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GREY  作者: 柿谷巡
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「Elliot」


 「俺には‥‥やっぱり出来ない」エリオットはそう呟くと、黙って決まったある場所へ向かうように迷いなく、参列席の通路を走り抜けその場を去っていきました。


 彼が勢いよくその場を後に察したものですから、海の精霊に願いを込めようとしたグレイシアは、思わず振り返って小さくなっていく彼の背中に思わずこう言いました。


 「エリオット・・??」驚いた彼女は、動揺して彼がどこへ行ったのかと不安になりました。


 ヴァンチェスター公爵も驚いた表情を浮かべて、おずおずとその場を立ち上がりました。


 まるで大切な儀式が中断となったことに苛立ちを感じているかのように、海の精霊は強い風を部屋一面に吹かせました。


 思わずグレイシアは顔を背け、ドレスがひらひらと舞いました。


 公爵も風が顔に当たって目を瞑り、しばらく目を閉じてから再び目を開くとそこには衝撃的な光景が広がっていました。


 なんと、自らがかつて他国との戦争の際に使った、アンドレア女王から直々に授かった大剣を堂々と構え、鬼気迫るような目をしたエリオットがいつの間にか目の前に立っていたのです。


 ヴァンチェスター公爵は驚いて息をつく暇もなくエリオットに一瞬にして、その剣で胸を貫かれました。


 彼は血を吐き、苦しそうにもだえ苦しみながらパクパクと口を痙攣させ何かを呟くとそのまま目を見開きながらドサリと倒れ息絶えました。


 エリオットはその様子を黙って見下ろしていました。王族が式典を行ったとされる神聖なその場所に無残にも血が飛び散りました。


 アンドレア女王がかつて座った立派な玉座の足元には、横たわる侯爵の体とどくどくとした血溜まりがありました。


 色鮮やかなステンドグラスから差し込む眩い光や差し込む空の青さにそぐわず、凄惨な光景が辺りを包んでいました。


 グレイシアは彼が持つ鮮血のついた剣が、先程アンドレア女王の墓の裏の地面に刺さっていた公爵の剣と同じものだと悟りました。


 グレイシアは、エリオットがまるで別人の様に、これまでに無い程殺気を剝き出しにしているのに気づき、思わず恐怖しました。


 「エリオット‥‥どうして‥‥‥」彼女はそう言って言葉を失いました。エリオットは剣を公爵の側に置くと眉をひそめて静かにこう言いました。


 「悪いな。俺には…お前の育ての親の爺さんと両親を殺したこの男のことだけは、どうしても許せなかった」彼は拳を強く握りました。


 グレイシアは彼が自分とアンドレア女王の敵討ちをしたという事実を受け止め、彼の根底にある自分への確かな愛情に気づきました。


 エリオットは急に視界に入った安らかに微笑を浮かべる女神と天使の朽ちた石像から目を逸らし、気持ちを静めるために硬く目を閉じました。


 グレイシアは黙って返り血を浴びたエリオットの体を抱きしめました。「ごめんなさい‥貴方にまた負担をかけてしまった。でも、本当にありがとう、エリオット。


 今度こそ‥この国に再び平和が訪れるよう、貴方の大切な父親を傷つけた黒魔術をこの世界から無くし、新たなこの国の女王に」


 グレイシアがすかさずそう彼の背中に向かって宣言した時、


 エリオットは彼女に思いがけないことを力強く言いました。


 「それが…本当にお前の望みなのか。


 望みを叶えようとすれば、自分の寿命を‥命を犠牲にするんだぞ。


 お前の命は、かけがえのないものだろうが!!」グレイシアは彼の言葉に思わず目を見開いて驚きました。


 「こんな黒魔術が生まれたのも、もとはと言えば王族に神の様な力を貸した、海の精霊のせいだ。


 そんな力に頼らなきゃ消滅する王国なんか滅びたままでいい」グレイシアは、自分の望み全てを根底から覆されたような気分になりました。


 彼女はなんと彼に言ってよいか分かりませんでした。


 動揺する彼女の方をエリオットは振り返ると、正面から自分の気持ちがグレイシアに届くように真剣な表情を浮かべて誓うようにこう言いました。


 「どうか、俺の望みを叶えてくれないか。


 俺の望みは…お前が自分らしく幸せに生きることなんだよ。


 黒魔術があろうが、この国がどうなろうが、そんなのどうだっていい。


 お前の未来は誰にも奪われちゃいけない。


 例えそれが、宿命だとしても」


 グレイシアは彼の言葉を聞いて、自然と涙がこみ上げてきました。


 涙の粒が彼女の頬を伝い、彼女は泣きながら微笑みました。


 「私の望みはね‥黒魔術を無くし、この国の女王になることで貴方が胸を張って生きていけるような幸せな未来を作ることだったの。でも、我が儘になってもいいのかしら」

彼女はそう言うと、エリオットの元に近づき、愛する人を見上げてこう言いました。


 「本当は‥エリオット、貴方と年を重ねながら、ずっと一緒に生きていきたい。


 貴方の側にずっと居たいの、それだけで私は幸せだから」


 2人は割れた色鮮やかなステンドグラスから差し込む光に照らされながら、抱きしめ合いました。二人はお互いの気持ちが通じ合い、温かい心で満ちていくのを感じました。


 二人はこれから先、自分達がどうなるかなんて、考えたくありませんでした。


 それくらい、この瞬間だけはこの世界の誰よりも幸福だと言えたからです。


 「それはだめよ。グレイシア。私が許さない!!!このままじゃ、ルーファスの愛した王国を蘇らせることが出来ないもの」二人の間を非情にも引き裂くように、海の精霊のけたたましい声が焼けた城中に響き渡りました。


 二人の周囲はゴゴゴゴゴと音を立て、一気に割れた窓の中から海水が驚異的なスピードで入り込んできました。


 一気にグレイシアとエリオットは海中に引きずり込まれました。


 しかし、グレイシアは先程と同じように海の精霊の魔力によって、水の中にも関わらず息も出来ましたし、目も開けられました。


 グレイシアは不意に下を向くと、いつの間にか自分達が居た城がどんどん小さくなっていくのに恐怖を感じました。


 それは、自分の体だけがまるで浮きのように軽くなっているからです。


 グレイシアは必死で自分とは対照的に深い海の底へ苦しそうにもがきながら沈んでいくエリオットを、なんとか引き上げようとしました。


 しかし、この頭上にどこまでも果てしなく広がる魔性の海はそれを許さずに、彼の体を海淵へと力強く引きずりこんでいきました。


 「エリオット!!!!!」


 彼女は必死で叫び、なんとか深く潜って彼を助けようとしましたが、彼の姿はもう何も見えなくなってしまいました。


 茫然とする彼女の前に海の精霊が姿を現し、戒めるかのように彼女の両頬に手を力強く当ててこう言いました。


 「もう、いいでしょう?グレイシアは、私の望みを叶えるのよ。


 確かに、アンドレア女王を殺した罪は死を持って償うべきだったわよね。


 あの公爵は亡くなって当然だわ。


 次はルーマス侯爵を昇爵させて、王国を作る手伝いをさせましょうか」海の精霊は悲しみに打ちひしがれ俯いたままのグレイシアに、無慈悲に妙に明るくそう告げました。


 グレイシアの瞳は輝きを完全に失い、代わりに全てを悟ったような超越的な空気を纏っていました。


 海の精霊は彼女の異変に気づき、声を掛けようとしたその瞬間、グレイシアは静かに口を開きました。


 「…もういい。これで分かったわ。人は神の様な力を得るものではない。私達は決して巡り会ってはいけない。先代の王、ルーファスと貴方は初めから会うべきではなかったのよ」彼女の力強いその言葉に、海の精霊は自らを強く否定されたかのように呻き声を上げて激しくグレイシアを非難しました。


 「どうして‥!!私はこんなにも、この国の為を思っているというのに!」彼女は涙を流しそう叫びながら、グレイシアの周りをぐるぐると回って泳ぎました。


 しかし、彼女は覚悟を決め、静かにこう告げました。


 「貴方は長い間、神によって封印されていたのでしょう。


 それなら、私はこの命を捧げ、貴方を広い海に再び封印する。


 どうか…神よ。私に力を授けてください」グレイシアは静かに祈りを捧げました。


 「私は‥‥天使にはなれなかった。


 生まれ変わったら、貴方とまた巡り合えますように。


 愛しているわ‥‥エリオット」彼女はそう心の中で呟くと、目を閉じ微かに笑みを浮かべました。


 その途端、彼女の体が徐々に光の粒へと変わっていきました。


 それと同時に、海の精霊の体に青白い光が束になって巻き付いていき、精霊は身動きが取れなくなっていきました。


 「きゃああああああああ!!!!嫌よ、嫌。これでまた人間から崇められる、


 慈悲深い女神の様になれたと思ったのに!!!


 ルーファス!!!!ルーファス!!!私を助けて‥‥‥」


 海の精霊は叫び声を上げましたが、その声はもう誰にも届きませんでした。


 海の精霊に巻き付いた光はやがて巨大な氷の結晶となり、凍り付いた海の精霊をつれて深い海の底へと沈んでいきました。


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