第十六章 セラの奪還
王都での緊張が続く中、突然の出来事がチーム・エンを襲います。
セラが姿を消した――。
陰謀の気配が濃く漂う中、藤崎は瞑想と魔力の融合によって、かつてない行動に出ます。
彼の“人ならざる力”が、ついに新たな領域へ。
仲間の絆と、王都を包む闇――そのすべてが動き始める第十六章です。
セラが消えた。
もう夕刻になろうというのに、まだ戻ってこない。
アーロンは執事に捜索隊を出させ、町中を虱潰しに探させたが――夜半まで探しても見つからなかった。
「……すまぬ。私の落ち度だ。」
アーロンが短く頭を垂れる。王位をめぐる争いに巻き込んだ責任を詫びているのだ。
「今さら責めても仕方ありません。」藤崎が静かに返す。
「それより、セラを見つけましょう。」
エランが身を乗り出す。
「前みたいに“縁”で探せないの?」
藤崎はすでに目を細め、意識を沈めていた。
「……感じる。けれど、かなり遠い。」
「遠い?」エランが息をのむ。
「王都はもう出ている。南へ向かってるようだ。」
アーロンの表情が険しくなる。
「南だと?」
「今のところは、ね。」藤崎は短くうなずく。
「途中で進路変更の可能性もあるが、低いと思う。こちらが追っているとは読んでいないはずだ。なら、目くらましや迂回はしない。まっすぐ“目的地”へ行くだろう。」
アーロンは黙考する。
(南――サイラント連邦か? だが、あそこは中立国……セラを攫う理由がない)
すぐに別の可能性が浮かぶ。
(いや、《砂の目》がいる。連邦の諜報組織。藤崎の存在は当然掴んでいるはず。セレーネ陣営か第三皇太子グレイの差し金だと“誤認”させられれば、内乱の火種を増やせる。両陣営に取り入って兵器や情報を売る――十分あり得る)
藤崎も結論は同じだった。
(もし殺すつもりなら、とっくにやっている。生かして連れ去ったのは、生かす価値があるから……だが、状況次第でどう転ぶか)
エランが拳を握る。
「追いかけましょう。」
「だが今からで間に合うのか?」アーロンが問う。
藤崎は一歩、庭へ踏み出して振り返った。
「前から試したかったことがあるんだけど。」
「何をする気だ?」アーロンが目を細める。
「飛行魔法。」
「は?」エランが素っ頓狂な声を出す。
「魔力操作で重力の向きを変えれば、飛べるはずです。と言うかできそうな気がする。」
エランは額に手を当てた。
「……もう驚いてたらキリがないわね。やるなら早く。」
中庭にはかがり火が焚かれ、闇に炎が揺れる。
(本来なら“幻想的な風景だ”って言えるのに――今は余裕がない)
藤崎は目を閉じ、体内に満ちる魔力の流れを掴む。
レナードの前で使った“爆発”のイメージを、今度は“重力ベクトルの変換”へと滑らかに置き換える。
ふわり――。
身体が地を離れた。
アーロンが目を剥く。
「どうやったのかは後で聞くとするわ。」エランが小さく笑う。
「セラを、必ず無事に連れ戻して。」
「任せて。」
藤崎は視線を空へ。意識を集中させ、夜空に吸い込まれるように高度を上げていく。
あっという間に黒い天蓋の向こうへ消えた。
アーロンがぽつり。
「いつも、ああなのか?」
「もっとすごいですわよ。」エランが肩をすくめる。
「お聞きになります?」
王都を外れ、漆黒の南空へ。
地表は闇に沈み、視認は効かない。だが微かにセラを感じる。
「……こっちだな。」
魔力の操作はまだ粗い。姿勢がふらつくたび、意識の微調整で軌道を戻す。
南へ真っ直ぐ延びる街道に沿って、藤崎は高度を抑え、速度を上げた。
風圧を殺すため、前方に鋭角のバリアを形成する。空気が裂け、抵抗が抜ける。
(体感で軽飛行機――時速三百は出てるな)
セラの気配が濃くなる。距離が詰まっている証拠だ。
――蹄の音。
暗闇の中、街道を疾走する馬車の気配。御者が一人、車内に三人。うち一人はセラ。
(気づいていない。空から追われるなんて想定外だろう)
藤崎は攻撃するかどうか考えていた。馬車が走っている時はセラも怪我をする可能性があった。
「速度を落とす時があるはず。その時を狙おう。」
そう考えてしばらく追跡した。やがて速度を落とし始める。
(別の馬車がある。……乗り換えるつもりか。だったら今だな)
少し離れた空地に着地した。音を殺して歩み寄る。
男たちは無言で作業を続け、セラを次の馬車へ載せようとしている。
藤崎は闇から声をかけた。
「やあ、こんばんは。」
全員がはじけるように振り向く。
「その子を返してほしいんだけど。」
五人分の気配。うち三人が無言で腕を振る。
――カン、と乾いた音。投げナイフがバリアに弾かれて落ちた。
「一応忠告しておく。」藤崎は淡々と告げる。
「歯向かうなら手加減はできない。まだ、魔力の制御に慣れていないんだ。」
再び刃が飛ぶ。すべて地に落ちる。
「仕方ない。」
藤崎は掌の間に魔力を圧縮し、白光を凝らす。
その光を標的に、二人が懐へ飛び込もうと踏み込んだ。
「ボルト。」
雷撃が夜を裂いた。電光が襲撃者たちを貫き、火花を散らして倒れる。
全員が燃えて炭と化した。
「正体、確かめたかったが……これじゃ無理だな。」
(位置は伝えておこう。アーロンなら何か拾うはず)
馬車の中をのぞく。セラが眠っている。外傷はない。
「セラ、聞こえるか?」
反応はない。薬で眠らされているらしい。藤崎はそっと背負い上げた。
「さて、帰るか。」
音もなく浮かび、夜気を切る。
背中にセラの体温を感じる。
(無事でよかった)
胸の奥で、うまく言葉にできない感情が泡立つ。呼気を整え、意識を沈める。
そのとき――背で気配が動いた。
「……ん。あれ、ここ……どこ?」
寝ぼけた声。セラが伸びをしようとして、空にいることに気づく。
「えっ、ちょ、どこよここ!!」
「暴れないで。」藤崎が苦笑する。
「落ちる。」
「ふ、藤崎? なんで私、背負われてるの?」
「覚えてないのか?」
「うん……。町で買い物してたところまでは覚えてるけど、急に眠くなって……。」
藤崎は手短に状況を説明した。
「そっか。」セラは小さく笑う。
「助けに来てくれたんだね。ありがとう。」
「仲間だろ。」
藤崎は言う。
「一心同体、一蓮托生。」
「……うん。」
安心したのか、セラはぎゅっと抱きついてくる。
「おい、そんなに力入れなくても。」
「へへへ。こんな機会、滅多にないからね。」
「……まあ、いい。」
「珍しいね。」セラが上機嫌でささやく。
「いつもなら“離れろ”とか言いそうなのに。」
「そう言ってほしいのか?」
「やだ! 絶対離れないから。」
二人の影が、王都の灯の中へ滑り込む。
アーロン邸の上空で減速し、庭先へふわりと着地した。
「セラ!! 大丈夫だった?」
駆け寄るエラン。アーロンも続く。
藤崎は息を整え、簡潔に報告した。
「正体を確認する前に倒してしまった。王都から南へ五キロほどの街道に転がっている。明日、回収と身元の洗い出しをやってくれ。」
「分かった。」アーロンがうなずき、目を細める。
「しかし……本当に規格外だな、お前は。」
ばん、と豪快に背中を叩かれ、藤崎はむせた。
それを見て、セラとエランが同時に笑う。
夜の空気が、ようやく温度を取り戻していく。
今回はスピード感のある章でした。
これまで理論や内面に重点を置いてきた藤崎が、初めて“感情”で動いた回でもあります。
セラを救うために発動した飛行魔法は、彼の力がさらに覚醒している証。
そして、その裏で暗躍する者たちの存在が、いよいよ現実のものとなりつつあります。
次章では、彼らの行動が王都全体を揺るがす事件へと発展していきます。
新たな仲間、そして別れ――物語は、もう後戻りできない段階へ。




