第十一章 蜘蛛はキライ
沼地で仲間が消えた。
残された藤崎の前に現れたのは――人面蜘蛛。
催眠、糸、巣。全部が最悪の組み合わせだ。
「……マジで蜘蛛はキライだ。」
「依頼した町長が怪しいって?」
藤崎は朝食を食べながら、セラとエランに昨夜見た映像の話をした。
「預かった品には、消えた人物につながる“縁”が見つからなかった。それは本当の持ち主じゃないからだ。
私たちが来たので、慌てて別の物を置いたんだろう。」
「探査系の魔法を使う人もいるから、それに備えたのかもしれないわね。」
エランがスープを藤崎に渡す。藤崎はそれを受け取り、カップに口をつけた。味が薄い。
「でもおかしくない? 隠したいなら、そもそもギルドに捜索依頼なんて出さないはずよ。」
セラはハムをたっぷり挟んだサンドイッチをほおばり、無理やり飲み込んだ。
「そうなんだ。そこがどうにも引っかかるんだよな。」
「で、どうする気?」と、食後のお茶を飲みながらエランが尋ねる。
「まずは沼に行ってみよう。」
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沼は町のすぐ近くだった。
差し渡し百メートルほどの広さで、ところどころに小さな泡が浮かんでいる。例の毒ガスが出ているのだろう。
近づかないよう注意しながら、三人は調査を始めた。
「おかしなところは無さそうね。」エランが周囲を見渡して言う。
「動物の足跡もないよ。」セラがしゃがみ込みながら答えた。
「もう少し捜索範囲を広げてみよう。」藤崎が指示する。
藤崎は沼の周囲を、セラは後ろの林を、エランは沼に流れ込む川の方を調べることにした。
二時間ほど経った頃、藤崎は二人の気配が消えていることに気づいた。
近いのはエランの方だ。藤崎はそちらへ向かう。
「確かこのあたりのはずだが……。」
気配が途切れた場所へたどり着くと、川のほとりにエランの足跡が残っていた。
「林の方へ向かっているな。」
そのまま足跡は、セラがいた方向へと続いている。
歩きながら藤崎は、二人が死んだとは感じていなかった。どちらも優れた冒険者であり、特にセラはハンターとしても一流だ。
異変があればすぐに察知していたはずだ。
二人を捕まえようとすれば、何らかの抵抗や痕跡が残るはず。だがそれがない。
セラの気配が消えたあたりに、足跡が二人分残っていた。
「足跡は二人分。セラとエランだろう。二人が私に何も伝えず、二人だけで移動している――それだけでおかしい。」
藤崎は、さっきから精神に引っかかる違和感を感じていた。
「……面白い。誘いに乗ってみるか。」
二人の足跡を追い、林の奥へと進む。
やがて小高い岩山に出た。切り立った壁が行く手を阻む。足跡はすでに消えていた。
「さて、どちらへ行くべきか……。」
迷っていると、左の方から何かが姿を現した。
巨大な蜘蛛だ。頭の部分に人間の上半身が乗っている。
――“モロドゥラ”か。
C級のモンスターで、人を捕らえて卵を産み付け、エサにする。
人間の上半身は女性の姿をしており、その目は真っ赤に光っていた。
藤崎はその目を見た瞬間、意識が混濁するのを感じた。
『催眠術を使うのか。』
モロドゥラは、まず人間の上半身だけを見せて油断させ、催眠をかけて動けなくする。
その後、尻から吐いた糸で獲物を縛り、巣に運び込む――それが常套手段だ。
『面白い術だけど、効かないな。』
藤崎は催眠にかかったふりをした。
モロドゥラは彼が動かなくなったのを確認すると、素早く近づいて糸で縛り上げる。
そのまま藤崎を担ぎ、岩山を登り始めた。
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岩肌の途中にある穴へと運び込まれる。
中は暗かった。藤崎は意識を広げ、周囲の様子を探る。
人の意識を感じる――はっきりと分かるのは二人。セラとエランだ。
他に微弱な意識が四つ。行方不明になっていた兵たちだろう。彼らはすでにかなり衰弱しているようだった。
モロドゥラは藤崎を岩穴の天井から吊るす。
暗闇に目が慣れてくると、同じように吊るされた人々が見えた。
いくつかは内部から爆ぜたように穴が開いている。おそらく卵を産み付けられ、幼虫がふ化した跡だ。
モロドゥラは藤崎から離れ、セラとエランの方へ向かった。卵を産み付けるつもりだ。
藤崎は意識でモロドゥラに接触を試みた。
するとモロドゥラが振り返り、彼の方へ近づいてくる。
「オマエ、オキテイタ?」
人間の上半身がしゃべりだした。その目がまた怪しく光る。
「無駄だ。私には通じない。」
モロドゥラは一瞬戸惑ったように動きを止めた。おそらくこんなことは初めてなのだろう。
「私たちを解放しろ。そうすれば見逃してやる。」
一瞬、モロドゥラは意味が分からないような様子だったが、すぐに低くうなった。
「オマエ、ニゲラレナイ。ココデ、シヌ。」
「交渉決裂か。」
藤崎は短く呪文を唱えた。
「ポイズン。」
途端にモロドゥラが苦しみ始める。長い足をばたつかせ、激しくのたうち回った。
「ウギャァァ!」
「毒の耐性があるようだが――この毒はどうかな。」
藤崎が作り出したのは、コブラ毒とボツリヌス毒素を組み合わせた強毒だ。神経と血液の両方に作用する。
暴れまわったせいで毒の回りが早まり、モロドゥラの動きは急速に鈍っていった。
「オ、オマエ……マチノ、ニンゲン、ジャナイノカ?」
「私はギルドの依頼を受けたハンターだ。」
「ア、アノ、オトコ……ウラギッタノカ……。」
「どういう意味だ?」
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「なるほどな。町長がモロドゥラと取引していたわけか。」
藤崎の目の前にはギルマスのカイロスがいた。
ギルドに戻り、報告を終えたところだ。
モロドゥラを退治した藤崎は、セラとエラン、そして行方不明だった兵たちを救い出した。
町長は薬草採取ができなくなることを恐れ、生け贄を差し出す代わりに採取を許してもらうという取引をモロドゥラと結んでいた。
ギルドに依頼を出したのは、外部の冒険者をおびき寄せ、モロドゥラの“餌”にするためだったのだ。
全てが明るみに出ると、町長は住民に取り押さえられ、裁判にかけられることになった。
「犠牲者はいたのか?」カイロスが低い声で問う。
「三人が岩山で亡くなっていたよ。」藤崎が静かに答える。
「捕まっていた兵たちは、一部を食われていたけど命は取り留めた。ただ、二度と動けない
。」
「……そうか。」
しばし沈黙が流れた後、藤崎が口を開く。
「それで、お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「エリクサーの作り方を知りたい。」
「お前……。」カイロスが眉を上げる。
「頼むよ。」
カイロスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「分かった。だったら王都へ行け。あそこなら必要な情報を得られるだろう。」
「恩に着る。」
「紹介状は書いてやるが、その先は自分でなんとかしろ。」
「それだけで十分だよ。」
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セラとエランに王都へ行くことを話すと、二人は大喜びした。
「ホントに!?」セラが身を乗り出す。
「すごい!! 一生に一度は行ってみたいと思ってたの!」エランも目を輝かせた。
「そんなに喜ぶことか?」藤崎が苦笑する。
聞けば、王都に入れるのは特別な身分を持つ者だけだという。
国中の富と知識が集まり、魔法や科学の研究も行われているらしい。
「都はゴミひとつ落ちてないほど清潔で、住んでいる人も皆きれいに着飾っているんだって。」エランが語る。
「見たこともないようなおいしい食べ物がたくさんあるって聞いたことあるよ。」セラも頷いた。
「王都には中央ギルドがあって、全国のギルドを統括しているの。そこに所属する冒険者やハンターは最低でもB級。滅多に姿を見せないS級もいると言ううわさよ。」
S級冒険者――もはや伝説と化した存在。
剣の一撃は山を崩し、魔法は海を割ると言われている。
「ほんとかな。」藤崎が苦笑すると、
「誰も見たことがないからね。」セラが肩をすくめた。
「今回はギルマスの紹介状もあるし、便宜を図ってもらえる。知り合いの貴族もいるらしい。
それに、銀龍のうろこを持っていけば、必ず何か得られると言われたよ。」
「でしょうね。あんな貴重なもの、都に持ち込んだら大騒ぎになりそう。」エランが笑った。
事件の黒幕はモンスターじゃなく“人間”だった。
助け出された仲間、失われた命。
そして次の舞台は王都へ――
新たな出会いと、さらなる厄介ごとが待っている!




