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第十章 霧の正体

センターラの街に着いた瞬間、藤崎は思った。

――うん、ここ、絶対なにかある。


人通りは少ないし、みんな顔が暗い。

街の外には“毒の霧が出る沼”とかいう、いかにも怪しいスポットまであるらしい。

しかも巡回兵が行方不明? これはどう考えてもただの観光地じゃない。

次の日、昼頃にセンターラ街へ到着した。

町の入り口にはくすんだ木の門があり、門番が二人。のどかな雰囲気ではあるが、どこか活気がない。


「ここがセンターラか。」

「なんだか寂しい町だね。」

セラが肩をすくめる。


街路を歩くと、軒を連ねる家々の壁はひび割れ、通りには粉塵が舞っていた。

住人たちは藤崎たちを見るなり、少し距離を取るように道の端を歩く。


ギルドからの紹介状を持っていたため、三人はすぐに町長宅へ通された。

屋敷といっても質素な建物で、壁には古い薬草の絵が掛けられている。


「よく来てくださいました。」

現れた町長は四十歳くらいの男性で、くたびれた服を着ていた。

深く刻まれた目元の皺が、この町の苦労を物語っている。


「ギルドからの手紙は拝見しました。どうぞお掛けください。」

三人は勧められた椅子に座った。


「早速ですが、状況をお聞かせ願えますか?」

藤崎が丁寧に問いかける。

町長は頷き、ゆっくりと話し始めた。


このセンターラという町は、周囲の自然から薬効成分を多く含んだ植物を採取し、それを加工して薬として売っている。

問題の沼もそのひとつで、希少な薬草がいくつも自生していた。


「ですが、沼からはわずかに毒を含んだガスが浮かんでくるのです。」

町長の声は低く、どこか怯えているようでもあった。


「毒?」

エランが眉をひそめる。


「はい。吸い込むと人は意識を失ったり、一時的な精神錯乱を起こしたりします。

 そのガスが広がって毒の霧となるのです。」


セラがぞっとしたように肩をすくめた。

「そんな危ない場所で薬草を採るの?」

「ええ。しかし、沼の周囲には高熱に効く薬草や鎮痛薬に使える水草が多く生えるのです。どうしても採りに行く人がいる。」

町長は疲れたように息をついた。


「それで、巡回兵を交代で派遣していたのですが……十日ほど前、その兵たちが戻らなかったのです。」

「行方不明……。」

セラが息をのむ。


「はい。交代のために向かった二人が帰らず、その前にいた二人も消息を絶ちました。」

「その後は?」

「残った者たちで十名ほどの捜索隊を組みました。

 ですが、何も見つからなかったのです。」


「毒で倒れたんじゃ?」セラが尋ねる。

町長は首を横に振った。

「そう思いました。けれど、沼は浅いのです。どんなに深くても二メートルほど。

 もし落ちていれば、すぐに見つかるはずでした。

 それが……誰も見つからなかった。」


エランの顔が険しくなる。

「不気味な話ね。」

町長は黙ってうなずいた。


「周囲はどのくらい探されたんですか?」

藤崎が尋ねると、町長は「数キロ四方です」と答えた。

「痕跡すら見つかりませんでした。まるで霧に飲まれたように……。」


部屋の空気が重く沈む。

藤崎は町長に尋ねた。

「行方不明の兵たちが使っていた物があれば、見せてもらえますか?」

町長はしばらく考え、頷いた。

「兵舎に案内しましょう。」


---


兵舎は町外れにあった。

壁は湿気で黒ずみ、鉄製の扉は錆びついている。

十名ほどが寝泊まりしていたというが、人気はなく静まり返っていた。


「ここが、いなくなった者たちの部屋です。」

町長が扉を開ける。

中には古びたベッドと小さな棚があるだけだった。


セラが棚を開けると、数枚の着替えと、手入れのされていない槍が出てきた。

「これをお借りできますか?」

藤崎が尋ねると、町長は少し驚いた顔で頷いた。


「そんなもの、どうするの?」

兵舎を出て町中を歩く途中、エランが不思議そうに尋ねた。

セラが代わりに答える。

「藤崎は“捜索の達人”なんだよ。前にも失くしたアクセサリーを見つけて依頼人にすごく感謝されたの!」

「へえ……。」

誇らしげに言うセラに、藤崎は苦笑した。


だが、槍を手に取り、しばらく意識を集中した藤崎の表情が固まる。

「……見えない。」

「え?」セラが驚いて顔をのぞき込む。

「つながりが見当たらない。」藤崎の声は低い。


「もう死んでる、ってこと?」

エランが慎重に問う。

「死んでいても“縁”は残る。でも、これには縁が感じられないんだ。」

藤崎は目を閉じ、しばらく沈黙した。

「人為的に隠そうとした形跡があるな。」

「つまり、誰かが“消した”?」

エランが眉を寄せる。

「その可能性が高い。」


部屋の中に冷たい空気が流れた。

「……今日はもう遅い。沼に行くのは明日にしよう。」

「そうね。」セラも頷いた。


---


三人は町の宿屋に部屋を取った。

小さな木造の宿で、部屋が二つしか空いていなかった。


「私はこれから深い瞑想に入る。朝までは静かにしていてくれ。」

藤崎がそう言うと、セラが少し不満そうな顔をする。

「また一人でやるの? なんかズルい。」

「寝てる間に敵を見つけられるなら、ズルでも何でもないさ。」

「はいはい、仕事熱心で結構。」

エランが笑った。


藤崎は静かに部屋の扉を閉める。

「さて、やるか。」


いつも通り、ベッドの上で座禅を組み、背筋を伸ばす。

瞑想は初禅から行う必要はない。途中からでも可能だ。

藤崎はいきなり四禅の状態に入った。


この段階では心の中のつぶやきが消え、時間の感覚もあいまいになる。

自らを知覚している“意識”が消失した感覚になるが、その消失を感じている“何か”は残っている。

これは純粋意識と呼ばれ、仏教でいう智慧そのものだ。


藤崎は無所有処定――四禅のさらに先にある段階――まで到達していた。

ここまでくると意識はほぼ消滅している。だが、「消滅した」と自覚する何かがわずかに残っていた。


今回のような縁を探る依頼の場合、四禅まで行かなくても十分に対応できる。

藤崎は持ってきた古着と槍につながる縁を丁寧に探っていく。

残留思念のような映像がフラッシュのように浮かんでは消えていった。


最後に見えた映像を確認して、藤崎はゆっくりと目を開けた。

すでに朝方だった。


「どういうことだ……?」

藤崎が見たのは、町長が古着と槍を持って、あの部屋へ入る映像だった――。



町長の屋敷を後にした藤崎は、胸の中でひとつ確信していた。

――この霧、ただの自然現象じゃない。


消えた兵士たち、沼の毒、そして“断ち切られた縁”。

誰かが意図的に仕組んでいる。そうでなきゃ説明がつかない。


霧の向こうに潜むのは、モンスターか、人の欲か。

真実を追う藤崎たちは、気づかぬまま――すでに“蜘蛛の巣”の上を歩いていた。

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