第二十二章 静かな改革
王都の騒がしさとは裏腹に、藤崎はひっそりと“次の一手”を動かし始めます。
今回のテーマは――まさかの「学校づくり」。
教育改革から国を変えるつもりらしいです。
静かだけど確実に動き始める改革編、どうぞゆるっとお楽しみください。
それからしばらくは、平穏な日々が続いた。
国王の健康が回復したことで、王位継承問題は一旦棚上げとなり、
水面下の駆け引きは続いているにせよ、表立った動きは沈静化していた。
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アーロン邸の一室。
夕食後、セラとエランが暖炉の前でくつろいでいると、藤崎が静かに切り出した。
「……学校を作ろうと思う。」
二人は同時に顔を上げた。
セラ「……え? が、学校? なんでまた急に?」
エラン「子どもたちに読み書きを教えるってこと? それとも冒険者育成所みたいなの?」
藤崎は軽く息を吸い、二人の前に腰を下ろした。
表情はいつもの飄々としたものではなく、どこか決意に満ちている。
「この世界に来てから、自分がいた世界との違いに驚いてばかりいたんだけど、最近になってようやく落ち着いて考えることができるようになった。」
セラとエランは黙って聞いている。それを確認して藤崎は続けた。
「私がいた世界では、みんなが学校で学び、教育を受けて、好きな職業を選ぶことができた。基本的にみんな平等だったんだよ。」
「へえ……。こっちは身分で全部決まってるもんね。」
セラが呟く。
「そうね。学校に行けるのは貴族か、裕福な家だけだもの。」
エランも頷いた。
藤崎は続ける。
「そう。こっちの世界は身分が固定されている。それが問題だと思うんだよね。」
「こっちでは、今の生活から抜け出したいと思っても、選べる道がほとんどない。危険な冒険者になるか、貴族の仕事を下請けするか……。それしかない。」
「そして一定の職業は貴族が独占している。土地の所有も貴族だけだ。」
言葉を区切り、藤崎は二人を見た。じっと藤崎の方を見ている。
「学校を作り、いろんな教育を受けられるようにする。計算、読み書き、基礎的な生活魔法、科学、歴史とかね。
読み書きができて計算ができるなら、商人として生計を立てることも可能になるし、町に出て働くこともできる。
職業の選択が少し増えることになる。でもそれだけじゃ根本は変わらない。」
「どうするの?」セラが聞いた。
「その先も考えているけど、今はまず学校かな。」
「どこに作るつもり? 王都には貴族のための学校があるわよ。」エランが問いかける。
「アーロンにお願いして、領地内でやってみようと思ってる。自己資金でやるので、彼に負担はかけないつもりだ。」
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アーロンは、ほとんど自宅へ戻らなくなっていた。
加増された領地の視察に加え、自由貿易都市リュセリアの管理――
いや、実質的には“経営”まで抱えることになったからだ。
領地は急拡大し、商流は倍以上に膨れ上がる。
だが、肝心の人手が圧倒的に足りない。
書類の山に埋もれていたアーロンが、額に手を当てながらぼやいた。
「お前、数字に強そうだな……。手伝わないか?」
藤崎は苦笑しながら、書類が積まれた机を見回した。
「いや、俺は向いてないよ。それより――人が足りないなら“育てる”のはどうだ?」
アーロンは手を止め、怪訝そうに藤崎を見る。
「育てる……? 何をだ?」
藤崎は一度息を吸い、落ち着いた声で続けた。
「学校を作るんだ。読み書きや計算を教えて、将来の人材を育てる。
準備は全部私がやるから、アーロンは許可だけ出してくれればいい。」
アーロンは椅子にもたれ、腕を組んだ。
「でもなぁ……領民は日々の生活で精いっぱいだぞ。学校になんて行ける余裕はないだろう。」
藤崎は迷いのない声で答える。
「そこは考えてある。補助金を出すつもりだ。」
アーロンは目を丸くした。
「学校へ行ったら……金が出る? そんな話、聞いたことがないぞ。お前、本当は何を企んでいる?」
藤崎は肩をすくめ、にっと笑った。
「内緒。でも、決して悪いことにはならないよ。」
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藤崎は、街外れにある古い屋敷を買い取った。
長いこと使われていなかったのか、内部は埃だらけで荒れ放題だったが、
藤崎は数日かけて自ら掃除し、最低限の補修を施した。
そして、ただ机と椅子を並べただけの――簡素な「学校」が出来上がった。
壁には黒板代わりの大きな木板を掛け、手作りの教本を積み上げる。
準備が整うと、藤崎は周囲の住民に声をかけ始めた。
「学校に通えば、お金がもらえますよ」
この世界では聞いたこともない仕組みだ。
屋敷を手伝っていたセラとエランは、半ば呆れたように顔を見合わせる。
「……ほんとに来るの? こんな学校になんて。」セラは半信半疑だ。
「お金で釣っても、誰も信じないんじゃない?」エランも疑問を呈する。
だが藤崎は迷いなく頷いた。
「来るよ。絶対に。」
その自信の根拠は、少し前に行った“ある調査”にあった。
王都・自由都市・アーロン領――複数の場所を歩き回り、藤崎はこの国の通貨制度と税制を徹底的に調べたのだ。
資料を並べながら、藤崎は深く息をついた。
「……こんなに税金を取られてるのか。
これじゃあ、生活がぎりぎりで当たり前だな。」
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藤崎レポート
ローデリア王国の通貨制度および税制調査報告
(※ヴァルディア領内・王都・自由都市にて独自調査)
通貨制度
ローデリア王国の貨幣経済はきわめて古く、“金属の実物価値”を基準とした前世で言う中世ヨーロッパ型。
信用通貨の概念は存在せず、貨幣不足が慢性的。
基本通貨単位ルク=銀貨が基準。
価値感覚としては、1ルク ≒ 約1万円(日本円) の購買力。
通貨制度の問題点
(1)貨幣不足
金貨・銀貨の鋳造量が少なく、流通量が極端に少ない。
(2)貨幣集中
・王家や大貴族が金貨を溜め込み、市場から貨幣が消える
・そのため都市部でも物々交換が残存
(3)地域ごとの価値が違いすぎる
・同じ1ルクでも、王都と地方では物価が2〜5倍異なる
(4)信用の概念が一切ない
→ 経済規模が「実物貨幣量」に縛られ、成長しない構造
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税制
封建制の残滓がそのまま残っており、“複雑で理不尽・非効率・貧民に過酷” の三拍子が揃った旧弊制度。
以下、主要税を列挙。
人頭税:家族の人数 × 固定額を課す税。
地代税(農地使用料):領地内の農地を使う“使用料”として徴収。
※農民は土地を持てないため、全員が半永久的に搾取対象。
収穫物税(什一税):収穫量の10〜30%を領主へ納める。
※不作年でも税率が変わらず、貧民の飢饉を引き起こす最大原因。
悪徳貴族領では「半分」 取られるケースも確認。
都市税(市場使用料):市場での屋台代、都市への入場税、倉庫税など。
贈与税(=献金):年一回の“祭礼献上”
実質的には 上納金・賄賂の合法化。
※金のない農民は労働奉仕で代替(無償労働)
労働貢納:年間10〜30日の無償労働。道路整備や領主の建物修繕など
※農閑期ではなく収穫期に課されることもあり、農民に深刻な損害。
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藤崎は報告書を閉じ、深い息をついた。
(……これでは、この国が発展するはずがない。)
重すぎる税負担、硬直した身分制度、教育へのアクセスの欠如。
どれも藤崎の目には、国全体の成長を妨げる“足枷”にしか見えなかった。
だからこそ、ひとつの答えに行き着いた。
――学校へ通う者の“人頭税”を自分が負担する。
最低限、授業料と税の心配さえ消えてしまえば、
「学びたい」という純粋な意欲を持つ者を選ぶことができる。
お金だけが目当てで通い続ける者は、成績が悪ければ退校させればいい。
逆に優秀な者には奨学金を出し、さらに深い学びへ導いていく。
――人材育成こそ、この国を変える最初の一歩だ。
藤崎はそう決意した。
学校を開いて数日。
最初はまばらだったが、やがて“学びたい”と訪ねてくる者が現れ始めた。
小さな子どもから、皺の深い老人まで、
集まってきた顔ぶれは実にさまざまだった。
セラと藤崎は並んで教壇に立ち、読み書きと計算を教えることになった。
子どもたちは未知の学問に目を輝かせ、
大人たちは読める文字や繰り上がりの計算に歓声をあげる。
「計算ができるって……こんなに面白いんだね!」
セラが、子どもと一緒になって喜ぶ姿は微笑ましかった。
最初は“お金目当て”で来ていた者も、
必死に勉強する子どもや老人を目の当たりにすると、
次第に机に向かうようになっていった。
学びは伝染する。
藤崎は、そんな光景を眺めながら小さく頷いた。
三か月が過ぎた。
もちろん進み具合に差はあるが、
多くの生徒たちが着実に読み書きや計算を身につけていた。
だが藤崎には、もう一つの大きな問題が立ちはだかっていた。
――道徳観だ。
この世界の庶民の価値観は、藤崎の生きてきた現代日本とは大きく異なる。
家族や身内以外は信用しない。
盗みや嘘は「損しないなら問題ない」という認識。
その価値観が、学校にもそのまま持ち込まれていた。
筆記用具、本、ノート……
一つ、また一つと備品が消えていく。
藤崎は頭を抱えた。
驚いたことに、セラやエランでさえ口を揃えて言う。
「これくらい普通よ? みんな生きるのに必死なんだから。」
「むしろ、藤崎が甘すぎるぞ。」
藤崎は思わず肩を落としたが、冷静に観察して気づいた。
彼らは損得には驚くほど敏感だ。
ならば、それを利用すればいい。
藤崎は新しい制度を導入した。
・ある程度学習が進んだ者は、筆記用具を自費で購入すること
→学校の備品を持ち出す必要がなくなる。
・成績優秀者には、報奨金や物品を与えること
→努力が“目に見える利益”として返ってくる。
結果は――驚くほど早かった。
生徒の態度は改善し、教室の空気は前向きなものへと変わっていった。
成績が悪い者、態度の悪い者は退学にする。
信賞必罰を明確にしたことで、秩序は自然と整っていった。
藤崎は校舎を見渡し、静かにつぶやいた。
「……そろそろ良いかな。」
次の事業計画を動かすときが来たのだ。
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藤崎は、久々にレナードへ面会を求めた。
「叙勲の時以来じゃな。」
レナードが言うと、藤崎は丁寧に頭を下げた。
「はい、ご無沙汰しておりました。」
「よいよい。こちらも忙しくしておったのでな。ところで急に何の用じゃ?」
「実は……」
藤崎は、これから自分が進めようとしている計画について説明した。
レナードは腕を組み、唸るように言った。
「うーむ、また大胆なことを考えよるな。」
「いかがでしょうか?」
「わしは賛成じゃ。だが貴族たちの意見は割れるじゃろうな。アーロンには話したのか?」
「いえ。アーロンの利害に大きく関わりますから……。まずはレナードさんの意見を伺ってからと思いまして。」
レナードは視線を逸らし、少し考え込んだ。
「ここは陛下に一筆入れてもらうのが良かろう。法律の範囲内で動くのじゃし、金もお主が準備するのじゃろ?」
「はい。他に迷惑をかけるつもりはありません。」
「それなら問題は無い。じゃが……」
レナードはゆっくりと藤崎を見据えた。
「お主、それで何をするつもりじゃ?」
藤崎は目をそらさずに答えた。
「この国を根本から変えようと思っています。」
レナードの表情が引き締まる。
「この国を、壊すつもりなのか?」
「いいえ。価値観を変えるだけです。」
「とはいっても、お主の性格じゃ。どうせ劇的に変える気なんじゃろう?」
「……そのつもりです。」
「それは国の未来にとって良いことなのか?」
「すべての国民にとって価値のあるものになると、私は信じています。」
レナードの顔から険しさが消えた。
「若者が国の未来を考えて行動する……年寄りにできるのは、それを応援することくらいじゃ。」
レナードは筆を手に取り、便箋に素早く何かを書き記した。
封蝋を施し、若い魔法士を呼ぶ。
「この手紙を陛下へ届けてくれ。わしから急ぎの用じゃと伝えよ。」
「承知いたしました!」
魔法士が出て行くのを見送ったあと、藤崎は深く礼をした。
「ありがとうございます。」
「気にするな。それより……お主のやることが、この国に何をもたらすのか……興味が湧いてきたわ。」
「期待していただいて良いと思います。」
藤崎の学校、想像以上に大盛況でしたね。
税制の闇も見えてきて、改革はまだまだ序章といったところ。
そして最後には、レナードとの“意味深な会話”も。
藤崎、本気で国を変えるつもりみたいです。
次章もこの流れのまま、静かに、でも確実に進んでいきます。お楽しみに!




