるの!?」


 はぁ、これはもう本当に修正してやらなきゃダメだ。

 このままじゃ詩織が苦労する。親友としてそれは断じて見過ごせない。

 それにアレだ、人の気持ちを推し量れない弟を、実力を持って矯正するのは姉として当然の義務だ。

 

「陽太、足を肩幅に開いて歯ァ食いしばれ」

「だから待てって! 何でだよ!? まさか詩織さん、俺のこと好きとかそういうんじゃないよな!?」

「黙れ女の敵。喋ってると舌噛むぞこのバカ」


 さぁ、この重たいフライパンもようやく役に立つ日が来たか。

 ――と私が大きく振りかぶると同時に、陽太のスマホから着信音。今度はメッセージじゃなくて音声通話みたいだ。

 どこか操作をミスったのか、スピーカー通話になってしまったようだ。


「も、もしもし? 詩織さん?」

『あの……陽太くん、ゴメンね、さっきあんなメッセージ送ったのに。……今から少しだけ、話し出来ないかな?』

 

 詩織は鼻声だ。

 ついさっきまで泣いていたんだろう。ああ可哀想に、こんな愚かな弟のために泣くことなんてないのに。

 

 陽太は私の無慈悲なフライパンから逃げるように、階段を駆け上がっていった。


 2時間くらい経って、不意に私の部屋のドアからノック音。


「あのさ姉ちゃん、ちょっと良い?」

「何?」


 かちゃ、と申し訳なさそうにドアが少しだけ開く。


「あのさ……デートって何すりゃ良いの?」

「は? デート? ……まさか詩織と!? 2人で!?」


 本当に世話の焼ける弟だ。

 陽太はどうでもいい。詩織のためにも、ここは親友である私がひと肌脱ぐべきだろう。

 

「あ、姉ちゃんに聞いてもダメか。彼氏いた事もないし、詩織さんみたいに胸もないし」

「よし、表出ろ。お前の血の色確かめてやるよ」

今回のショートショートは、以前ちょっと書いた姉弟喧嘩もので、ちょっと方向性を変えてみました。

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