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GREY  作者: 柿谷巡
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1話「物語の幕開け」

 


 この世に天使が存在するのなら、それはきっと彼女でしょう。



* * *



 グレイシアが木こりのお爺さんに引き取られて、ゴードン山の村にある小さな家に来て、住むようになった時、誰もが彼女を天使の様に美しい子供だと思いました。



 グレイシアは艶やかな色素の薄いブロンドの髪に、大きな薄い灰色の瞳に小さな顔、陶器のように白くて細い体をしていましたから、村に住む子供達は皆彼女に興味を持ちました。



 彼女を引き取って育てているお爺さんは、ベン・ジョーンズと言い、木を伐採して木材や木炭を作り、畑で作物を作っては山の麓にある街で売って生計を立てていました。



 彼は年寄りであることを感じさせない程、いつも仕事で忙しそうにしていました。



 彼はそんな中でもグレイシアを我が子の様に可愛がり、彼女に読み書きを教え、簡単な仕事の手伝いをさせていました。

 


 ですから彼女はベンのことを本当の父親の様に「お父さん」と呼び、とても慕っていました。



 グレイシアは、はじめは村の子供達と遊ぶのが好きで、昼間は皆で綺麗な花や蝶を探し、新しい遊びを試して森の中を駆け回りました。



 夜はいつも皆で焚火を囲んで、おしゃべりをしていましたが、「焚火は危ない」とベンに言われておりましたから、名残惜しさはありましたが、日が落ちる頃には努めて家に帰るようにしていました。



 しかし、時が経つにつれて、子供達は麓の街で遊ぶようになりました。



 ですが、グレイシアはベンから「街へ行くのは危ない」と止められていたものですから、次第に彼女は周囲の子供達と話が合わなくなり、関わることを止めて家に引きこもって本を読むようになりました。



 その様子を気にかけた近所に住む猟師のおじさんの、アダム・ムーアが息子のエリオットに、彼女に話しかけるように言いました。



 エリオットは村の子供達の人気者で沢山の友達に囲まれていました。



 彼は力が強く足がとても速かったのですが、はじめは誰もが彼を女の子だと勘違いしました。



 彼は色素の薄いミルクティー色の髪に、大きな紺色の瞳、左目尻の小さな黒子に下睫毛が目立つ顔、白くて細い体をしていたからです。



 彼の父親のアダムは腕のいい猟師で、ゴードン山で捕らえた動物を街で売って生計を立てていました。



 村の子供達はエリオットが話す、猟や街で体験した様々な話に興味を持ち、彼と話したいと強く思いました。



 その一方でエリオットは、次第に父から本格的に仕事を教わるようになっていき、狩りの仕方や猟犬の世話、猟銃の手入れの方法を学びました。



 段々彼は父親のような立派な猟師になりたいと思い、朝から晩まで父の仕事に付き添い始めたものですから、グレイシアと同様に村の子供達と遊ぶ機会が減っていきました。



* * *



 そんなある日の晩、エリオットはふと父からの言葉を思い出し、グレイシアの住む家まで足を運ぶと、彼女の居る部屋の小さな窓を叩きました。



 驚いたグレイシアは恐る恐る窓を開け、顔を覗かせるとそこにはエリオットが立っていました。



 それが、二人が仲良くなるきっかけでした。



 はじめは、グレイシアは彼が時折会いに来ることに戸惑いを感じていましたが、次第に打ち解けて色んな話を彼にするようになりました。



 エリオットもまた、彼女と話をするのが楽しみの一つとなりました。



 エリオットは面白い出来事が起こると、直ぐに彼女に話したくてたまらなくなりました。


 

 次第に会いに行く回数が増えていき、エリオットは彼女を喜ばせようと、花や菓子などのプレゼントを持っていくようになりました。



 またグレイシアも彼に会うのを心待ちにするようになり、時折彼に読み書きを教えました。



 エリオットは、はじめは真剣に教わっていました。



 しかし、やがて彼女が教えようとすると全力で走って逃げるようになりました。



 そのたびにグレイシアは慌てて部屋を出て、家の外に出るとエリオットを追いかけました。



 彼は、か弱い声で名前を呼びながら追いかけてくる彼女の様子を面白がり、可愛いと思っていたのです。



 村の子供達は、二人がこのように仲良さそうにしているのを目にした時、皆揃って不思議な感じがすると言いました。



 それというのも二人は性格も好みも反対のように思えたからです。



* * *



 暖かい日差しがまぶしい朝のことでした。



 今日で丁度8歳の誕生日を迎えたグレイシアはすぐに目を覚ますと、晴れやかな顔で自分の部屋を出てリビングへ向かいました。


 

 「お誕生日おめでとう、グレイシア」



 ベンは彼女がやって来るなり笑顔で声をかけました。



 大きなテーブルの上には、手作りのジャムを挟んだスポンジケーキ、具がたっぷりのシチューが入った大きな鍋、手入れの行き届いた食器に、色とりどりの花が活けられた花瓶がありました。

 


 「わーい!すごーい!!」



 グレイシアが嬉しそうにはしゃぎながらそう言うと、ベンは一冊の絵本を鞄から取り出して、彼女に見せました。



 「喜んでくれて何よりだ。そしてこれは私からのプレゼントだよ。後で読み聞かせてやろう」



 彼は満足そうに言うと、再び鞄に絵本をしまいました。



 「ありがとう!お父さん」



 グレイシアは笑顔でそう言ってから、さっそく椅子に座りました。


 

 ベンはシチューを深皿に取り分け、紙袋から長いパンを取り出すと切り分けはじめました。


 

 ほどなくして彼はそれぞれの皿にパンをのせ終わると、椅子に腰かけました。



 彼はグレイシアと食事を食べ始めると、途中で彼女にこう言いました。



 「グレイシア、お行儀よく食べなさい」



 そう言うとベンは、彼女にパンをちぎってから食べるように促しました。


 

 実はこの時だけでなく、彼は日ごろから食器の扱いや食べる時の姿勢などを、グレイシアに細かく教えていました。



 彼女はこれらすべてをちゃんと聞き入れ、幼い頃から上品な作法を学んでいたのです。



 食事が終わるとグレイシアは、父に先ほどの絵本を読み聞かせてもらいました。



 そして穏やかに時間が過ぎ、グレイシアは貰った絵本を片手に自分の部屋に戻りました。


 

 彼女はベッドの脇の本棚にその絵本を並べました。


 

 本棚には既にあらゆる種類の本が並んでいました。



 グレイシアはこれらの本を通して様々な学問を学んでおり、難しい言葉も読み書きが出来るようになっていました。



 彼女はなんとなくベッドに横になりました。



 「ほんとうはね、かわいいドレスがほしかったな」



 彼女は先ほどベンに読み聞かせてもらった、絵本の挿絵のお姫様が着ていた、フリルがいっぱいのドレスを思い出してそう呟きました。



 すると窓を叩く音が聞こえて、グレイシアは我に返りました。



 窓を開けるとそこにはエリオットの姿がありました。


 

 彼は片手に小さな花束を持っていました。



 「エリオット!!」


 

 彼女は喜びのあまり思わず彼の名前を叫び、急いで部屋を飛び出しました。



* * *


 

 それから8年の月日が流れました。



 その間グレイシアの住むゴードン山だけでなく、社会全体の流れが一気に変わりました。



 ゴードン山の豊かな森林は、製鉄などの新たな工業のために必要となり激しく伐採されました。


 

 ですから木炭だけの燃料では当然資源が足りなくなり、新しく人々は石炭を燃料として使い始めるようになりました。



 ゴードン山はヒューバートンという地域に位置しており、その地域を治めているのが、ジェラルド・プライスという男でした。

 


 人々は領地の名をとって彼をヒューバートン男爵と呼び、彼の一族の人間をまとめてヒューバートン男爵家と呼びました。



 この男爵はゴードン山の所有権を急に主張し、規則を設けて村に住む人々の仕事を制限し、管理するようになりました。



 そのせいで村の人々はゴードン山だけで生計を立てるのが厳しくなっていきました。



 村の子供達は昔の様に遊ぶことが減り、街や炭鉱へ働きに出て、朝から晩までしっかりと働くようになりました。



 それとは対照的に、ベンは高齢でしたから次第に体の具合が悪化して、時々寝込むようになりました。



 グレイシアはそんな彼の仕事をより手伝うようになりました。



 彼女は畑を耕し作物を育て薬草を摘み、ベンが伐採した木を加工して木材にしていました。



 しかし、まだグレイシアは窯で木炭を作ることや、それらを街で売ることをベンから止められておりました。



 ですからグレイシアは内心、もっとベンの仕事を手伝いたいと思っており、周りの子供達と同じように出稼ぎに行きたいと思っていました。



 ですが、彼女はベンの言うことを優先し、そう口に出すことはありませんでした。



 代わりに、彼女は今の自分にも出来ることをしようと思い、暇な時間は家事や出来る範囲の仕事の手伝いをして過ごしていました。



 ベンは暇を見つけては彼女にダンスや歌、料理、裁縫などを教えました。



 彼女は昔から変わらず熱心に習得しようと心掛けていましたから、すぐに上達していきました。


 

 それだけではなく、ベンはグレイシアに貴族の文化や歴史、礼儀作法や政治や経済などに関する本も読ませ、自らそれらに関して詳しく教えていました。



 そういうことですから、彼女はきっとベンは、将来自分を身分の高い者に嫁がせたいのだと思っていました。

 


 グレイシアは、ベンが衰えた体に鞭を打ちながらなんとか働き、自分に様々なことを教えようとしてくれているその姿勢を尊敬し、周りとの差に戸惑う自分の心を抑えて彼の期待に応えるべく学び続けました。



 その一方で、グレイシアはエリオットのことを心配していました。



 彼の父のアダムはヒューバートン男爵がゴードン山での狩猟において、こちら側に不利な規則を設けたことに憤りを感じているようでした。



 それから男爵とその息子のルーシャスは、時折ゴードン山に狩りをしにやって来るようになりました。



 それをきっかけにアダムは、彼らの横柄な態度と少ない森林や課された規則に嫌気が差し、ここから離れたある山へ狩りをしに行くようになりました。



 それが原因かどうかは誰にも分かりませんが、彼は恐らく、いや確実に村に姿を見せなくなりました。



 グレイシアはエリオットにそのことを度々聞こうとしましたが、彼にいつもはぐらかされて中々聞き出すことが出来ずにいました。



 ですがエリオットと父親の間に、大きな溝が出来たことだけは、グレイシアにも分かりました。



 それというのも、彼はあれだけ尊敬し慕っていたはずの父親であるアダムの話を、一切しなくなったからです。



 エリオットはいつのまにか狩猟をしに森の奥へ行くのではなく、他の子供達と同様に街や炭鉱へ行き、夜遅くまで仕事をしてから家に帰るようになりました。



 彼は昔よりもグレイシアに会いに行く回数が少なくなりましたが、それでも彼女の元に足を運び、話をしました。



 二人はお互い疲れた顔をしていましたが、励まし合い食べ物を分け合ったりしていました。



 * * *


 

 薄暗い雲が空を包む朝のことでした。


 

 グレイシアは昔より背が高くなり、ベンのおさがりの服を着るようになりました。

 


 彼女は、眠たい目をこすって寝間着を脱ぎ、長い髪を束ねて色褪せた灰色のチェックのシャツに袖を通し、ベージュのズボンを穿きました。



 そして急いで自分の部屋を出ると、真っ先にベンの部屋へ向かいました。



 彼はベッドにぐったりと横になり、苦しそうな表情を浮かべていました。



 「大丈夫?辛そうだけど」



 彼女は心配そうに言って、ベッドの脇にある椅子に腰かけました。



 「大丈夫だ」



 彼はそう短く返事をしたきり、黙っていました。



 しばらくしてベンは何か重大なことを思い出したような素振りを見せました。



 「グレイシア、すまないな。今日はお前の16歳の誕生日じゃないか」



 ベンはゆっくりと体を半分起すと、グレイシアの方を見て申し訳なさそうに言いました。



 「いいのよ、気にしないで」



 彼女はそう言って微笑みました。



 グレイシアはいつもベンの体の具合のことを気にかけていました。



 彼女は薬草の本を読んで何種類もの薬を作り、ベンの具合にいち早く気づけるように常に気を張っていました。



 それなのに彼の具合は悪くなる一方でした。

 

 

 昨日の晩、エリオットから街でおすすめの薬屋を紹介してもらい、そのことを話しに少し明るい気持ちでベンの部屋を訪れました。



 しかし彼はベッドで横になり、酷い高熱を出し、吐き気を催していました。



 病状がさらに悪化した彼の様子を見たグレイシアは、凍り付いたような気持ちになりました。



 そういう訳で彼女は、ベンが眠りにつくまで椅子に腰かけながら、冷たい水や布を用意して遅くまで見守っていました。



 そんな経緯で今日を迎えたグレイシアは、もはや今日が自分の誕生日であることなど、どうでもよくなっていました。



 ベンは彼女が複雑そうな表情を見せたので、なんとか元気そうに振舞おうと思い、こう言いました。



 「ここまで立派に育ってくれて嬉しいよ」



 彼は微笑み、瞳を僅かに潤ませました。



 そんなベンの表情を目にしたグレイシアは、止められることを覚悟してこう切り出しました。



 「私、街へ行っちゃ駄目かしら?エリオットが良い薬屋を教えてくれたから」



 彼女はベンのしわがれた骨ばった右手を両手で包み、彼の瞳を見つめました。



 「街へ行くのは駄目だ」



 彼は戸惑いがちに言いました。



 「お願い、お父さんの具合を良くしたいの」



 彼女はそう再び頼みました。それ以降、彼女はしばらく俯いたまま黙っていました。



 もうこれ以上成すすべがなかったからです。



 すると彼女は思いがけない言葉を耳にし、再び顔を上げました。



 なぜならベンはしっかりした口調でこう言ったからです。

 


 「分かった、エリオット君に案内してもらいなさい」

 


 グレイシアは内心凄く驚いていましたが、彼に静かに優しく言いました。



 「心配しないで、薬を買ったら寄り道せずにすぐ戻るわ」



 彼女はベンの鞄を借りると、玄関まで行きました。



 彼女がドアを開けるとすぐに見慣れた人物の姿が目に留まりました。



 入り口の前にエリオットが立っていたのです。



 彼は綺麗な顔をしていましたが、昔女の子に間違われていたことが嘘のように背が伸びて、グレイシアよりも少し背が高く、逞しい体つきになりました。



 彼は色褪せた黄緑色のシャツに焦げ茶色のズボンを穿いていました。



 「よお、グレイシア。今日、誕生日だろ?これやるよ」



 彼はそう言うとズボンのポケットを探り、擦り傷だらけの手でその中身を彼女に差し出しました。



 それは大粒の宝石のついた美しいネックレスでした。



 グレイシアは彼が自分を喜ばせようとしたのは分かりましたが、呆れた顔をしていました。



 なぜなら彼がこんな高価なネックレスを買うことなど、到底出来ないと分かっていたからです。


 

 「とっても素敵ね!盗んだものでしょう?」



 彼女はネックレスを受け取ろうとせずに、わざと意味ありげにそう言って微笑みました。



 すると彼はいたずらっぽく笑ってこう言いました。



 「その通り!」



 彼女はまた呆れた顔に戻りました。



 最近の彼はグレイシアに会う度に盗んだものをくれるようになり、彼女はその度に彼が街でどんなことをしているのか心配になりました。



 さらに、このところ彼は怪我をしてお腹を空かせていることが増え、疲れた顔を見せるようになりました。


 

 グレイシアは、彼との関係性が変化しつつあることに恐れを感じていました。

 


 ですから、昔と変わらずに彼が誕生日に会いに来てくれるだけで、彼女にとってはそれが凄く嬉しいことでした。



 「いいのよ、プレゼントなんて。お気持ちだけ頂戴するわ」



 彼女がそう言ったものですから、エリオットは渋々ネックレスをポケットにしまいました。



 「ふうん、ところでこれから出かけるのか?」


 

 彼はさり気なく聞きました。



 「ええ、貴方が教えてくれた薬屋に行くつもりなの」



 彼女がそう言い終わらないうちに、エリオットは目を丸くして驚きました。



 「本当か、なんだか夢みたいだな。遂にお前が街へ出るのか」



 彼は信じられないという素振りを見せながら言いました。



 グレイシアは、いつも飄々としている彼がかなり面食らったように思えたので、改めて街へ出る許可が下りたことを実感しました。



 「そうよね、正直まだ信じられない。それで」



 グレイシアがそう何か言いかけた時、エリオットはすかさずこう言いました。



 「案内してやるよ、行こうぜ」



 彼は彼女が何を言いたいのかすぐに分かったのです。



 彼女は頷いてから礼を言い、彼と一緒に歩き出しました。



 二人は特に意識することなく、お互いに自然と言いたいことが伝わり、そのやり取りが気疲れしなくて楽でした。



 彼女にはそれが心地よく、彼もまた同じだったのです。



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