第五章 町の危機
ランクアップおめでとう!……と思ったのも束の間、緊急依頼が発生。
ゴブリン退治のはずが、想定外のモンスター登場!?
いきなりサバイバル訓練編、開幕です。
「まずはランクアップ、おめでとう。」
ギルドマスターのカイロスが、労いの言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。」
ランクアップは素直に嬉しい。
だが藤崎の胸の内には、一つの疑問が残っていた。
たった一つの依頼を達成しただけで昇格することに、どこか引っかかりを感じていたのだ。
「気にすることはない。ちゃんと条件は満たしている。」
カイロスは笑って言った。
セラはランクが上がったことがよほど嬉しいらしく、終始にこにこしている。
「まあそういうことだ。ありがたく享受しておけ。この先はそう簡単じゃなくなる。」
「というと?」
「条件が厳しくなるということ。」
セラが補足する。
具体的には――人に害を与えるモンスターの討伐が必須になるという。
それはつまり、“殺す”ことを覚えなければならないということだった。
「私に……できるかな。」
「練習が必要だろう。もう訓練所には話を通してある。」
やけに手際がいい。だが確かに必要なことだ。
「私も一緒に練習するよ。」
こうして藤崎とセラは、訓練所で指導を受けることになった。
教官は、厳しくも丁寧な人物だった。
元ハンターで、怪我をして引退した男。名をダバンという。四十代くらいだ。
まずはナイフの基本から始まった。
握り方、切り方――まさに基礎の基礎だ。
次は模造剣を使った素振り。
自由自在に扱える筋力を鍛えなければならない。
振り上げ、振り下ろし、重心移動。とにかく忙しい。
「毎日訓練しろ。弛まぬ努力こそが成長の糧となる。」
ダバンの言葉どおり、体中が悲鳴を上げた。
セラですら、翌日はまともに動けないほど筋肉痛になっていた。
藤崎も同じく全身がパンパンだった。
それでも十日が過ぎるころには、素振りも自然にできるようになっていた。
「ねえ、あの鱗を売ったらどうするの?」
訓練所が休みの日、装備を見に行った帰り道でセラが聞いた。
「考えてなかったなあ。でも大金が手に入ったら隠居でもしようか。」
「ほんとに? でも、何か頼まれてたんでしょ。それはどうするの?」
――調整者の依頼のことだ。
だがそれを“やらなければならない”義務とは思っていない。
元の世界でも、藤崎は生活のために働いていたにすぎない。
時間があれば瞑想ばかりしていた。こちらでも、それが理想だ。
「とりあえず訓練を頑張るよ。先のことは、その時に考える。」
「もう少し将来のことを考えてるのかと思ったけど、意外と行き当たりばったりなのね。」
セラは肩をすくめて笑った。
さらに十日ほどが過ぎたころ、
藤崎とセラは“緊急依頼”を受けることになった。
「ゴブリンだ。」
ギルドマスター・カイロスが険しい表情で言った。
「隣町へ向かう街道の近くに、ゴブリンの巣が見つかった。数が多い。
ギルドとして緊急要請を出すことになった。」
ギルドの中はすでに人であふれていた。
E級以上のハンターは、強制参加だという。
「分かっていると思うが、やつらを侮るな。
力は弱いが、数が脅威だ。こちらも数をそろえるが、決して一人になるな。必ず複数で動け。」
ゴブリンは子供ほどの背丈で、簡単な武器を使う。
知能は低いが、群れをなして襲うため非常に危険だ。
十歳くらいの子供が何十人も武器を持って襲いかかってくるようなもの。
大人でも、単独では太刀打ちできない。
「今回が初参加の者は、ベテランと組め。」
カイロスの号令を合図に、即席チームの編成が始まった。
藤崎は三人組のベテラン勢と組むことになった。
「よろしくな。俺はハーシェス、こっちはリンダとベックだ。」
「私は藤崎、こっちはセラだ。」
五人は顔合わせをし、作戦を確認する。
大規模な討伐になるため、藤崎たちは中央部隊に配置された。
「出発は明日の早朝。遅れないように。それでは解散!」
翌早朝。
討伐隊は整列を終え、出発した。
今回はベースキャンプを設営するため、輜重隊も同行している。
藤崎たちは荷馬車の護衛を担当した。
「おい、あの人たちは?」
前方の集団を見て藤崎が尋ねる。
「あれは魔法使いだよ。見るの初めて?」
「魔法使い……。」
色とりどりのローブをまとい、杖を持った一団。
まるで映画やゲームの中の存在そのものだった。
「数は少ないけど、いると便利なんだよ。
遠距離攻撃ができるし、防御魔法やヒーリングもある。」
「万能だな。」
「でも魔力が尽きたら何もできない。回復にも時間がかかる。」
「そんなに制限があるのか?」
「一日に数回しか魔法を使えないって聞いたことがある。」
どうやら“魔力の管理”がこの世界の要らしい。
それは使いどころを見極める必要があるということだ。
「人数が多ければ交代できるけど、魔法使いになれる人は少ない。
今回は特別だね。」
見渡すと、魔法使いは五人ほど。
どうやら町にいる全員が参加しているようだった。
やがて開けた場所に出る。目的地まで十数分。
「ここで野営する。準備しろ!」
荷馬車から荷物を降ろし、手際よく作業が始まる。
慣れたハンターたちは、まるで軍人のように動いていた。
藤崎とセラは周囲の警戒を任される。
何かを見つけても攻撃せず、すぐに知らせるよう指示されていた。
「近くの森にゴブリンがいるかもしれない。気を抜かないで。」
セラは木々の中を探り、藤崎も奥を警戒する。
一見、何も異常はない。
だが藤崎は半瞑想の状態に入り、意識を広げた。
右奥――そこだけ、生命の反応がまるでない。
まるで切り取られた空間のようだ。
「何かおかしいな……。」
初禅の状態で感覚を研ぎ澄ませる。
その瞬間、体に異変が走った。
「セラ、戻れ!」
そう言ったときには、セラはすでに膝をついていた。
顔が真っ赤になり、息ができない。
「毒だ。」
藤崎も呼吸困難に陥る。
しかし慌てず、体内の反応を観察した。
横隔膜が麻痺している――神経毒だ。空気に混ざっているらしい。
あと二分は動ける。
藤崎はセラを抱き上げ、走り出した。
背後の木々の奥から、巨大な影が現れる。
緑色の皮膚をした、両生類のようなモンスター。
サンショウウオにも似ているが、はるかに大きい。
藤崎を見たが、追ってはこない。
その口元には、ゴブリンの死体が引っかかっていた。
――このモンスターが周囲の生物を食い尽くしていたのか。
腕の中のセラが痙攣している。
このままでは脳が酸欠で危険だ。
藤崎は速度を上げ、木々を抜けた。
空気の清浄な場所に出ると、すぐに地面へセラを横たえる。
顔は蒼白。
素早く気道を確保し、人工呼吸を行った。
鼻をつまみ、口を開かせ、息を吹き込む。
セラの胸が膨らむのを確認し、何度か繰り返す。
やがて顔に赤みが戻ってきた。
その時、ハーシェスたちが駆けつけた。
「どうした!?」
「モンスターの毒にやられた。森の中にいる!」
藤崎が説明すると、リンダが顔色を変える。
「それ、ヴェムトードよ。南の方に生息するB級モンスターだけど、こんなところで見たなんて聞いたことがない!」
「だがB級だぞ。俺たちじゃ相手にならん!」ベックが叫ぶ。
「ギルマスに報告だ。セラを運ぶぞ!」
藤崎たちは力を合わせ、セラを野営地まで運んだ。
「ヴェムトードだと!?」
報告を聞いたカイロスは目を見開いた。
「俺がギルマスをやって以来、一度も目撃報告なんてなかったぞ。なぜここに……。」
「私が見たとき、ゴブリンを食っていた。おそらく大量発生したゴブリンに引き寄せられたんだろう。」
藤崎の説明に、全員が頷く。
ヴェムトードはゴブリンの天敵として知られていた。
「斥候の報告では、ゴブリンの巣は空だったそうだ。原因はこいつか。」
カイロスは素早く対応を決める。
「遠距離攻撃は魔法と弓を中心に。最後に近接戦を仕掛ける。毒に注意しろ。」
火矢の使用も決まったが、周囲の被害を考慮し慎重に扱うことになった。
「セラは大丈夫か?」カイロスが尋ねる。
「毒を吸って呼吸困難を起こしたが、今は落ち着いている。」
「そうか。お前は?」
「私は大丈夫だ。毒は吸っていない。」
藤崎は、瞑想状態で呼吸を一時間に一度まで落とすことができる。
心臓の鼓動さえ、数回にまで減らせる。
だが、いちいち説明する必要はないだろう。
「よし。あいつが町へ向かえば被害は甚大だ。ここで食い止める!」
そこへ伝令が駆け込んできた。
「ヴェムトードが現れました!」
全員が一斉に立ち上がり、武器を構える。
藤崎も走り出した。
ゴブリン退治が、まさかB級モンスター戦に発展するとは……!
それでも藤崎はブレない。さすが瞑想チート。
次回はいよいよ本格バトル。お楽しみに!




