真実の愛とは、ゴミ同然。
オティーリエには半年前に両親のすすめによって縁を結んだ婚約者がいる。
オティーリエ自身、奥手な方で今まで愛や恋というものを知らないで生きてきた。
しかし婚約者のヘルムートとともにならば、それを知ることができるのだと信じていた。
けれどもヘルムートはある日、オティーリエに言った。
婚約者として、交流するためのお茶会、オティーリエの実家であるフォルスター公爵家の応接室でのことである。
「真実の愛に、気がついたんだ」
「……と、言うと?」
オティーリエは突然の話題に意味がわからずに問いかけた。
「いや、真実の愛を思い知ったと言う方が正しいかもしれないな」
ヘルムートはフッとアンニュイな笑みを浮かべて答えになっていない言葉を返した。
「……具体的におっしゃってくださる?」
そうしてオティーリエはもう一度丁寧に聞き返した。
すると彼はやっとオティーリエの方を見て、うんざりと言うように「はー……」とため息をついてから言った。
「君には微塵もわからないのだろうな。以前恋したことはないといっていただろ?」
「それは、否定いたしませんわ。事実ですもの」
「なら、なおさらだ。君にはこの胸の苦しみなどほんの少しだって理解できないのだろう」
「……」
端から理解できないと言われて、オティーリエはさすがに口をつぐんだ。
そんなふうに言われてはたとえ、理解できる素養があったとしても難しいのではないか。
そう思う。
しかしオティーリエの不満にヘルムートは気がつかずに進めた。
「私には、幼い頃から親密な関係の幼馴染みがいるんだ。名をアンネリーゼと言う。彼女とはお互いなしで生きていくなんて考えられないほど深い関係だったんだ」
「はぁ」
「しかし、お互い家のために背負った使命がある。それに幼馴染みから、男女の仲に変化することへの恐れもあった。だからこそ、いったんはお互いに別の相手を探して潔く決別しようと考えた」
納得のいっていないオティーリエにヘルムートは語り始める。
オティーリエにはわからないと言ったくせに説明はするらしい。
「それでも、真実の愛というのは残酷なものだ。一度会えばまたどうしようもなく胸が苦しく、どうしようもなく惹かれてしまう」
「……」
「そうして彼女と誓ったんだ。もう嘘はつかないと」
「はぁ、そう、ですの」
「ああ、だから私は君のことなどこれっぽっちも愛せない。アンネリーゼの魅力に比べたら君は酷く劣る」
言われてオティーリエは自らの頬に手を添えて見る。
それほど、酷い容姿だと言われたこともないし、家柄としても貴族の中では最高位、さらに言うとオティーリエは跡取りである。
そんなオティーリエの魅力は、まだ見ぬアンネリーゼに随分と劣っているらしい。
見知らぬ女と勝手に比べられたと思ったら、勝手なルールで敗北させられてしまった。
それにプライドが傷つかないほどオティーリエは無頓着ではなかった。
「君がどれだけ私のことを愛していても無駄なんだ。真実の愛というのは尊く残酷でそしてあらがいがたい。運命を結ばれた私たちを誰も引き裂くことなどできないんだっ!」
彼の前提はどんどんと覆っていく。
オティーリエは恋したことがないと知っているのに、オティーリエがヘルムートを愛していても無駄なんだと苦しげに言う。
運命だと言ったり、真実だと言ったり愛の形は曖昧である。
それはどうにも納得がいないものであり、謎であり、そんな人間に振られているという状況は屈辱でもある。
「わかってくれ、醜く私を縛り付けるようなことなどせず、ただ身を引いてほしい、それこそ美しい女のあり方だろう?」
さらに問いかけられるが、彼が何を主張したいのかまるでわからない。
オティーリエは、うっとうしくなって「それで?」と鋭く聞いた。
「それで、先ほどからどうなさりたいのですか? わたくしに何を求めているのか明確にお願いします」
「……怒るのも無理はない。だがどうか冷静になってくれ」
「……」
憤ってはいるが冷静でもある。
このようなことで冷静さを欠くと思われていることすら憤りの燃料になっているとわからない彼は酷く愚かである。
オティーリエが無言でヘルムートを見つめると彼は、その表情に驚き芝居がかった語り口をやめて言った。
「婚約を解消してほしい。もちろん君の方から。どうせ愛されないのだからそのぐらいして身を引くのが賢い選択じゃないのか?」
そうしてやっと要求を口にした。
その言葉にオティーリエはしばらく考えて、それから「少し時間をくださいませ」ととりあえずの返事をしたのだった。
それからオティーリエは考えた。
いろいろと調べたりしたが、真実の愛で振られるというのはどうやらよくあることらしい。
しかし、疑問がある。
真実とは言うが、では今までのヘルムートとの交流のすべてが嘘だったのかという点である。
彼もそれなりの男性としてオティーリエに好意的に接してくれて、その真摯な様子に、彼になら恋や愛を知ることができるのではないかとオティーリエは判断していたのだ。
たぶん彼が、オティーリエという婚約によって出会った女性のことを好意的に見ていたと言う事実は正しいのではないだろうか。
真実、そんな言葉を使っていたけれど、今までだって嘘だったとは断定できない。
ということは、そこから導き出される答えがあるのではないか。
そんな理論をもってして、彼の身辺調査を開始した。
しばらくして結果を提出した従者のユリアンは、ご褒美を待つ犬のような顔をしていて、内容を確認する前に頭をポンポンとなでた。
「わは、うわ。照れますね」
「撫でてほしそうな顔をしていたんですもの」
「してませんってもう僕十五ですよ」
「嘘よ。十歳ぐらいでしょう?」
「そんなわけないですって」
カラカラと彼は笑って、照れたように頬を染める。
彼はオティーリエに昔から仕えてくれていてオティーリエに取ってはいつだってかわいい弟分である。
十歳だろうと十五歳だろうと、関係がない。
しかし恥じらう様子は、からかい甲斐があってもう少しそうしていたかったが、結果が気になっているのも事実だった。
書類束をめくって、ペラペラと内容を見ていくと、オティーリエの仮説はどんどんと核心に変わっていく。
それにとてもよく調べられている。彼に任せて良かったと言えるだろう。
「さすがですわね。ほしい答えも、それ以上の情報も網羅していますもの」
「はいっ、お褒めにあずかり光栄ですっ」
「そうね、ただ証明するなら……この子」
そう言ってオティーリエは三ページ目に載っている娼婦の女性を指さした。
するとユリアンの瞳はさらにキラキラと輝き、彼は小さくガッツポーズをしてえへへと笑った。
「? どうしたんですの」
「そうおっしゃると思っていました。すぐに呼び出し可能ですっ」
その言葉にオティーリエはきょとんとしてしまう。
有能な子だとは思っていたが、最近はオティーリエの予想を超えてくるほどの活躍をするときがある。
そうすると嬉しいのと同時に、オティーリエはもう独り立ちも近いのかと少し寂しい気持ちになってしまう。
姉心というものだろうか。
もう少し、ポンコツなぐらいでも良いと思うのはオティーリエのエゴだろうか。
エゴだろう。それはわかる。だからぐっと呑み込んでにっこり笑みを浮かべた。
「ありがとう。あなたは本当に優秀な子ですわ。これなら誰に仕えても重用される素晴らしい家臣になれますわ」
ユリアンは我が公爵家に古くから仕えてくれている家臣貴族の血筋だが跡取りではない。
一人前になるまではこうして仕えているが、一人前になれば自分で自分の道を選ぶことができる。
だからこそ寂しくもあるが、それでも彼に取っては嬉しいことのはずで、それを祝福しないオティーリエではない。
しかしユリアンはさして嬉しそうにしなかった。
ただ、少し目を見開いて口を引き結んで視線をそらしただけだった。
その意味はよくわからなかったが、「件の女性を連れてきます」と部屋を出て行った。
準備を整えて放っておくと、ヘルムートの方から連絡があり、会うことになった。
その際、是非、真実の愛を誓う相手も伴ってほしいと連絡をしておいた。
ヘルムートがその言葉をどう受け取ったかはわからないが、やってきた二人の自信満々な表情をみれば彼らの考えたことは察せられた。
きっとオティーリエが相手に会いたいと言ったのは、二人の関係を認めて祝福するためだと良い方に捕らえたのだろう。
たしかに認めはするつもりだ。
その気持ちがヘルムートへの手紙の返信で読み取られたのかも知れない。
以前と同様応接室で向かい合うが、ヘルムートの隣には、先日話に上がったアンネリーゼが幸福そうに微笑んでいる。
「時間を取ってくれてありがとう。オティーリエ。……こうしてアンネリーゼも誘ってくれたということは、心は決まったのだろう?」
「ええ、心は決まりましたわ」
「オティーリエ様、私、オティーリエ様に話をするとヘルムートから聞いたとき……私本当は少し不安だった。でもそんなのは杞憂だったのね」
アンネリーゼはほっと胸をなで下ろし、嬉しそうな声で続けた。
「オティーリエ様は優しい人だった。私たちの話を聞いて身を引いて祝福してくれるような素晴らしい人だった。ありがとうございます」
アンネリーゼはすでに、オティーリエが『あなたたちを祝福する』とでも言ったような態度だった。
よっぽど自分たちの愛に酔っているらしい。
酔いしれて周りが見えなくなっていると言わざるを得ない。
そうでなければもう少し常識的に物事を考えられただろう。
それをオティーリエは不憫だとは思わなかった。
なんせ、彼らの真実の愛のせいでオティーリエはつけられたくもない格付けをされて、不愉快な思いをしたのだから。
その分ぐらい……その分を少し越えているかもしれないけど彼らを不幸にしたっていいだろう。
それに、オティーリエがなにかをするわけではない。不幸になるのは、彼らの持つ真実がそういう形をしていたと言うだけである。
「お礼を言われる筋合いはありませんのよ。わたくしもあなた方に真実の愛とはなにかを教えてもらいましたから」
「! そんなふうに言ってもらえるなんて……」
「フッ、造作もないことだ」
オティーリエの言葉を彼らは『真実の愛とは”どんな素晴らしいものか”を教えてもらった』という言葉の文脈だと捉えて、それから良かったねと顔を合わせて、お互いにこりと笑った。
「真実の愛とは」
そんな彼らにオティーリエも微笑んで言った。
「ゴミ同然」
二人はオティーリエの方へと視線を戻して少しだけ目を見開いた。
「排除すべき、無駄であり信用するべきではない戯れ言」
続けたオティーリエに、やっとアンネリーゼが「え?」と疑問の声を出した。
「愛とは尊いものですが、そこに真実という言葉が加わると途端に醜悪な形となる。真実という言葉があると言うことは、同時に嘘もまたあることを証明している」
「……え?」
「……」
「嘘をつく人間の都合の良い言い訳、それが真実の愛。都合の良い真実は、望むまま思うままに増えていく」
「な、何を根拠にそんなことをっ!」
オティーリエの言葉にヘルムートは激高し怒鳴りつけた。
しかしオティーリエの言葉が始まったときからすでにユリアンが動いている。
応接室の扉が開き、一人の女性が入室する。
「この女性は真実の愛で欺かれた女性ですわ。見覚えがあるでしょう?」
「!!」
「……お久しぶりでございます。ヘルムート様」
女性は平民であり、貴族と接するときはできうる限り姿勢を低くし、挨拶するときはひざまずくものだが、彼女はまっすぐにただヘルムートだけを見据えて立っていた。
「君、は……」
「王都の城下町の娼館で働いたラーラです。覚えているはずでしょう」
じとっととした怒りのにじんだ言葉が応接室に響く。
娼館という言葉を聞いてヘルムートの隣にいたアンネリーゼの表情が曇った。
「お忍びでいらっしゃったあなたは、私に惚れ、心の底から愛している。私を今の境遇から救い出してくださるとおっしゃった」
「っ……」
「これは身分の差も超えた真実の愛だと……そうおっしゃった」
ぽつりぽつりと話すラーラの言葉には怨念がこもっている。
聞いているだけで背筋が凍るようなそんな声だ。
「そう言った、あなたに……私はなんでもいたしました。どんなことでも、いたしました」
「…………」
「しばらくするとあなたはいらしゃらなくなった。私にやらせることだけやらせて、できた子供も……何もかも、放置して。真実の愛など……信じたばかりに」
話が進むとヘルムートはゆっくりとラーラから視線をそらして自分の膝を見つめていた。
顔面が蒼白で、汗をびっしりと掻いていて、崖っぷちで剣を突きつけられている人みたいだった。
それを見たアンネリーゼはわなわなと手を震わせて、ラーラとヘルムートを交互に見やる。
何度そうしても、ヘルムートがラーラの言葉を否定することはない。
否定しようもない事実であるからだ。
しかし事実であることを認めるだけの度胸をアンネリーゼは持ち合わせていなかった。
「っそんな! そんな平民の言葉なんて信じられるわけないでしょ!! 嘘よ、嘘! 嘘に決まってる! 嘘に決まってるっ!」
するとオティーリエの後ろに控えていた、ユリアンがやってきて、テーブルに一枚一枚丁寧に文字の書かれた紙を並べる。
それは手紙であり、ラーラの所持していた証拠である。
ラーラが、真実の愛を信じた理由でもあり、ここまでの手紙を貴族が平民に送ることなど非常にまれなことである。
「なに、なに。これは」
テーブルを埋め尽くすほどの愛の手紙。
手紙の中で登場する「真実の愛」と言う言葉には丁寧に下線が引かれていてとても目を引く。
「ヘルムートがラーラに送った手紙ですわ。真実の愛はこんなところにもあった。アンネリーゼへも真実はあった。……さて、ね。浮気男の真実は一体いくつあるのかしら」
アンネリーゼは手紙の一つを手に取る。
手は震えていて紙にクシャリと跡がつく。
「ぎ、偽装よ……こんなの」
「では、ユリアン」
「はいっ」
ユリアンが即座にペンとインク壺をヘルムートの前に置いた。
「真実の愛と書いてくださいませ。それで真実かどうかわかりますわ」
ヘルムートは汗を垂らしたまま動かない、固まった彼は一言も発さない。
重苦しい雰囲気の中、彼が動けない意味を察したアンネリーゼは叫びだしてヘルムートへ拳を振り上げたのだった。
ラーラの子供については手紙とヘルムートの自白によってきちんと認知された。
もちろん婚約はヘルムートの側からの和解金を支払っての破棄となった。
アンネリーゼとの関係はどうなったか知らないが、ヘルムートは貴族にあるまじきスキャンダルに見舞われ、アンネリーゼとの結婚など周りの人間が許すことはない。
結ばれることはないだろうし、ヘルムートは今後、同じことをしでかさないように家族や家臣からの監視が入るだろう。
そんなことよりも、途端に渦中の存在となったラーラやその子供のことだ。
明らかに騙された二人をヘルムートの血を引いているからと言ってヘルムートの実家や彼に養ってもらえと送り出すのは酷だろう。
現在は公爵家の下働きの平民として雇いあげ、今も元気に暮らしている。
と言うわけで真実の愛とは何かを証明した結果、オティーリエの婚約者はいなくなった。
年齢的にもきちんとした相手を再度決めなければならないが、面倒なことになった。
両親は政略結婚が色恋沙汰でダメになったなら、色恋沙汰でダメになる心配のない関係同士で婚約したら良いという結論にいたった。
つまり愛し合ってから婚約しろと言うことである。
そしてオティーリエは恋を知らない。つまるところ新しい相手のめどが立っていない。
「……」
考えながらオティーリエと交流があって、身分的に問題がない相手のリストを見ていた。
これは参考までにと父から渡されたものであり、ここから恋をする人間を探さなければならない。
そう考えると果たして結婚はいつになるかと遠い気持ちになった。
何度眺めても恋に至る予感すらない。ため息をついてオティーリエはぱさと机にリストを置いた。
「リストを眺めてもピンとこないなら一度全員に会ってみるのはどうですか?」
オティーリエが半分諦めていることをそばにいたユリアンは見抜き問いかけてきた。
その言葉にそれもまた非常に面倒だと思うのと同時に、テーブルの上で広がった書類綴りが、思っていたページ数よりも多いことに気がつく。
書類がうまく重なって最後のページを確認できていなかったらしい。
「それはそれでめんど……」
言いながら最後のページを見るとそこに記載されていたのは一人だけ。
ユリアンの名前が載っていた。
「…………」
「どうかなさいました?」
何度読んでもユリアンの名前であり、オティーリエは彼に視線を向けた。
「?」
「……あなた、異性に対する恋や愛という気持ちを知っているかしら?」
「な、なんですか急に! そ、そりゃ僕だって、僕は、……僕は……その」
ユリアンはなぜかしどろもどろになって頬を染める。
そんなユリアンにオティーリエは言った。
「わたくしあなたになら、愛はありますわね。家族愛に近いですけれど」
「え、あ、か、家族、家族ですか」
「あなたもわたくしを愛している?」
「ど、どういう話ですか? え? ちょっと待ってくださいっ」
「あなたがどうであれ、わたくしを愛しているなら結婚できるかもしれないと思ったんですの」
「けっこん!?」
家族愛に近いけれども家族ではないし、愛ではある。
これなら両親がオティーリエが相手を選べと言った理由も回避できるのではないか。
愛はすでにある。男女の恋愛的なそれではないにしろ、彼に限って色恋沙汰で婚約破棄というスキャンダルを起こしたりしないだろう。
それをわきまえるぐらいにはオティーリエのことを愛しているはずだ。
「ま、待ってくださいよっ。ぼ、僕がオティーリエ様を、す、好きだったら結婚できるって何ですかっ」
「言葉の通りですわ。愛し合っていれば良いのでしょう? わたくしは愛しているわ、あなたは」
「んなっ、なんで急にそんな、え? それでいいんですか、それでっ」
「だってあなたはかわいい弟分だもの。かまいませんわ。むしろあなたがいいわね」
「う、嘘だっ」
「嘘なんて、意味がない場面でつきませんわ」
慌てるユリアンは即座にオティーリエの言葉を否定した。
オティーリエは立ち上がって、彼の手を捕まえて、数歩そばによる。
ちょうど同じぐらいの身長で、目線は同じ高さだ。
「ち、ちかっ」
「あなたわたくしを愛している?」
「っ、っ~」
「愛し合ってくれるなら、面倒ごとが一つ減りますわ」
オティーリエは少し微笑んで彼に言った。とても良い提案だと思っている。
しかしユリアンは、手を振り払いはしないものの限界まで体を離してそれからキッと目線を鋭くして言った。
「っ、ぼ、僕は! す、好きですよ、あなたのっこと、でも家族として、とかじゃなくてっ!」
「……」
「女性として、好きです。だから、あなたにも同じように男として、好きになってほしい……とか、思っちゃってるんで、結婚とかできないですよ!」
「……」
「したら欲張りになります。僕……オティーリエ様も嫌でしょ。だから結婚しません、ごめんなさい!」
そしてオティーリエはきっぱりと振られた。
せっかくちょうど良い相手が見つかったと思って、とても良い案だと思ったけれど人の心というのはそんなに単純なものではなかったらしい。
オティーリエは別に彼がオティーリエのことをどんなふうに好きでもかまわないし、欲張られたらそれはそれでかまわない。
それなのに、振られた。
かわいいユリアンに、オティーリエのことを慕ってくれている彼に。
そう思うと胸がチクリと痛んで、ただのお思い付きだったのに、ずしんと心が重くなるような心地だった。
(思いつきで言ったから良くなかったんですの? もっと真剣に、わたくしがあなたが良いと言って、男の人としてあなたを望んだら? そしたらいいって言うかしら?)
ぱっと手を離して、とっさにそんなことを考える。
「ま、それに僕じゃなくても、オティーリエ様のことを好きな人なんていっぱいいますって……僕のおすすめとしては――」
そうしてユリアンは一息ついてから、リストを手に取り、いつものように振る舞った。
しかしオティーリエの頭の中にはすでにユリアンのことしかない。
それがささやかな恋の始まりであることをまだどちらも知らないのだった。
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