第一章 出会っちゃいました
異世界に転生した藤崎が、最初に出会うのは――森と、そして“龍”。
瞑想の力が異世界でどう作用するのか。
この章から、静かな冒険が始まります。
「どこだ、ここは……?」
藤崎は見覚えのない森の中に立っていた。
うっそうと生い茂る木々が密集し、太陽の光も十分には差し込まない。
あたりは薄暗く、方向感覚が狂いそうだった。
「さて、ここが“異世界”ってやつか……。」
頭の中に流れ込むように情報があふれる。調整者の声が響いた。
「いい? 今から説明するからちゃんと聞きなさいよね。
この世界はレメリア。四つの大陸とそれを隔てる大海があって、地球によく似た惑星。太陽は一つ、月は三つあるわ。
魔法が使えるし、モンスターもたくさんいる。
人間はそこそこ多いけど、大陸の大部分はまだ未踏の地。
この世界では人間は弱い存在なの。技術も未熟で、農耕も一部の地域だけ。
あなたの使命は――この世界で“人の革新”を進めること!
自然の脅威に負けないくらい、精神と肉体を鍛えて。
上手くできたら元の世界に戻れる可能性もあるからね。それから――」
「ああ、もういいや。」
調整者の話を途中で打ち切る。何か抗議しているようだったが、無視した。
「さてと、どうするかな。」
藤崎は歩き出した。
会社では服装が自由だったため、今の格好はカジュアルなものだ。
だが森の中を歩くにはまるで向いていない。
「きれいな森だな……。」
ところどころ、木々の隙間から朝の光が差している。
下草の葉は夜露に濡れ、それが陽光を反射して輝いていた。
藤崎は目を閉じ、意識を静める。
森の中に潜む生き物たちの気配が、細やかな波のように伝わってきた。
大型獣、小動物、虫たち――多種多様な生命が息づいている。
彼は自分の存在を極限まで薄め、森の生物たちに気取られぬよう意識を沈めていく。
「……うむ。」
体内に奔流のような熱が走った。
それは熱湯のような感触を伴って全身を巡っていく。
「これが……魔力か。」
今までも瞑想中に似た感覚を味わったことはあったが、ここまで強烈なのは初めてだった。
「面白いな。少し試してみるか。」
藤崎は太い根が二股に分かれた大樹の根元に腰を下ろし、背中を幹に預けて座禅を組む。
目を閉じ、意識をさらに深く沈めた。
周囲の感覚が消え、心は静寂の底へと落ちていく。
――四つの禅定、その第二段階。
自我と世界の境界が消え、思考が止まり、静寂と喜びが支配する領域。
藤崎は魔力が体内を巡る感覚を楽しんでいた。
「うぎゃああああ!!」
突如、甲高い悲鳴が響いた。
藤崎は目を薄く開ける。
「お、お前は誰だ!!」
目の前に若い女が立っていた。
剣の切っ先をこちらに向けているが、その手は小刻みに震えている。
「私は藤崎。君は?」
落ち着いた口調で尋ねると、女は警戒を解かずに汗をにじませた。
二十歳前後。革の鎧を身につけたハンターのようだ。
「うるさい! こんな場所で何をしてるのよ!!」
「誰かと聞かれたから答えただけだが……。見ての通り、瞑想中だった。」
「め、瞑想って何?」
「心を落ち着かせ、真理を知る方法だ。私はこの辺りの人間じゃないから、いろいろ教えてもらえると助かる。」
女は理解できないといった表情を浮かべた。
よく見ると、足を引きずっている。疲労がたまっているのか、顔色も悪い。
「君、怪我をしてるね。少し休んだ方がいい。」
その瞬間、女はびくりと反応し、周囲を警戒した。
急にあたりが暗くなる。藤崎は上を見上げた。
そこには――巨大な“目”があった。
森の木々の上から長い首を伸ばし、こちらをのぞき込んでいる。
「ぎ、銀龍……。」
女がかすれる声でつぶやく。
光沢のある銀色の鱗が首から顔までを覆い、神々しいほどの存在感を放っていた。
女は呼吸するのも忘れたように硬直している。
藤崎はただ龍を見つめていた。
その時、頭の中に何かが入り込んできた。
――声ではない、意識の響き。
『お前は誰だ。どこから来た?』
それは龍の意思だった。
藤崎は心の中で答える。
『私はこの世界の者ではない。別の世界から来た。』
『異世界人か。時折現れるが……何をしに来た。』
『調整者に送り込まれた。この世界の人類を革新させろと。』
『あいつか。まったく、余計なことを……。人の運命は人に任せればよいのだ。』
『調整者を知っているのか?』
『うむ。理由は知らぬが、この世界に干渉してくる。会ったことはないがな。』
女は、藤崎と龍が動かなくなったのを見て戸惑っていた。
二人の間には何も起きていないように見えるが、実際には意識の中で対話が交わされている。
『お前、不思議な力を持っているな。それは何だ?』
『瞑想のことか?』
『似た力を持つ者は見たことがあるが、そこまで深く潜れる人間は初めてだ。』
『分かるのか?』
『我らも似た力を持っている。魔法を使うときに利用するのだ。』
その瞬間、龍の意識が藤崎をさらに深く引きずり込んだ。
『ほう、この段階まで行けるか。ならば、これはどうだ?』
藤崎の意識はさらに薄れ、龍と一体化していく。
周囲の感覚が消え、ただ一つの存在としての“意識”だけが残った。
『ふふふ……楽しいぞ。人間でここまで来るとは。龍族でも稀な存在だぞ。』
しかし藤崎は、龍の意識がそれほど深くないことを感じ取っていた。
――こいつ、言うほど大したことないな。
龍が驚いたように動揺する。
藤崎はさらに深く、無所有処定の段階へ到達した。
意識はほぼ消失し、龍ですら彼の存在を感じ取れない。
『お、お主……何者だ? その領域には我ですら至れぬ……!』
龍の意識が急速に現実へ戻っていく。
藤崎もまたゆっくりと意識を引き上げた。
目を開けると、龍がじっとこちらを見つめていた。
横では女がまだ固まっている。
『楽しませてもらったぞ、人間よ。礼として鱗をやろう。』
龍は首を大きく振った。
銀色の鱗が数枚、地面へ舞い落ちる。
次の瞬間、龍は空へ飛び立ち、あっという間に雲の向こうへ消えていった。
「……なんだったんだ、あいつは。」
藤崎は落ちていた鱗を拾い上げた。
光り輝く金属のような質感。驚くほど軽い。
「そ、それ!! 龍の鱗よ!!」
女が叫ぶ。
「どうした?」
「龍の鱗はとんでもない価値があるの! 一枚あれば、大きな町が買えるくらいの財産なのよ!」
「へぇ、そうなんだ。」
数えると五枚。つまり、五つの町が買えるほどの価値らしい。
「このまま持ってても仕方ないな。どこか近くに町は?」
女はこくこくとうなずいた。案内してくれるという。
――信用できるだろうか。
まあ、他に選択肢もない。
藤崎はそう考え、彼女の後をついていった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
龍との出会いは、藤崎にとって大きな転機になります。
次回は、彼が初めて異世界の人々と関わるお話です。




