第十二章 王都の貴族、アーロン・バルディア
ついに――王都へ!
ギルドマスター・カイロスの紹介状を手に、藤崎たちは長い旅路を進む。
道中では馬車の振動に悩まされ、セラはぐったり、エランは優雅に、藤崎はなぜか発明モード。
そしてたどり着いた王都は、光と魔法に満ちた大都市だった。
紹介状を受け取りにギルドへ顔を出すと、カイロスが出迎えてくれた。
「そもそもこいつは常識が通じねぇ。しっかり頼むわ。」
藤崎に必要なことを教えておくよう、セラとエランに念を押す。
「粗相があったら俺の首も危なくなるからな。」
口調は軽いが、目は真剣だった。
預けていたうろこのうち二枚と、路銀を受け取る。
それから王都までの道中の様子を聞いた。
「王都まではどのくらいなんだ?」
「馬車で二週間。かなり遠いぞ。」
「うわ、それは遠いな。」
「ちょうど近くの町に荷を運ぶ商人の一隊がある。それと一緒に行くといい。」
「それって護衛の依頼?」セラが聞く。
「護衛はもう頼んである。お前たちのチームが参加できるか、聞いておいてやるよ。」
「依頼なら路銀も浮かせられるね。」エランが藤崎に言う。
「出発は二日後だ。それまでに準備しておけ。」
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二日後。町の外には数台の馬車が集まっていた。藤崎たちもすでに集合している。
「やあ、久しぶり。」声をかけてきたのはハーシェスだった。
護衛任務を任されていたのは、彼のチームらしい。リンダとベックもいた。
藤崎たちも追加で護衛として雇われることになっていた。
「今回はよろしく。」藤崎がハーシェスに挨拶する。
「王都に行くんだって?」
「ああ。だから途中で抜けることになる。」
「分かった。」
全員が集まり、日程とルートの確認を行う。
ハーシェスたちのチーム〈ホークアイ〉と、藤崎のチーム〈エン〉は交代で護衛を担当することになった。
依頼主のモルテンに挨拶する。貴族御用達の商人で、今回も各地で仕入れた工芸品や装飾品を届けるという。
「じゃあ出発だ。」
ハーシェスの号令で一行は動き出した。
初日はホークアイが護衛を担当するため、藤崎たちは馬車の中で待機する。
「けっこう揺れるな。」
整備されていない道とはいえ、馬車の構造は単純で振動が直に伝わってくる。
「これじゃ居眠りもできないね。」
セラとエランは苦笑していたが、やがて顔色が悪くなってきた。完全に酔っている。
「ヒール。」
藤崎は治癒魔法をかけたが、数分も経たずにまた悪化する。堂々巡りだった。
「要するに、サスペンションが必要なんだな。」
藤崎は馬車の構造を頭に思い描き、シャフトの上に板ばねを取り付けるイメージを浮かべた。
「うまくいくかな……ビルド。」
体内の魔力をそのイメージに注ぎ込み、指先を杖代わりに虚空へ円を描く。
すると、馬車の振動がみるみる減った。
「え?」
セラとエランが驚きの声を上げる。
窓から身を乗り出し、車輪の下を見ると、確かに金属の板ばねが組み込まれていた。
「また何かやった?」エランが聞く。
「まあね。でも乗り心地は良くなっただろ?」
「悪くないわ。」
「めちゃくちゃ良くなったよ! 一体どうやったの?」セラが詰め寄る。
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「いやぁ、びっくりですな。こんな仕掛けで乗り心地が良くなるとは。」
小休止の際、藤崎は他の馬車にも板ばねを取り付けた。
依頼主のモルテンも確認し、壊れやすい品物も運べると太鼓判を押す。
「私が責任をもって販売を引き受けますよ!」
商人仲間に売れば大儲けできる――そうモルテンは目を輝かせた。
どうしようかと思ったが、セラがすでに乗り出して交渉を始めていたので任せた。
交渉事は苦手だ。
「任せていいの?」エランが心配そうに聞く。
「適材適所だ。」
損得勘定と金銭管理はセラの得意分野だ。計算方法を教えたら、すぐに使いこなしてしまった。
「もともと頭は良いんだろう。物覚えも早いし。」
今では確率計算、分数と割合、標準偏差まで扱える。普通の商人では太刀打ちできない。
交代したハーシェスたちからも感謝された。移動中に休めることなど滅多にないからだ。
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旅は順調だった。
モンスターの気配を感じたこともあったが、藤崎が早めに察知し、位置を知らせるとリンダが矢で仕留めた。
「見事な腕だな。」
「これでも町じゃ一番なんでね。」
射止めたのはダイアウルフが多かった。他にも藤崎の知らない動物がいたが、いずれも数頭程度だ。
やがて道は分岐に差し掛かり、ハーシェスたちとはここで別れた。
「じゃあまたな。」
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王都までは徒歩で三日の距離だという。
「ところでモルテンとの交渉、どうなった?」
「アイデア料は三五%で決定。売上によってボーナスもつくことになったよ。」
「ほう、それはたいしたものだ。」
この世界ではアイデアなど盗まれて当然だ。
モルテンが九割取っても文句は言えない。そう考えれば上出来だ。
「販売するときは通し番号を入れるから、誰かが真似したらすぐに分かるようにしたよ。」
「うーん、そこまでしなくても。大したことじゃないし。」
藤崎としては、真似されても技術が広まってくれた方が嬉しい。
「せっかく考えたものが、ちゃんと作った人に還元されるのも大事じゃない?」
エランが言う。
「言われてみればそうだな。」
考えた人に還元され、結果としてみんなの役に立つ――それが理想だ。
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藤崎は野宿を覚悟していたが、王都近郊の街道沿いには宿や商店が多く、かなり賑わっていた。
「意外だな。町の外に宿があるなんて。」
「王都が近いからよ。内部に入れる人間は限られているし、宿代も高いの。」
「じゃあこの辺りは安全なんだな。」
「巡回兵や軍が見回ってるらしいわ。」
宿代は少し高めだったが、食事も部屋も上等だった。
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最後の宿で三人は着替えを済ませた。
王都に入るためには服装のチェックもある。三人とも上質な服を身につけた。
「もうすぐ見えてくるわ。」
「わくわくするね。」
「そうだな。どんな場所か、興味がある。」
やがて高い壁に囲まれた王都が見えてきた。小高い丘の上に建てられており、まるで巨大な山脈のようだ。
「ほう……。」
普段あまり感情を表に出さない藤崎でも、その光景には圧倒された。
「す、すごいね。」
「ほんと、感動的ね。」
「もしかしたら、魔法で作ったのかもな。」
三人は門の前へと進む。近づくほどに、その巨大さに実感が湧いた。
門兵によるチェックを受け、紹介状を見せると、あっさり通された。
「意外とすんなりだな。」
「ギルマスのおかげね。」
セラは華やかな服装に落ち着かない様子だった。
「これから行くのが貴族の屋敷だからでしょ。」エランは堂々としている。
「本題はここからだな。まずは会ってみないと。」
町中はきらびやかで、見たことのない道具を売る店が並ぶ。
豪華な家具店や書店、新鮮な肉と野菜を並べる市場もあった。
ガラスケースに並ぶ食品は魔法で冷却されている。
「魔道具かな。」
「そうね。ここじゃ普通みたい。」
「うわ、値段見て!」セラが叫ぶ。
どれもサイルーンの十倍以上だ。
「とても住めないわね。」エランが苦笑した。
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町を抜け、門兵に教えられた通りに進むと、大通りに出た。
石畳が敷かれ、走る馬車も豪華だ。
「どうやらこの辺りが貴族区画だな。」
いくつもの屋敷を過ぎ、目的の場所にたどり着く。
巨大なアーチが出迎える。いつぞやの未亡人の屋敷よりもはるかに大きい。
呼び鈴などはないが、門に近づくとどこからか声がした。
「どなた様でしょうか。」
「サイルーンから来ました藤崎と申します。ギルドマスターのカイロスより紹介状を預かっています。」
藤崎は声の方に向かって紹介状を掲げた。すると門が自動で開く。
「どうぞお進みください。」
三人が中に入ると、門が再び自動で閉じた。
「贅沢ね。」
「全部、魔法で動いてるんだな。」藤崎もうなずく。
門から屋敷まではかなり距離があった。見えてきたのは城のような屋敷。
「もう驚くのも疲れたわ。」エランがため息をつく。
「そうだな。」藤崎は思った。まるでベルサイユ宮殿のようだ、と。
やっと入り口に着くと、使用人が出迎えた。
「どうぞこちらへ。」
玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、思わず息をのむ。
磨き上げられた白い大理石の床に、真紅の絨毯。
天井からは巨大なシャンデリアが輝き、空気は香草の香りを帯びていた。
「いやぁ、遠いところをご苦労さん!」
突然、奥の階段から声が響いた。
軽快な足取りで降りてきたのは、銀髪を後ろで束ねた四十代半ばの男。
服装こそ貴族らしいが、動きはまるで冒険者のように軽い。
「おお、カイの紹介状を持ってきたのは君たちか!」
満面の笑みで藤崎たちの前に立つと、右手を差し出した。
「私はアーロン・バルディア侯爵。カイの古い仲間さ。いやぁ、あいつが人を紹介するなんて珍しいぞ。」
勢いに圧され、セラとエランは思わず姿勢を正した。
「ご、ご挨拶申し上げます!」
「お、お会いできて光栄です!」
「かたっ苦しいのは抜きだ。」アーロンは笑いながら二人の肩を叩いた。
「貴族の家だからって背筋伸ばしてたら腰が痛くなるぞ。ここは客人の家だ、楽にしてくれ。」
そして藤崎を見る。
「君が例の“異世界人”だな? カイロスから聞いてる。龍と話したって?」
「ええ、少しだけ。」
「ははは、やっぱり本当か! あいつが珍しく興奮してたからな。『とんでもねぇ奴が現れた!』ってよ!」
アーロンは腹を抱えて笑った。
「さて――」
笑いを収めると、表情が引き締まる。
「君たちが持っている“銀龍のうろこ”。あれはただの素材じゃない。
正しい触媒と手順を使えば、伝説の“真なるエリクサー”を精製できる。私はその方法を長年研究してきた。」
藤崎たちは顔を見合わせる。
「お手伝いできることがあれば、ぜひ。」藤崎が言うと、アーロンは嬉しそうに手を叩いた。
「いい返事だ! 今夜はうちに泊まるといい。部屋を用意させよう。
長旅で疲れただろ? 風呂も飯も存分に楽しめ。研究の話は、腹が満たされてからゆっくりやろうじゃないか。」
セラがこっそりエランにささやく。
「貴族なのに、全然えらそうじゃないね。」
「むしろ、ギルドの飲み会にいそうなタイプよね……。」
二人の声を聞いて、アーロンがにやりと笑った。
「はっはっは、聞こえてるぞ嬢ちゃんたち! まあ、偉そうにしても薬はできんからな!」
その笑顔に、藤崎は少し安心した。
長い旅の果てに出会ったのは、豪放磊落な貴族アーロン・バルディア。
その笑顔の裏には、王都という巨大な舞台の“静かな波”が潜んでいた。
藤崎たちはまだ知らない。
この出会いが、後に世界を揺るがす研究と陰謀の入り口になることを――。




